第35話 戦うべき者

 ルーの加勢が加わったことで、リンは一瞬で苦境に立たされた。漏らしていないとは言え、剣の腕が上がった今の彼なら勇者の力も存分に使いこなせる。


「やっぱり、あの時無理にでも仕留めておけば良かったな」


 愚痴を言いながら、リンは短剣を勇者に投げつける。しかしルーの剣捌きとリアの防御魔法によって、殆ど攻撃は通じなかった。


「あの王女様が鬱陶しいな。まずはあの子に、こんな所まで出張ったことを後悔させないと」

「させるかよ!」


 リンがリアを狙い始めたので、俺は彼女達の間に割って入る。

 強さはともかく、彼女の速さについていけるのは俺だけだ。お互いの攻撃が何度も交錯し、戦況は停滞した。


「びっくりだね……。小細工なしでも、私の攻撃を全部受け流すなんて」

「お前が王宮に侵入する隙を窺ってた間、俺だって対策してたんだよ」


 俺は先程から、常に【身体の魔導書】二章〈自然治癒〉を発動していた。

 これを使えば意識しなくても体が回復していくため、先程ルーにつけられた傷も段々と癒え続けている。そしてリンの速さに無理矢理ついていっても、魔力が続く限り体への悪影響を減らせるのだ。


「でも私一人にここまで苦戦してたら……先が思いやられるよ?」


 リンが呟いた途端、〈気配察知〉が俺に飛んでくる吹矢を捉えた。

 ギリギリで顔を逸らすも、リンの前で体勢を崩したため当たり前のように追撃を受ける。彼女の短剣が、俺の胸を薄く切り裂いた。


 慌てて回復力を強めながら、距離をとる。すると門番が倒れている門から、柄の悪い男が大勢なだれこんでいるのが見えた。


「最初に門番を倒したのは、これが狙いか……」


 盗賊団の侵入を許し、一瞬にして王宮が窮地に立たされる。先程盗賊団をなんとかすると言ったばかりなのに、酷い有り様だ。


 盗賊達は誰彼構わず手当たり次第に攻撃を仕掛けていき、リンと交戦中だった俺には特に多くの飛び道具が向けられた。


 回復に集中している今は、ロクに弾けない。リンの攻撃を受けるよりはマシかと回避を諦めると、目の前に大柄な男が割って入った。


「おい、そんなに攻撃受けて大丈夫なのかよ!?」

「言ったでしょう? 俺は今、肉の壁なんです! うまく使ってやって下さい!」


 俺を全ての攻撃から守ってくれたのは、肉の壁稼業なんていう怪しい仕事に手を染めたガインだ。


 ただのチンピラだった彼だが、今では同じ盗賊の攻撃から身を守ってくれる頼もしい男になっていた。


「王女様ぁぁぁ! ご無事ですかあああああ!」


 ガインだけでなく、宮廷魔術師達も飛び出してくる。予めコンセントレイトしていたのか、普段とは比べ物にならない援護射撃で盗賊の数を減らしていった。


「私達は役立たずかもしれませんが……少しくらいお手伝いさせていただくことは出来るはずです」

「仮にも宮廷魔術師、なめられっぱなしってわけにはいかないわ」


 以前までは自分の優位を疑いもしなかった彼らだが、今は自分の力量を見つめ直し、それに見合った活躍を心掛けているようだ。遠くから確実に、俺やルーの邪魔をする盗賊を気絶させてくれた。


