第7話 微睡みの槌 7
*
町の中には浮遊夢魔がウロウロと歩き回りながら、こちらを探していた。
俺はごく少数で動いている奴らを狙い、一匹ずつ暗がりに引き込んで倒しながら、見つからないように移動していく。
なるべく真核の消費を抑える為の対策だったが、奇妙な事にノーラが入った真核は使っても使っても減った様子が無かった。その代わり、使用すれば疲労感があるので、恐らくこちらの何かを養分にしているのは間違いないだろう。何を使われているのか分からないが、とにかくここを切り抜けるまでもってくれればそれでいい。
遠慮なく使えたおかげで、理解できる事もあった。この火球は自動防御の際にはそれぞれがカバーしているエリア(両腕、胴体、下半身など)から出る事はないが、自分の意思であればどこにでも移動させる事ができる。そして、火球同士をくっつけると片方が吸収し、大きくなって威力が増す。ちなみに、最高は三個までだった。
強力な武器を得る事はできたが、それがあの甲冑に通用するかどうかは分からない。そうなると、あいつは相手にせず、親方を回収してすぐに脱出するのが最善だと判断せざるを得ないだろう。
先ほどのエリアに戻って物陰から様子を窺ってみると、道の端に親方が縛られて転がされていた。どうやら、まだ命は無事のようだ。
あとは、敵の場所さえ判明すればかなり成功率は上げられるのだが、目視できる範囲に姿を確認する事はできなかった。
「一刻も早く親方を医者に見せないと……。一か八かで飛び込んでみるか?」
「それは止めた方がいいんじゃないかな」
首から下げた巾着袋に仕舞っておいた真核から、ノーラの首がにゅっと出てきた。
「うわ……! そんな事できるのか。びっくりした」
「ごめんごめん。まあ、焦る気持ちは分かるけど、どう考えても向こうは何か罠を張ってるんだし、突っ込んでも捕まるんじゃないかな」
「君の言う通りだ。少し、冷静にならないと……。今はまだ、こちらが攻め方を選べる状況なんだ。一番良い方法を選ばなきゃ勝てっこない」
「そうそう」
今、こちらにあるアドバンテージはノーラとその真核の存在が相手に知られていない事ぐらいだろうか。逆に向こうはと言えば、地の利があり、何より手駒が多い。そして甲冑は得体が知れない上、おまけに人質まであると来てる。
「言ってみれば、ここにあるほとんどが向こうに有利に働くわけだ」
「あんまりいい状況じゃないね」
「君としては、俺が親方を見捨てて、より確実に外へ出られた方が嬉しいんじゃないか?」
「否定はしないけどさ。でも、私だって目の前で死にかけてる人がいれば助けなくちゃいけないって事ぐらい分かるよ。それに、私の事情にもなるべく気持ちよく手伝って欲しいしね」
「変な事を言って悪かった。これが上手くいったら喜んで協力させて貰う」
「よろしくね」
「さあ、それじゃあ別の大事な要素について考えないとな。俺たちは、どこまでの犠牲、支払いが許容できるか。真核を使う際のエネルギー、親方の残り時間に諸々……どれだけなら失っても取り返しがつくのか」
この状況、作戦を考えるなら足りない物が多すぎる。……ならば、どうする?
