第22話 微睡みの槌 22

「これか……。これがそうか!」

 俺は慌てて本を棚に戻すと、小走りで階下へと向かった。

「フラメル、ノーラ! わかったぞ!」

 二人は少し驚いた顔をした後、真剣な表情でこちらの次の言葉を待った。

「黒い蝶だ。あの夢の中ではそれが一匹もいなかったんだ。あれだけ死にそうな目に遭ったのに、間違いなくおかしい。そう、変な塩梅だったんだよ。見慣れてるはずの自分の町をしばらく気づかないなんてあるか? おかしいはずだ、アレは建物が朽ちていたんじゃない、そっくり欠けてしまっていたんだ!」

「それはつまり、どういう事なんだい?」

「つまり……その、何だ。あくまで思いつきの範囲だけれども、足りない部分が、どこか別にあるんじゃないのかって……」

 自分で口にしておいて、あまりにも荒唐無稽に過ぎると思った。

「つまり、一度に二つの同じ夢があって、二つ共に破滅根を持ってしまっているっていうのかい?」

「いいや、それよりも……元々、一つの母塊だったものが、分割されたんじゃないか」

「そんなバカな……」

「そうだ。ありえない。こんな事あっちゃあいけない。でも、もしも例えば何らかの形で保険があったら、それが何かの理由でコッソリと水面下で動いているとしたら、件の焚火を何らかの意図をもってバラまいてるかもしれないだろう」

「いくらなんでも突拍子すぎやしないかい? それに、焚火をバラまくって……」

「同じようなのを見た事がある。オーナメントって言ってな、形にして別の夢に送る事ができると言っていた」

「そんな物があるのか。いや、しかし……」

 そこで、しばらく黙って聞いていたノーラが口を開いた。

「デリス、今はひとまずどんな可能性でも思い当たったのなら心配するべきだわ。もしもあなたの考えている通りなら、とんでもない被害が出る」

「……ああ、そうだな。思い過ごしならそれで問題は無いんだもんな。しかし、そうなると意図が重要になる。何の為にオーナメントをバラまいていると思う?」

「……何らかの形で、欠けた力を補おうとしているとか?」

「俺もそう思う。攻略した母塊には町のほとんどが揃ってた。だとすれば、残りは何かしらが十分ではないはずと考えるのは間違ってないと思う」

「それじゃあ、何とかして残りを見つけないと」

「そうだ。だが、困った事にその為には依頼者の情報が必要になってくる。つまり、クラッススと連絡がとれない今は非常にマズイ状況だ。闇雲に探すわけにもいかないしな」

「他に何か知っている人はいないの?」

「……あと情報があるとすれば、ギルドだ。でも、簡単に教えてくれるとは思えない。俺の話はあくまで、万が一があるかもというレベルの話だからな」

「でも、悠長に彼が出て来るのを待つわけにもいかないでしょう?」

「……だな。聞くだけ聞いてみよう。もしかしたら、説明すれば何かしら動いてくれるかもしれないし……」

「そうそう」

「よし、行ってみるか。フラメル、また少し出かけてくる」

「ああ、いいとも。こっちでもまた情報を集め直してみるよ」

「頼む」

 俺は一度自分の部屋に戻って着替えてから、ノーラを真核に入れて町へと出た。道すがら、色々と様子を見て回ったが、いつもとそれほど雰囲気は変わらないように見えた。やはり、努めていつも通り振る舞おうとしているのかもしれない。

 皆、普通に暮らす人々なのだ。どんな理由があっても彼らの日常を壊すような事はあってはならないはずだ。

 気が急いて小走りになっていたせいか、ギルド会館にはすぐに着いた。

「?」

 入口の脇に二人、衛兵が立っていた。これまで、何度か来た事はあるが、そんな事は初めてだ。何か、あったのだろうか?

 急いではいたが、嫌な予感がしたので念のため声をかけてみる事にした。

「すいません、何かあったんですか?」

「ああ、実は昨日、破滅根持ちの母塊を何者かが持ち出したようなんですよ。錠のついた部屋に保管していたのに、気づけば跡形も無くなっていたようで……」

 何てこった。何でこんな当たり前の事に今まで思い至らなかったのか……。クラッススみたいな人間が正式な手続きを踏んでアレを持ち出したなんて有り得ないんだ。何で誤解していたのか。

 俺は衛兵さんにお礼を言ってから、会館の中へと入った。こうなって来ると、自分が攻略したなどとは言えないだろう。自分が盗みましたと言うようなものだ。しかし、そうなるとギルド長にはあまり力強く説得をする事はできないだろう。そもそも、会う事さえしてくれないかもしれない……。

「あー、しまった……」

 そうだ、そもそも会ってすらくれない可能性について考えていなかった。向こうからすれば面倒にしかならないのは明確だし。しかし、かと言ってここで引き返すのも不自然だ。

 受付へと向かい、約束はしていないがギルド長に会えないかという旨の事を話すと、係のお姉さんは少し困ったような顔をしながら、やんわりと断ってくれた。

 これで名分は立ったので、怪しまれずに出て行く事ができる。とはいえ、ここでつまずいてしまうとは思わなかった。

 俺は真っ直ぐ工房には戻らず、近くの路地裏へと入った。そして、人目がないのを確認してから、ノーラに話しかける。

「どうしたものかな……闇雲にでも例の図書館を探すしかないだろうか?」

「それじゃあ、時間が足りないんじゃないかな……」

「まあ、そうだろうな。とはいえ、他に心当たりも無い……」

「まだ、あるでしょ……?」

 そう言われ、すぐに頭に思い浮かぶ人物はいた。しかし、できれば頼りたくはない。というか、頼ったところで事態が好転するわけでもないのだ。

「カイエロンは……どんな条件をつきつけてくるかね」

「それなりに法外な要求が飛んで来ると思うけれど……でも……」

「背に腹は代えられない、か。よし、行こう」

 記憶を頼りにしながら、カイエロンの店に向かって走り出した。何しろ、そう何度も訪れた事があるわけではないのだ。急ぐに越した事はない。

 しばらく走り、案の定自分の記憶の曖昧さを味わう事になった。道行く人に何度か尋ねながら、昼前までには何とか探し当てる事ができた。

 カイエロンの店は、商業に向いているとは思えないような、奥まったわかりにくい場所にあった。しかし、不自然なほどに路地が多くあり、店にたどり着く道の数が多い。コッソリと来店したいような人間にはうってつけの作りをしていた。

 彼の性格や人間性についてはハッキリ言って好ましさなどカケラも無いが、こうまで彼のやろうとしている事に適した場所を見つけ、そこにしっかりと根城を構える手腕を思うと、少しだけ……ほんの少しだけすごいと思ってしまった。

 重そうな木の扉を押し開けると、中からお香が混じりあったような奇妙な匂いが漂ってきた。ハッキリ言ってあまりにもキツイ匂いが少し不快に感じる。

 店内に入ってみると、中は黄色と紫で統一された、悪趣味さが際立つ内装になっていた。なるほど、一貫性がある。

「すいません、誰かいませんか」

 店の奥に向かって声をかけたはずだが、その返事は思いがけない所から返って来た。自分の背後、すぐ耳の後ろからである。

「今、家主はお留守ですよ」

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