番外編1 秋の終わり

 イスフェルは複雑な思いだった。

 王立学院を卒業後、てっきり王都で武官として身を立たせると思っていたリデスが、北方のデラス警備隊に入ることを決めたからだ。彼とは入学当初から何かとぶつかり合うことが多かったが、それゆえに信頼し、さらには必要とするようになっていた。

「なぜ」と問うイスフェルに、「オレは自由に生きたいのさ」と、リデスは紫がかった赤い髪を指ではねて笑った。

(大商家の実家を捨て、王都での仕官さえ望まず、あいつが辺境で求める自由とはいったい何だ……)

 宰相家という名門に生まれ、幼い頃から父を生きる道標として歩いてきた彼には、友人の気持ちがまったく解らなかった。

「おーい、見ろよ。組長のヤツ、ひとりでサボッてやがる」

 ふと顔を上げると、剣の稽古をしていた組の仲間たちが、いつの間にか彼を取り囲んでいた。

「どうしたんだよ、イスフェル。具合でも悪いのか?」

 剣を鞘にしまいながら心配そうに首を傾げるセディスに、イスフェルは首を振った。

「いや、そうじゃない」

「じゃあ、何なんだよ。このメンツで手合わせできるの、もうあと少しなんだぜ?」

 すると、輪の後方で嘲笑うかのような声が響いた。

「さてはおまえ、負けて勝ち星最多の座をオレに奪られるのが怖いんだろ」

 リデスの挑戦的な視線がイスフェルを貫く。それに応えたのは、イスフェルを信奉するシダだった。

「は? イスフェルがおまえに負けるわけないだろ。寝言言ってんじゃねえぞ、リデス」

「おまえはすっこんでろ」

「何だと、てめぇ!」

 イスフェルは溜め息を吐くと、傍らの剣を取って睨み合う二人の間に割って入った。

「二位と三位で潰し合いか。確かに上との実力の差を考えたら、その方が賢明だな」

 同時に目を吊り上げたリデスとシダを、イスフェルは剣を肩に担いで振り返った。

「なんなら、二人同時でもいいぞ?」

「言わせておけば!」

「イスフェル、おまえ!!」

 しかし、無論、呼吸を合わせてイスフェルを襲うようなことはしない。それがまた、彼らの標的の思惑でもあったのだが。

(――そうか、この面々とこんなふうにふざけ合えるのも、あとわずかなんだ……)

 セディスの言葉を思い返し、別れを憂うよりも今この瞬間を楽しもうと、イスフェルはリデスの斬撃を音高く跳ね返した。


【 了 】

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る