「決まってる。相手から拝借する」
そこに思考が至った時、頭の中で何かがピンと繋がった。
「ノーラ、もしかして君、そこから出られるか?」
「ん? ああ、やってみよっか」
そう言うと、彼女は入った時のようにするりと抜けだして来ると、出会った時の姿で俺の前に着地した。
「できたね。んー、何か真核を中心にして体があるって感じがする。あんまり離れたりはできないかも」
「十分だ。これでもしかしたら何とかなるかもしれない」
俺は彼女の手を取り、ある場所へと向かった。
連れて来たのはコーラルスパニングの裏にある民家の倉庫。俺はひっくり返って放置されていた荷車を転がして起こした。そして、近くを歩き回っていた浮遊夢魔を三匹ほど捕まえると、頭を麻袋で覆って縛り上げた。
「デリス、何をするの?」
「実験だ」
俺はノーラの真核を取り出すと、それを握りしめた拳を暴れる浮遊夢魔の頭へと叩き込んでやった。
肉を叩く鈍い音に混じり、金属を叩くような鋭い音が響き、俺は自分の中で成功を確信した。しばらくぐったりとしていた浮遊夢魔は、突然背筋をシャキっとさせて、微動だにしなくなった。
「ようし、いい子だ。そこに立て」
浮遊夢魔は俺の命令にテキパキと従い、目の前に直立した。
「うわあ……、ねえ、これってどういう事?」
「何となく、考えてたんだ。統率者が浮遊夢魔を使役できるなら、同じく自由意思があるノーラだってできるんじゃないかって」
「なるほどー。でも、すごいよ! これでどんどん手下を増やして行ったら、軍団が作れるじゃない! どんどんやろう!」
「いや、待ってくれ。それは危険だ。力関係で言えば、恐らくノーラよりも統率者の方が強い。分散すると上書きされておじゃんになるかもしれない。だから、あくまで味方にするのはこの三匹のみだ。それに、もう目的は攻略じゃない。なるべく早く親方を連れて、ここを脱出する事だ」
「う、うん……。でも、いいの? せっかくのチャンスじゃない。攻略さえしてしまえばすぐにでも出れるわけだし」
「……まだ、敵の実力がよく見えない。過信は禁物だ。でも……」
自分の腹の奥に、大きく、熱く、粘りのある何かが不機嫌そうにうねるのを感じる。
「必ず、報復はする」
そう言った自分にノーラが不安そうな眼差しを向ける。果たして、俺は今どんな表情をしているのだろうか。
「とにかく、人命優先という事だ。さあ、早く準備しよう」
「うん……」
俺は残りの二匹を支配すると、全員を近くに転がっていた荷車の引手にさせ、即席の人力車にした。
「これで、何をするつもりなの? 守る壁も何も無いのに」
「作戦は道々に話すよ。乗って」
俺は荷台に上がると、彼女に手を差し出した。ノーラは少し躊躇っていたようだが、意を決したのか俺の手を強く握った。
「さあ、出発だ!」
俺は手下たちを上手く誘導しながら、親方がいる場所を目指して走らせる。道中、拾ったボロ布をノーラに被せて、今後の作戦について小声で話した。
「いいか、恐らく親方が転がされている場所あたりで浮遊夢魔達の動きが止まる。統率者との支配権で綱引きになるからだ。当然、そうなれば相手は警戒して様子を見てくるだろう。その隙に素早く親方を荷台に乗せ、あとは敵の駒である浮遊夢魔を蹴散らして一気に離脱する」
「ええ? でも荷車は誰が引くの?」
「大丈夫だ。火球の爆発を推進力にして敵の支配力圏から離脱できれば後はコイツらがまた機能する」
「なるほどなぁ」
「でも、最後に一つだけ懸念すべき材料があってね。それに備えて、ノーラには真核から体を半分だけ出して俺と一緒にこのボロの中に入っておいて欲しい」
「うん? まあ、それはいいんだけど……」
「ありがとう」
何か言いたげな彼女に有無を言わせず、誘導を任せると、中腰になってボロ布の中へと隠れる。
ほどなくして、見覚えのある通りが迫ってきた。
「うひいいい……緊張して来た。絶対止まるんだよね? ね?」
「……………」
「何とか言ってよ!」
「静かに……。バレたらお終いだぞ」
親方まであと二十メートル……十五メートル……十メートル……ギリギリまで近づくが、何も起こらない。ジリジリと焦燥感に苛まれながら、行動の選択を迫られていた。心の中では、もしかして統率者はここにはいないのではないか、町中を歩き回って俺を探しているのではないか、という甘い考えが頭をもたげていた。
だが、そんな事はあるわけがない。脳みそがあるのは分かっているのだ。ここに居ないのであれば、別の場所に罠を張ってるだけだろう。
「ノーラ、ギリギリまで行く。頼む」
「了解……」
あと少しで親方の居る場所へと届くという時まで、五感のセンサーをフルに使って俺はただじっと相手が仕掛けて来る瞬間を待った。
焦燥感がジリジリと精神を焼き始め、体中の筋肉が強張っているのがわかる。頭の中で、もしかして、という考えがグルグルと回り、胃を締め付けた。
「止まったッ!」
その言葉を聞いた瞬間、全ての思考を消し去ってノーラを掴み、力いっぱい真核の中へと引きずり込んだ。そして、その勢いのまま後ろへ飛びのく。一秒後、頭上を何かがものすごい勢いで通過して行き、ボロ布を刺し貫いて破いた。背筋に恐怖による寒気と、してやったりという快感が走り、全身に鳥肌が立った。
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