「くっ……! こうなるからあの時、宮廷魔術師を倒しておきたかったのに……!」

「俺がそんなことさせるわけねぇだろ。宮廷魔術師までいなくなったら、魔法使いの立場が完全になくなるしな」

「そんな理由!?」


 俺の動機にリンが驚いた声を上げるが、同時に彼女は納得したような表情も見せていた。その反応に、俺は言い様のない懐かしさを覚える。


「なぁ、お前は俺と同じパーティーにいたんだろ? また同じように……冒険者としてやっていくことは出来ないのか?」

「出来ないよ。私はもう、まともな生き方なんて捨てたんだ」


 俺の質問にナナが即答するも、表情には一瞬の逡巡が見えた。俺はそれを見逃さず、直後に大声で叫ぶ。


「そうか……。今だ、ナナ!」


 会話の途中にいきなり俺が叫んだことで、リンは虚を突かれたような顔をした。


 その隙を突くように、真横から矢が飛んでくる。強い意思で制御されているかのようにまっすぐと放たれた矢は、正確にリンの持っていた短剣を弾いた。


「そんなっ……!」


 リンが絶望したような表情を浮かべるが、それに構わず俺は彼女の胴体を両腕で締め付ける。殆ど抱き締めるような姿勢になって、ようやく俺は彼女の動きを止めるが出来た。


「ほんっと、相変わらず卑怯だね! 予めナナちゃんに、私の武器を狙うよう言ってたんだ?」

「卑怯なのはどっちだよ!!!」


 見当違いなことを言うナナを、俺は至近距離で怒鳴りつけた。彼女がビクッと震えたのを、固定している腕越しに感じる。


「お前の武器を狙うって言い出したのは、ナナだ! お前と戦った後、ナナは何もしなかったのを気に病んでたんだよ」

「……!」

「お前を止められなかったのを悔やんでるって、わざわざ俺に言ったんだ。次に会ったら、絶対に私が止めるって、震える声で!」


 俺はその時の様子を思い出しながら、感情的になってリンに問いかけた。


「さっきのナナの攻撃は、お前なら避けられない攻撃じゃなかった。なのに全く避けられなかったのは、ナナが攻撃してくるなんて考えてもなかったんだろ!?」

「……そう、だね……」


 苦々しげな表情で、リンが答える。


「お前は結局、ナナに甘えてたんだよ。記憶を奪っておきながら、お前だけ一方的に、ナナに気を許してたんだ」


 俺の言葉を聞いて、至近距離にあるリンの目が潤む。そこから流れ出た涙は、悔し涙だろうか。


「そうだよ……君の言う通りだ。私だって、友達とか……こ、恋人とか……。そんな人達に囲まれる、甘い生活を夢見てた」


 リンの声が、消沈する。


「だけど、無理なことだってあるんだよ。私はまともなフリをすることさえ、血塗られた道の末にようやく出来ただけなんだ。それを諦めきれてないなんて、そうだね……甘えだよね」


 言い切った瞬間、彼女の雰囲気が変わった。脱力していた彼女の体は力み、これまで以上に威圧感が増す。


「何を……うっ!」


 瞬間、俺の腹を衝撃が貫いた。まるで針を刺されたような痛みに、リンが腕が固定されても使える武器を隠し持っていたのだと理解する。


 しかし攻撃に成功したはずのリンは、俺の顔を見て何故か慌てふためいた。


「なんでっ!? 今ので仕留めきれないはずが……」

「私の防護魔法だよ。私も暗殺の心得がありますから……あなたが何を狙ってたかくらい、お見通し」


 リンの叫びに、リアが答えを返した。


「先生だって、その人に甘えすぎだよ。警戒心ゼロだったじゃん」

「うぅ、悪い。助かった」

「なんで!? なんで王女様が、暗殺なんか……」


 悲壮な覚悟を込めた一撃が通じなかったリンは、崩れ落ちそうになりながら王女様に尋ねた。その質問には、俺が代わりに答える。


「国王のせいで、リアは魔王を暗殺するように育てられてたんだよ。あいつだって、お前と同じで立場に縛られてきてたんだ。だけど今は、自分の意思でそれを変えようとしてる」

「王女様なのに……暗殺……?」


 信じられないとでも言う風に、リンが呆然と呟く。きっと立場さえなければ、境遇の似ている彼女達は仲良くだってなれるはずだ。


「お前も、普通の生活を送りたいってんならそうなるように頑張れよ」

「頑張ったよ!!! そんなに簡単に言わないで! 頑張っても駄目だったから、私は……!」

「頑張って駄目だったなら、他の人を頼れって。俺達が……力になる」


 俺の言葉を聞いて、リンが濡れたままの目を見開いた。


「でも、私は君を殺そうとしたんだよ……?」

「そりゃ大問題だけどな? でも思えば、ここにいるやつら殆ど俺を殺そうとしたことあるぞ。今更気にしねぇよ」

「な、何より記憶のない君には……。私を助ける義理なんて、ないでしょ?」

「じゃあ、記憶を取り戻せば良い」


 そっけなく言った俺の言葉に、リンは今度こそ言葉がでないほどの驚愕を見せた。


「何言ってるの!? 私は奪うことしか出来ない! 返すことなんて……」

「でも、俺の作った魔法なら出来る。良いからジッとしとけ、まだ試したことないから下手すりゃ暴発するぜ」


 俺が言い聞かせると、リンはようやく笑顔を見せた。


 寂しさを押し隠したような、懐かしい笑顔。その記憶を取り戻せるなら、魔法の暴発くらい怖くもない。


「ははは、そうだったね……。私は盗賊なだけじゃなくて、魔法の実験台なんだった」


 不穏なことを言ってから、リンが嬉しそうに俺に身を預けてくる。俺も彼女を抱き締めながら、記憶を取り戻すための詠唱を開始した。

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