第10話 微睡みの槌 10

「親方を救う方法を教えてくれ」

 そう言う俺の顔を、仮面の奥の瞳はとても興味深そうに、まるで舐めるように観察しているのが見えた。

「はァ……。いーい面構えですねぇ……。まるで焼かれて狂い悶えても人を刺さんとする百足のようだ。そう、それでこそなんですよ! 私はね、常々思っていたんですよ。人間というのは、安易に生き過ぎる、と。もっと楽しく、もっと残酷で、もっと芳醇な人生が送れる生き物なんですよ、人間って生き物は。だが、その為には、暴走しなければならない。道の無い場所に足跡をつけ、常識を踏みきって障害を飛び、荒波に自ら進んで飲まれて行かなければならないんです。ウフフ、ウフフフフフ! アナタ今、無謀に手を出そうとしてますよね。だから私、アナタに特別の期待をしちゃいます」

「……いいから早く教えてくれないか」

「うふふふ、初めて気が合いそうな職人さんを見つけて、嬉しさのあまり少し興奮してしまいました。申し訳ありません。では、心当たりをお教えしましょう」

「嘘じゃないだろうな」

「当然です。さて、真っ当な職人は真核をより良い状態で取り出すのが商売ですよね。だから、ほとんどの技術はそこをゴールに磨かれているわけです。ですが、破滅根の対応というだけであれば、例外的な方法も当然に存在します」

 例外的な方法……。

商売を抜きにした方法という事なら、

「故意に夢の質を落として、取り出しやすくする、とか?」

「その通り。当然、結果的に得られる真核はゴミ同然になりますがね」

「しかし、それはアンタの雇い主が良しとしないんじゃないのか?」

「いえいえ、質については何の注文もありませんよ。それで、具体的な話ですが、こちらは『悪夢』を使います」

「悪夢……?」

「そう、夢の中で使用すれば、その影響力によって夢を変質させる事ができるようになるという、普通の商売では全く使い所の無い代物ですよ」

「だが、今の状況にはうってつけだ」

「ええ。しかし、相手は破滅根持ちですからね、並のレベルでは不安でしょう。私の知る限り、万全の保障ができるであろう悪夢は今の所、この町には一つだけ。もはや伝説とも言われる、『決して消えない母塊』、その真核です。ちなみに、そいつは数多の職人が攻略に踏み込めど、誰一人として成功する事の無いまま数年経ったという、最高の一品です。こちらも負けず劣らず曲者ですよ。それでもよろしければ、喜んで紹介させて頂きますが」

 母塊の状態で数年……噂でさえそんな代物は聞いた事がない。そもそも、そんな物が本当にあり得るのだろうか。しかし、今はそこを疑っても意味は無いだろう。

「ああ、頼む」

「了解しました。多少、折衝がありますのでね。後程、また……」

 そう言うと、クラッススは俺の脇をすり抜けて、裏口から出て行った。

「………………」

 心が妙に凪いでいた。今まで、自分の中で使われていなかった部分に一気に火が入り、全身に力が漲りつつあるのが理解できた。

「デリス……本当になんてバカな事を……」

 しかし、それを見てフラメルは頭を抱えてしまっていた。

「何とかするさ。それに、黙っていたけれど俺だって最初から何の考えも無くやるわけじゃないよ。……ノーラ、顔を見せてくれないか」

 胸元にある巾着袋にそう呼びかけると、躊躇いがちにひょっこりと銀色の髪が覗いた。

「えっと、実はずーっと起きてたんだけど、ちょっと出づらかったから」

「すまないね。俺も気が動転していて……」

 そう言うと、彼女は安心したのか、真核からするりと抜けだして来た。そして、まるで幽霊のようにふよふよと宙に浮かんでみせた。

 いきなりの事にフラメルは大いに狼狽し、これでもかというくらい目を見開いた。

「な、な、何だいその子は! 君、一体どこからそんな真核を……?」

「彼女は厳密には真核じゃないよ。浮遊夢魔だ」

 俺は巾着袋から金色の真核を取り出すと、それをフラメルに見せた。そして、ギルド長に黙っていた部分の説明をしてやった。

「……信じられないな。浮遊夢魔を無理矢理に別の真核に混ぜ込むなんて、今まで聞いた事の無い話だ。いや、そもそも使役しようなんて考えが無かったんだ。ほほう、そこいらの真核よりもよっぽど強い力を持ってるようだ。こりゃあ、すごいぞ。もしかしたら、君はとんでもない事をやってのけたかもしれない」

