第三話 部長とお話しするの事、前編。

 翌日、中間試験まであと二日。私は今日も美術室に居残って、自分の描いた絵と睨み合っていた。

 いま描いているのは静止画だ。造花の束を花瓶にさしたものを対象にしている。

 昨日は大実験をした。写実的に、美術室の若干暗い室内を背景に描いていたのだが、思い切って黄白色で花を縁取ってみたのだ。そうしたら、キャンバスの花が初夏の日差しを浴びて輝いているように思えて、

「スゲーじゃん私! いつの間に色彩のセンス上がったの? 技術より先にセンスが上達するとか信じられないぜ!」

などと喜んでいたのだが……

「改めて見ると、すごくも何ともない」

 質の悪い広告みたいに、宙づりにされた花瓶がライトで照らされているようにしか見えなくなってしまった。

 おかしい。たしかに傑作が描けたと思ったのに、よく見たら勘違いだったなんて。そんなのアリか?

 こういうときは顧問の藤崎先生みたいな、目の確かな人に評価してほしいのだが、近くには誰もいない。

「やーめた。今日は描ける気がしない」

 私は口先を尖らせると、床に置いたカバンを拾い上げようとした。

「あら、もう帰るの?」

「うわっ! ……部長!」

 いきなり声をかけられて、私は飛び上がった。いつの間にかボブカットの美人――昨日、話題に出た井沢部長が、美術室の入り口に立っていた。

 部長は長い脚でスタスタと近づいてくると、キャンバスを覗き込んで感想を述べた。

「あら、キレイ! 光の表現がとても上手ね」

「ええー? そうですかぁ?」

 部長は滅多に批判をしない。「好きこそ物の上手なれ」と、とにかく褒める。

 だから今回も、お世辞半分で褒めているのだろうと、私はすねた気持ちになった。

「お言葉ですが部長、なんだか花が浮いて見えませんか? UFOにアブダクションされる直前というか、光に包まれて浮かんでいるというか……」

「いえ、背景の暗さとの対比で、よく描けているわ。長い長いトンネルの、出口を示しているみたい」

「そうですか? そうだといいんですけど」

 自分の作品を眺めることに疲れた気がする。私は集中力を取り戻そうと、首を回して肩こりをほぐした。

 ……そして、窓の外から室内を覗いている、綾乃と目が合ってしまった。

「出たな、妖怪百合女!」

『お、おね、お、お姉さま……』

 何かブツブツ言っているが、窓が閉まっているため、よく聞こえない。

 やや遅れて、部長も綾乃の存在に気が付く。すると彼女は、スタスタと窓際へ歩いて行き、窓を開いて声をかけた。

「ごきげんよう、蔵澄さん。どうぞ、上がってください」

「え」

 そう言うと部長は、手を伸ばして綾乃の手を引っ張った。しかし綾乃は筋力がないらしく、窓枠に引っかかり、ゾンビ映画みたいにモタモタして、なかなか入ってこられなかった。

 やがて窓枠を乗り越えた綾乃は、すっかり息が上がっていた。

「はー、はー、ひー……お話し中、失礼します」

「いいのいいの、うちの部はオープンがモットーだから。ね、真駒さん」

 そう言って私を見る部長の顔は、無難な言い回しをするなら、誕生日にお人形を買ってもらった子供のようだった。

 ……新しい玩具を手に入れた顔とも言うが。

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