第19話 微睡みの槌 19

 俺はしばらく目を閉じて立ち尽くした。今まで受けた攻撃を覚えている限り思い出し、意識の中で反芻し続けた。そして、先ほどの星の光まで戻って来た時、自分の中で答えが出た気がした。

「俺はどうやってもアンタに勝てない。そうだろう?」

「その通り。君には人間としての肉体があるんだから、どれだけ搾りだしたって限界があるんだ。でも、騎士になれば話は別。素質次第ではさっきぼくがやったような事もできるようになるかもね。まあ、何百年に一人って才能があればの話だけど」

「最終試験って言ってたもんな。ここでの正解は正式な騎士になって打倒しろって事なんだろう? それじゃあ、合格しようがないじゃないか」

「試験をするとは言ったけど、合格しないと認めないとは言ってないだろう?」

 何だそりゃ。

「この場合、どうなるんだ?」

「終了でいいんじゃない?」

 そんな簡単な……。

「いいんだよ。ぼくは限界まで君を絞り上げた。それでもなお立ち上がった。それだけで十分さ。……とはいえ、君自身も色々と納得いってないようだし、少しだけレクチャーしてあげようかな」

「…………」

「ん? ああ、安心してよ。ここからは痛い事なんてしないからさ。なあ、デリス。そもそも細工師としての強さって何だと思う? 真核の力を引き出すキャパシティ? 真核への理解? 客のオーダーに合った物を作る技術? それとも、夢の中で生き残る才能? どれも悪くないけど、ぼくはどれも芯を捉えているとは思わない。むしろ本当に必要なのは、根源としてあるべきなのは、知識や感性を最大限に生かす想像力だ。ありえない世界や形を思い描き、色をつけ、味をつけ、匂いを、触感を、物語を、感情を、常識や制約なんか取り払って歪な世界を刹那の間だけ成型する。それができる事こそが最大の力ではないかな」

「想像力……」

「まあ、これはあくまでぼくの意見だからね。夢細工師として人生を全うできる人間という話であれば、また違うかもしれない。逆に言えば、そこを突き抜けるのが騎士としての強さを生むとも言えるわけだけど」

「突き抜けると、どうなる?」

「想像してみる事だね。さて、話はお終い。せっかくだから本当はもう少しじっくりと色んな事を教えてあげたい所なんだけど、恐らくそれは無理だね。多分、破滅根のタイムリミットが近い」

 そう言われて、自分には与えられた時間に制限がある事を思い出した。

「ここに入って、どれくらい経った?」

「丁度、九日ってとこだね」

「ああ、何てこった……もうそんなに」

「安心しなよ。まだ十分に間に合う」

 彼は懐から青と黒、二つの宝石を取り出して投げて寄越した。

「これは?」

「仮免許皆伝の証って感じかな。黒い方はご希望の悪夢で、青い方にはここの湧水が入ってる。一度きりだけど、君の傷を癒してくれるはずだ。……使い所は、よく考えてな」

「受け取ってもいいのか?」

「いいとも。資格は十分あるよ」

「そうか、ありがとう」

 俺は貰った真核を、無くさないよう胸の袋に仕舞った。

「ノーラ、ちょっと窮屈かもしれないけど、我慢してくれな」

 声をかけたが、彼女の返事は無い。ヘソを曲げてしまったのか、それともネロの前に出たくないだけなのか……。

「世話になった……って言うのはおかしいのかもしれないけど、とにかくありがとう」

「…………。礼なんていらないよ。さあ、さっさと行くといい」

「ああ。じゃあ」

 足元を見れば、すでに出口である桶はそこにあった。ここの仕組みにも随分と慣れたものだ。欲しいもの、必要なものはいつも勝手に用意されている。

 俺は桶に張られた水に手を浸した。すると、意識を混濁させる懐かしい感覚と共に、ほこりっぽい外の香りが鼻をくすぐった。

 目を閉じる間際、ぽつりとネロが溢した言葉が聞こえた。

「力の代償を恐れるぐらいなら、いっそ強欲に求めてみればいい」

 瞬きを一つする間に俺はいつかの暗い隠し部屋へと帰って来ていた。見てみると、母塊は崩れ、徐々に消えつつあった。

「再会は無理そう、か……」

 俺は近くの大きな扉を押し開き、外へと出た。すると、薄暗い廊下には見知った顔……というか、仮面が出迎えてくれた。

「お久しぶりです、デリスさん。首尾はどうでしたか?」

「予想以上の収穫があったよ。なあ、一つだけ聞きたいんだが、お前はどこまで知ってるんだ?」

「それは聞いても栓のない話でしょう? ただ、私を使って頂ければ、必ずお役に立つと約束致しますよ」

 イマイチ信用できないのは間違いないが、それでもコイツがいなければ八方塞がりだったのも事実だ。有用な毒ならば、有用な薬にもなるはず。

「俺の役に立つと言ってくれるなら、喜んで使わせて貰うまでだ。それで、そこまで言うなら、当然に俺が次に求める事は分かっているんだよな?」

「勿論です。すでに手筈は整えてありますよ」

 クラッススは脇に退くと、出口の方を手で示した。

 入る時には無かったはずの扉を押し開くと、向こうからひんやりとした空気と樹木の湿った香りが這入りこんで来た。

 まさかという気持ちと、疑わしさを胸に、外へ出てみると、そこには見覚えのある小屋と窯があった。

 反射的に後ろを振り返ってみると、そこには出口はおろか、人工物すら何も無かった。

 自分はまだ夢の中にいるのか? そう思ったが、確認する術は無かった。

「さあ、我が友。こちらへどうぞ」

 気づけば、すぐ側でクラッススが行動を促して来ていた。今まで油断していたつもりはないが、それでもまだ足りなかったのだろう。

とても、恐ろしいなものを近づけてしまっている。 

現実と夢の境目が揺らいでいる。しかし、

「行くか」

 一直線で進む以外にできるはずもなく。

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