第17話 微睡みの槌 17

本当に一瞬の間、意識と無意識を明滅するように何度も行き来したような気がする。目を開けると、仰向けで丁度顔が出るほどの浅い水たまりに全身で浸かっていた。

 濡れて重くなった衣服ごと、何とか体勢を変えて這い出ると、不思議と水は塊のようにどんどんと流れ落ち、水たまりへと戻って行く。そして、服が濡れた不快感はそっくり無くなり、体の倦怠感も全て無くなっていた。

「これは……」

「水で回復するようにって言ってあったでしょ」

 顔を上げると、大きな自然石の上に最初の場所で出会った青年が座っていた。

「アンタは……」

「やあ、また会ったね。普通はこんなに早く再会しないんだけど、ちょっと事情が変わっちゃってね。君に聞いておかなきゃならない事ができた」

「…………」

「さっきの火の玉みたいなのを出したろう。アレについて詳しく教えて」

「……普通の真核ですよ」

「隠しても無駄だってば。あんな力を発揮する真核なんてね、そんじょそこらじゃ手に入りはしないんだよ。正直に言ってくれれば君の欲しいものをこの場で渡したって構わないんだぜ?」

 何だか、やけに固執するな。どういう事情があるんだろうか。

「……だんまりか。いいだろう。それじゃあ、先にこっちから説明して行く。ここに来る人間は大体似たような事情で来てる。強力な夢、主に破滅根持ちに対する力を得る為だ。ぼくはてっきり君もそういう人なのかと思っていたけれど、見た所違う。だから、何が目的なのかをハッキリさせたいんだよ」

「? いや、俺もそのつもりで……。ここの真核、悪夢を使えば攻略の助けになると聞いたんです」

「んん…………。ああ、なるほど……。そういう事か。君、偶然に当てちまったクチか。それなら説明がつくな。とはいえ、そうなると君をここに寄越した人間はかなり意地の悪い奴だぞ」

「あの、さっきから何を言ってるんです?」

「君には基本のきから説明しなきゃダメって事だ。まあ、しばらく休憩だと思ってぼくの話を聞いていけよ。まず最初に、いわゆる破滅根対策の専門家、ぼくらは『騎士』って呼んでるけど、彼らと君ら一般の細工師との違いは何か知っているかい?」

「いや……、俺は一度もそういう人に会った事が無いですから」

 突然、何の話かと思えば。しかし、それが大事だと彼は言っていたし。

「まあ、そうだろうね。特にこの町じゃな……。彼らは根本的に普通の夢細工師とは違うんだよ。積み重ねたのではなく、先に未来を捨てる事で桁違いの力を手に入れた連中さ。で、君も既にそうなってるんだぜ。まあ、それにしちゃあまりにも弱いから、最初は気づかなかったんだけどさ」

 そう言われて、帰って来てから自分に起こった変化が頭をよぎる。そこで初めて、自分が使っていた力の異質さに現実味が出て来ていた。

「…………あの」

 俺は観念し、ここに来るまでのいきさつを話した。

「………というわけなんです」

「ふーむー。なるほどなぁ。運がいいんだか悪いんだか。まあ、要するに君はまだほんの少ししか夢魔と混ざる事ができていないんだな」

「夢魔? 浮遊夢魔でしょう」

「その二つは違うものだよ。そもそもおかしいと思わなかったのかい? 浮遊、夢魔。浮遊している夢魔。そういう意味だ。という事は、元は夢魔というものがいたから区別する為に出来た言葉だよ」

「……言われてみれば、確かに」

「夢魔とは夢の中に住むモノ。眠る人間に関わろうとするモノだ。姿形は様々だけど、浮遊夢魔と違い、一つの場所に依存せず、夢から夢を移動して旅をするという特徴がある。そして、気に入った人間と融合して力を与え、破滅根を潰して回る。まあ、彼らにとっても都合が悪いものらしいからな」

 融合。そういえば、確かにノーラを真核に入れた時、腕の傷が治っていた。もしかして、アレがそうなのだろうか。

「でも、ノーラは融合の仕方なんて知りませんでしたよ。それどころか、記憶もあやふやでしたし」

「……まあ、その辺は何かまた別の事情がありそうだけど。つまり、ぼくが言いたいのは、君がその夢魔と完全に融合すれば、ここで手に入るモノなんか無くったって戦えるって事なんだよ」

