三章 連結編
第31話 王女
盗賊の襲撃があった後、アウロは魔法医師のところに送り、俺達はラエル達の服だけ買って大人しく宮廷へと戻ることにした。
ダンジョンまでは馬車で来たのだが、先の騒動で御者が逃げてしまったようだ。
仕方なく徒歩で歩くことになり、宮廷魔術師はあからさまに不機嫌そうだったが不満を言う気力もないようだった。
「宵闇盗賊団ってのは……一体何者なんだ?」
「……宮廷の財宝や戦争資金を奪う、指名手配犯の集まりです。狙ったものはどんなものでも奪うのが特徴で、その目的は恐らく……国家転覆」
少し落ち着いてからずっと気になっていたことを聞くと、ロウが深刻な表情を浮かべて教えてくれた。いやいやいや、盗賊団っていうかテロリストじゃんそれ。
なんて厄介ごとに巻き込みやがったんだと頭を痛めていると、ラエルが心配そうにこちらを見つめてくる。
「やっぱり、もう冒険者に戻りたい?」
「それが本音だが……」
俺はリンとかいう盗賊の顔を思い浮かべ、ため息をついてから答えた。
「あの盗賊が赤の他人とも思えないんだよな。記憶も奪われてるし、もう少しはお前らと一緒に様子を見るよ」
「良かった……!」
顔を綻ばせるラエルとロウを見て、ナナとミラが顔を顰めた。ナナは彼女達を睨んでるし、ミラは悔しそうな目で俺を射抜く。怖いよ君達……。
もしこんな事態にならなければ、依存度が高まっているナナと以前所属していたパーティーの奴らを会わせようと考えていたが、流石に今は無理そうだ。
お灸を据えたので、前よりはマシな奴になってると思いたいが……また次の機会にしよう。
「とにかく、まずは王宮に戻らなきゃだな。もしさっきの頭領が囮だったりしたら、盗賊団が襲ってきてもおかしくないし」
「そうだ! 王女様をお守りしなくては!」
「まぁ、あの強さで囮ってことはないと思うけどな……。王宮に帰ったら、王女様に護身のための魔法を教えてやれよ」
宮廷魔術師達に呼びかけてから、俺はようやく気が付く。
どうにかしてやりたいと思った、王女様の何かを諦めたような顔。それは先の盗賊と、全く同じ表情をしていたのだった……。
「あ、先生が帰ってきた!」
王宮に異常はなく、俺達は門を潜るなり王女様に会いに行った。
嬉しそうに声を上げる王女様を見てレイザンが微笑むが、王女様は彼ではなく俺の方へと駆け寄ってきた。
自分がもう先生と呼ばれる存在でないことを自覚したのか、レイザンが泣き崩れる。流石に可哀想だな。
「おいおい、俺は先生になった覚えはないし……。これからは俺だけじゃなく、ここにいる宮廷魔術師全員が教えてくれる」
「本当? 影魔法以外も……覚えて良いの?」
「あぁ。魔法使いは色々な魔法を覚えれば覚えるほど良いからな。火とか光とか、闇とか影とか教えてくれるぞ」
「嬉しい……。あ、影魔法はもういいや」
「グフッ!」
王女様の心ない言葉に、レイザンが床に突っ伏して血を吐く。顔から液体が溢れすぎてて、瀕死にしか見えなかった。
「じゃ、王女様。王国を狙う盗賊団も動き出したようだし、さっそく身を守るための魔法から覚えていこうか」
「もう王女様って呼ばなくて良いよ? 先生」
俺が呼びかけると、王女様は微笑みながら言った。どうやら俺はもう、先生で確定してしまったらしい。
「私の名前はリア。名前で呼んでくれると、嬉しい」
解放感のある彼女の笑顔は、俺に郷愁の念を感じさせた。きっとこれも、記憶を奪われてしまったせいなのだろう……。
それから三日間、王女様の教育は何事もなく進んだ。俺の給料も宮廷魔術師と同じだけ入ってくることになり、念願の新しい魔導書も買えた。
教える側が少ししか魔法を知らないではどうしようもないし、他の目的もあって【身体の魔導書】を購入する。
自分以外に使う場合は接触が必要になるが、肉体に関する魔法を多く収録した便利な魔導書だ。
教えられることも増え、宮廷での生活も順調かと思われた……その時だった。
あてがわれた部屋に、一人の男が訪ねてきた。
「久しぶりだな……。どうしたんだ? なんか暗くないか?」
扉の前に立っていたのは、屋内だというのに鎧を纏った勇者だった。
ロンに会って以来全く会えていなかったが、その間に随分と印象が変わった気がする。浮わついた雰囲気は鳴りを潜め、重々しい表情をしていた。
「悪いな、父上からの命令だ」
声までも重々しく、彼は言った。
「妹に余計なことを教え惑わす逆賊を……討て、とな」
勇者は以前では考えられないほど堂々と漏らしながら、鞘から剣を抜き放つのだった。
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