第8話 微睡みの槌 8
きっと、相手もじっくりと待っていたのだ。襲うのに最もいい一瞬を見計らっていたのかもしれない。しかも、今度は一撃で動きを止めるような、迷いの無い突きこみ。無策で行っていれば本当に避けようがなかった。
だが、何とかこちらの思惑は通った。
俺は三つ分の火球を右手に集め、それを眼前の統率者に目がけて撃ち放った。三倍に膨張した炎の槍は見事命中。しかし、信じがたい事に相手は剣でそれを受け切っていた。だが、命中は命中だ。勢いまでは受けられなかったようで、相手は遠くへと吹き飛ばされてどこかの建物に激突した。
「あわよくば倒されてくれるかと思ったんだけどな。まあ、そこまでは流石に贅沢か」
急いで荷車に親方を乗せ、動かなくなった引手の浮遊夢魔に動くよう命じた。
「さあ、行け! 急げ!」
しかし、三匹ともに微動だにしなかった。試しに再び上書きを行おうと触ってみたが、やはり何の反応も示さなかった。どうやら、未だ支配権が拮抗しているらしい。だが、今から新しい引手を捕まえている時間は無い。そう判断し、俺は彼らを退かすと、荷台に親方を縛りつけ、自分で荷車を引く。
とにかく、一秒でも早く、追いつかれる前にここを出なければならないのだ。俺は渾身の力で、走り出した
「デリス! デリス!」
走り始めてしばらくしてから、突然巾着袋の中からノーラの声が響いた。
「ちょっと聞きたいんだけど、もしかして私を身代わりにしようとした?」
「今、それどころじゃないんだけど……!」
「いいえ、今しなければならない話だわ。これって二人の信頼関係に関わる事だもの。言ったよね? 相手は様子を見て来るはずだって。いきなり剣でぶっ刺してきたんだけど?」
「まさか、そう来るとは思わなかったよな。まあ、可能性はあると思ってたけど」
「それ! さっき言ってた懸念材料ってまさにソレだったって事だよね。つまり、私を囮にしたんだ? ん~――、死ぬ所だったんですけど?」
「準備はしていたさ。それに、君だったら意外と何とかなるんじゃ……」
言い終わる前に、真核から彼女の腕が伸び、俺の首を掴んで締め上げて来た。
「こんにゃろう! 何とかなるわけないでしょうが! 人でなし! 祟ってやる!」
「よせっ! わかった、謝る! 謝るから! 今は勘弁してくれ!」
相手が単騎で突撃してくる事態は可能性が低いと踏んでいたのは本当だ。ただ、とにかく急いでいたもので、承諾を得る前になし崩し的に動いてしまった。いや、冷静になって考えてみれば、確かに非道だったかもしれない……。
「外に出たら、君のいう事を何でも聞くから。本当お願い!」
「その言葉、絶対に忘れないでよ!」
彼女はそう言うと、またすぐに真核へ引っ込んで行った。
「ふぅ…………」
それから少しして、遠くに桶を見つけた。
ようやく心に余裕が生まれそうになった時、背後から大勢の足音が迫って来ているのに気付いた。振り向いてみると、百匹はゆうに超える白夢魔たちが突進して来ていた。
「嘘だろ……。しかし……いや、マズい。追いつかれるんじゃ? ……ノーラ! ちょっと出てきて引くの手伝ってくれ!」
「ええっ! ちょっと待って。無理無理。私が出たくらいじゃ追いつかれちゃうよ!」
確かに、かなり速い。
「落ち着け。落ち着いて考えるんだ。今のままじゃ逃げ切れない。なら、どうする。ああ、もう! そんなもん決まってる。推進力だ」
再び体に火球を纏うと両足に二つずつ移動させ、荷車から親方を担ぎ出した。落とさないように今度は自分の体に固定し、重みに耐えながら深呼吸をした。
「今日は本当にクソミソ最悪な日だ。でも、ここまで……何度も幸運に恵まれて命が繋がってきてる。だから、今だけは自分は最高にツイてると思え!」
地面を叩く音の波が、自分のすぐ後ろまで迫って来ていた。しかし、ここで集中を切らせるわけにはいかない。何しろ、ここが踏ん張りどころだからだ。
「行くぞ……!」
後ろはもう振り向かない。俺は両足の火球を爆発させた。炎は後ろに居た夢魔達を巻き込みながら、一気に推進力へと変化し、体を前に飛ばした。
「いいいいいいぎぎぎぎぎ!!」
きりもみしながら宙を行く間、重力と空気圧で何度も平衡感覚を失いそうになった。しかし、思考を総動員して、次へと繋げる。
「二……発目ぇ!」
地面に着地する前に、再び両足に火球を移動させ、力を追加する。
更にスピードが乗り、また前へと放り出される。体がバラバラになりそうになりながらも、絶対に放すものかと親方を掴み、耐え続ける。
そして、二回。ジャンプを繰り返した所で、桶の所まで距離が届いた。
「これが最後の一発!」
帳尻合わせの為の火球を一つ腹に移動させ、腹筋に目いっぱいの力を入れて爆発させる。衝撃が腹を叩き、ダメージと引き換えに急激な減速を可能にした。
俺は半分意識を飛ばしながら、親方ごと桶に突っ込んだ。
……………。
………。
「デリス、起きて! 起きてったら!」
女の声が聞こえる。寝ぼけてしまっているのか、それが誰のものだったか思い出せない。薄らと目を開けて確認すると、至近距離に血の気の薄そうな顔があった。
「ノーラ……」
「早く起きて。外に出られたんでしょ? あの人を病院に連れて行かないと」
その言葉を聞いて、意識が一気に覚醒した。
「親方ァァァァァァァァ!」
俺は叫びながらノーラをどけ、飛び起きた。今は森にある工房の窯の中。それを確認するや否や、体当たりをするように重い扉を開け、親方を担ぎ出した。
「医者だ……。医者!」
管理人がいる小屋へ走り寄り、扉に体当たりしてこじ開けた。そして、老人の驚いた顔を最後に、うまく喋れなくなり、そして自分の意識も途切れてしまった。
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