「とにかく無我夢中だったんだ。自分でもどうして上手くいったのかは分からない。でも、この技術は……」

「多用は控えた方がいいだろうね。話を聞くに、一つ間違えたら命に関わるかもしれない」

「だよな……。安心してくれよ、これについては大々的に言うつもりは無い。親方が復活したら話はしてみるつもりだけど」

「それがいいだろう。……君なりに、何かしら勝算があって話をしたのは分かった。でも、やはり心配だよ。……しかし、もう決めてしまったんだよな。私はこれ以上、何も言わない。君が思うようにやってみるといいよ」

 フラメルは大きな溜息を一つ吐くと、ノーラの方に向き直った。

「ノーラさん、と言ったかな」

「あ、どうも……」

「…………。まだ会ったばかりのアナタにお願いしていいのか分かりませんが、デリスの事をよろしくお願いします」

「あー、いえいえ! 私はとくにそんなにすごい事はできないっていうか。ああ、でも……が、頑張ります」

 彼女はとても恐縮そうに何度も頭を下げてそう言った。フラメルは最初、とても驚いたような表情をしていたが、すぐにニッコリを笑った。

「デリス、もちろん私も君だけに負担をかけるつもりは無いよ。こっちでも何か方法が無いか色々探ってみよう」

「ありがとう」

 もう一度だけニコリとして、フラメルは自分の家へと帰って行った。

 水槽の中で一体、どうやって調べモノをするのか気になる所ではあったが、今はそれを聞くのはよそう。

「ああ、そうだ。ノーラ、君ともこれからの事について話し合わないといけなかったんだ。君はあそこから抜け出して外へ出たいと言っていた。そして、今それは叶った。次はどうするつもりなんだ?」

「んー……正直言うと、よく分からないんだよね。外にさえ出れば何か新しく思い出すと思ったんだけど、今のところ、何も無いみたいだし。でも、きっとあの夢が何かを望んでるから私は外に出たんだと思うの。だから、これからどうなっていくのかを見届けるべきなのかもしれない、って考えてる」

「俺はどんな事をしてでもあの母塊から真核を抜く。そして、その為にはきっと君の力が必要だ。だから、こちらとしてはもうしばらく君が力を貸してくれるとありがたい」

「いいよ。付き合ったげる」

「ああ、頼む」

 俺は自分の顔を叩いて気合いを入れ、背筋を正した。

「さて、そういえば今日はまだ何もしていない。店の仕事、少しでもやらなきゃな」

「ねえ、それって見学してもいい?」

「え? ああ、構わないけど……。そんなに面白いものでもないと思うよ」

「いいよいいよ。私にとっては全部が新鮮だもの。ここに来るまでもね、町並みをこっそり覗いてたんだ。夢の中と比べて、この町はとても綺麗。何だかイキイキしてるよね。私、こっちの方が好きだな」

「そっか。何なら、ちょっとだけ案内しようか?」

「ううん、今はいいや。もっとゆっくりできる時にじっくりと見たいから。まずはこのアトリエを見学するよ」

「分かった。それじゃあ、こっちに来て」

 ふよふよと浮かぶ彼女を手招きして、俺は工房へと向かった。

 扉を開けてノーラを中に通すと、俺は自分の作業台に引っ掛けていた厚手のエプロンを身に着けた。

「少しごちゃごちゃしてるけど、あんまり気にしないでくれ。刃物とか危険なものもあるから、不用意に触らないようにね」

 丁度、壁にかけてあった弓ノコを触ろうとしていたノーラは、ピタリと静止した。

「うん。オッケーオッケー。触らないよ~」

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