第34話 懐かしい顔

 俺とナナが開いた門の前まで行くと、道を開けるように門番が横にずれた。


 奥に立っていたのは、ござっぱりとした正装の男性。見覚えもない男がここまで会いに来たことを、俺は不思議に思った。


「ん? 誰だお前……」

「ははは、ご冗談はよしてください。ほら、ガインですよ。その節はお世話になりました」


 青年はにこやかな笑みを浮かべ、俺に向かってペコリと頭を下げた。まるで知り合いかのように振る舞っているが、見覚えは一切ない。


「え、なになに怖いんだけど。知らねぇよ誰だよお前。まず名を名乗れって」

「えぇ!? だから今名乗ったばかりじゃないですか! ほら、ナナさんも言ってやって下さいよ!」

「オレオレ詐欺は……面と向かってやっちゃ駄目なんだよ?」

「詐欺じゃないですって!」


 首をかしげる俺達を見て、男が必死にわめきたてる。俺達の知人を装って王宮に入ろうという魂胆が見え見えだ。


 お灸を据えてやろうと思い、俺は無言で魔導書を開いた。


「え、なんでいきなり魔導書開いたんですかちょっと!? 小声の詠唱が聞こえてくるんですけど!? 俺ですよ、ナナさんが前にいたパーティーのリーダーです!」

「ん? ……おいマジかよ。お前、相手リーダーか!!!」


 相手リーダーとしか呼んでいなかったから、名前を言われても分からなかった。ようやく彼の正体に思い当たったが、発動した魔法は止められない。


 俺の前方に突風が吹き荒れ、相手リーダーは10メートル程吹っ飛ばされた。俺は慌てて門を飛び出し、地に伏せた彼を抱え起こす。


「悪い。全く気づかなかったから攻撃しちまった」

「いえ、良いんです。冒険者の容赦ない攻撃すら、今は懐かしい……」


 ちょっと見ない内に、完全な変態になってやがった。


 しかし趣向以上に、やはり外見や雰囲気の変化が激しい。

 ゴロツキのようだった人相は穏やかになり、口調も柔らかい。自己紹介を受けても、未だに俺は詐欺を疑っているほどだ。


「あなたに力だけでは解決できないこともあると諭されてから、俺達は必死にまともな生き方を模索したんです。もちろん最初は厳しいこともありましたが、今では元気にやっています」

「おぉ、そ、そうか……」


 自分が予想外の影響を与えていたことが分かり、戸惑ってしまう。正直、ここまで変えようとしたつもりはなかったんだけどな……。


「他のメンバーは運送業や馬車の御者になっていて、仕事を終えたらもうすぐ来ますよ。俺は持ち前の固さを活かして、今は肉の壁やってます。よろしければ今後ともお使いください」

「持ち前の固さっていうより、持ち前の性癖だろお前!? お前だけどう考えてもまともじゃねぇよ!?」


 折角まともになったと感心していたのに、こいつが一番どうしようもなかった。ヤバさの方向性が変わっただけじゃねぇか。


「ナナさんもお久し振りです。以前は酷いことをしてしまい、本当に申し訳ありません。また一から……友達になっていただけるでしょうか?」

「ジレン、結局この人誰なの? なんか私に話しかけてるよ……怖い」

「完全に忘れられてる!?」


 目の前で悲鳴を上げ、彼は悔しさに血涙を流した。前の言いつけを守っているあたり、本当に律儀な奴だ。


「俺ですよ! ナナさんが以前いたパーティーのリーダー、ガインです。前のパーティーのこと、完全にお忘れで?」

「ぼんやりとだけ……。でも、敬語を使う変態なんていなかったよ。やっぱりこの人、オレオレ詐欺じゃない?」

「おいおい、俺だよオレェ……。へへへ、久し振りだな嬢ちゃん……」

「あ、この人知ってる!!!」


 ガインが前の口調に戻った瞬間、ナナはようやく思い出したようだ。


「久し……振りだね。いいよ、一から、友達になろう」

「ナナさん……!」

「気安く話しかけないで、友達ランク1は喋っちゃ駄目」

「ナナさん!!!」


 容赦ないナナの口撃に、ガインが悶絶した。流石に可愛そうである。


「まぁ、ナナさんとはおいおい友達ランクを上げるしかありませんね……。友達と言えば、リンさんはどこへ行かれたのです? 姿を見ていませんが」

「リン? なんで今その名前が出てくるんだ?」


 ガインの言葉に動悸が速まるのを感じながら、俺は聞き返した。するとガインは、あっけらかんと言ってのける。


「なんでって……前は一緒にいたじゃないですか。あれ、もしかしてケンカ別れでもしたんです!?」


 俺の表情を見て、ガインがいきなり慌て始める。恐らく、それだけ俺は怖い顔をしていたのだろう。


「一緒にいたってのか? 嘘だろ、それじゃあ、これまで感じてた喪失感は……」

「あ、他のメンバーも来たみたいですよ」


 俺が冷や汗をかきながら思考を巡らせていると、思考を遮るようにガインのメンバーが馬車に乗ってやって来た。


 馬車が門の中に入ってきて、ガインの近くで止まる。


「お、ジレンの旦那! お久し振りです!」

「おう……」


 顔も覚えていない御者に挨拶されて、俺は曖昧な返事を返す。しかし次の瞬間、俺の意識は一気に覚醒した。


「ガインの旦那! さっき道端でリンのお嬢に会ったので、彼女も連れてきましたよ。なんでもジレンの旦那とはぐれてしまったとかで」

「おお、丁度良かった。なんだ、やっぱりケンカ別れなんてしてなかったんですね」

「なんだって!? お前ら、早く逃げろ!」


 御者の言葉を聞いて、俺は焦りに駆られながら馬車を見遣る。


 そこからはさっきまで存在していた荷台の壁がものの見事になくなっており、そこから疾風の如く一人の少女が現れた。


 そして彼女は複数いる門番に向かってナイフを放ち、彼らを昏倒させる。恐らく、かなり強めの毒が塗ってあったのだろう。


「……! リン!!!」

「気安く名前を呼ぶ間柄じゃあ、なかったと思うんだけどな。ちょっと、不愉快だよ」

「でもお前、前は俺達と一緒のパーティーにいたんだろ?」

「!!!」


 俺の言葉を聞くと、彼女はガインを睨み付けた。馬車に乗り込んだ時点でこうなることは予想していただろうが、かなりの怒気を感じる。


「……それでももう、私達は関係ないよ。今からそれを、教えてあげる」


 言って、彼女は最初から全速力で俺に向かって走り出した。しかし彼女が俺に到達する前に……俺達の間にあった地面が、一瞬にして地割れのような亀裂を生じた。


「何なのっ!?」


 反応速度も一流で、彼女は俺と同時に亀裂の端を見遣った。そこに立っていたのは、長身の男性と小柄な女性の二人組だった。


「勇者! それに、リアまで!!!」


 立っていた人物の意外さに、俺は思わず叫ぶ。すると勇者は、俺の言葉を否定するように首を振った。


「僕はもう、勇者でもなければ王子でもない。ルーという名の、ただの臆病者だ」


 彼は名乗りを上げてから……言った。


「それでも、僕は戦いたい。負の遺産を断ち切ってみせる……自分の、意思で」


 そう言って、頼もしい助っ人が剣を振りかぶるのだった。

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