「そう、なんですか……」

「だけども……、幸いにも君はまだ片足しか突っ込んでない。つまり、引き返す事もできるわけでね。わざわざ騎士なんてならなくてもいいんだ。あんなものは頭のおかしい人間か、それしか選択肢が無い人間がやるもんなんだよ。だから、ぼくとしては是非とも別の方法を提案したい。といっても、それは君が最初から求めていたものだけどね」

「ここの真核を渡すって事ですか?」

「そう。といっても、それは副産物みたいなものだよ。騎士になるには覚悟がいるからね。ここでその存在を知る人間も多いから、決断する前に可及的速やかに目的の母塊を攻略して貰う一時凌ぎの為に渡すものさ」

「でも、それを受け取ったら、この母塊は消えるんでしょう? そうなると、新たに騎士になりたがる人間が来れなくなってしまうじゃないですか」

「いいんだよ。不完全な形とはいえ、君という騎士がすでにいるんだし、説明もしたんだから体裁は整うんだよ。それに、万が一の事があれば代わりに君が成り方を教えてやればいい話だしね」

「ちょっと待って下さいよ。俺のやり方をそのまま教えられないんだから、正しい方法が必要でしょう」

「厳密にはそんなもの無いよ。どんな形であれ、夢魔と融合さえすればいいんだ。その辺は好みとか、事情もあるんだから教えるってのも難しいもんだよ。ただ、一番ポピュラーなやり方っていうならあるけどね」

「それを教えて下さいよ」

「腕をバッサリ切る。そんで、代わりに夢魔を腕にして融合する」

 あっさりと言われてしまったが、言葉をうまく飲みこめない。腕を切る? そんな事をしなければならないなんて、どう考えても異常だ。

「だから言っただろ? 頭のおかしい人間がするものだってさ。まあ、それをやっちまうぐらい追い詰められた人間なら、しょうがないっちゃしょうがないんだろうけどなー」

 追い詰められた人間。確かに、俺も同じだ。それで親方の命が助かるというのであれば、

もしかしたら……。

「そこまでしなきゃいけないんですよね」

「そうとも限らないよ。騎士が本気でブチ当たらなきゃいけないようなレベルなんて稀だもの。ほとんどは腕のいい職人が二、三人いれば解決できる。その証拠に、ぼくがこしらえてやったリトル・ガルムだけで大体のものは解決できたろう?」

「え!? 今、何て……」

「ゼードルにリトルガルムを渡したって言ったの。彼も以前、ここに来たんだよ。師匠の痕跡を探してね。まあ、彼は騎士になる気は無さそうではあったんだけど、破滅根と関わって行くつもりなら、いつか不足は感じる時が必ず来るから、それまでなるべく死なないように強力な武器を与えたわけだよ」

「…………」

 親方の武器の異様さについては俺も感じていた。だから以前、親方に入手した経緯を聞いた事があるが、あまり詳しくは教えてくれなかった。なるほど、そういう事情で手に入れたからだったのか。

「さてと、それじゃあ話はこの辺でお終いかな。というわけで、最低限の体裁を整える為にも一気に最終試験まで進んじゃおうか。これをパスすれば一気に合格! やったね!」

「さっきから気になってたんですけど、おざなりじゃないですか? さっさと終わらせたいように見えるんですけど」

「その通りだよ。こんな事、義理があるからやってるけど、本当はさっさと終わらせたいんだ。もう待ちくたびれたからね。だから、是非とも期待に応えてくれたまえよ」

 義理と言ったけれども、それは誰に対して? 普通に考えればこの夢にまつわる人物だろうけど。それに、さっき親方が先代の事を調べてここに来たって言ってたし、つまり、

「ハイハイ、余計な事は後で考えてね。プライベートについては絶対に答えないから。それに、あんまり油断して貰っても困る。本当に見込みが無いと思えば、いくらぼくだって叩き出して二度と来れないようにするから」

「それは困ります」

「だったら目一杯集中しろ。普通なら、もっといくつもの力試しをしてからやるんだ。いきなり最終試験をするって事の危険さについてもっと思考を廻らせろよ。言っておくけど、ぼくはマジでやるからな。それも、他の挑戦者の比じゃない。君には地獄を味わって貰う」

 彼はそう言うと右手を大きく振った。すると、宙からいくつもの光沢ある玉が現れ、地面に落ちた。そして、それに呼応するように地面からじわじわと水が湧き出し、一面を水浸しにしてしまった。

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