第30話 失われた記憶
「こんなところに宮廷魔術師がノコノコ来るなんて……。随分と余裕が有るんだね?」
盗賊の少女が、呟くように嫌味を言った。
いきなり現れた脅威に動揺し、なかなか思考が纏まらない。しかし彼女の持つ血にまみれた短刀が、アウロの手を切り落とした犯人だけは明確に告げていた。
「光使いっ! 応急措置でも良いからアウロの手を治してやれ、こいつは俺が取り抑える!」
「で、でも……」
「良いから早く! お前らじゃ多分、こいつは止められない」
リンと名乗った盗賊の少女を見据えながら、俺は焦りを隠さずに叫ぶ。
接近に気づけなかったどころか、アウロの手を切り落とす挙動すら見えなかった。この異様な速度では、少しでも気を抜けば押し負けてしまうだろう。
「うぅ、分かりました! 〈応急措置〉!」
「本当にただの応急措置かよ! ちゃんと助けてやれや!」
重症のアウロに、ロウが本当に応急措置の魔法だけを施す。もう少しサービスしてやれよと思うが、今はそっちに構っている場合ではない。
俺は宮廷魔術師達目掛けて走り出したリンを辛うじて目で追い、突き出された短剣の軌道を魔導書で逸らした。
「嘘だろ……。コンセントレイトした〈風踏〉使って、ようやく互角のスピードかよ!」
「そっちこそ、私についてこれるとは流石だね」
短く言葉を交わしてから、俺は次に使う魔法を考える。
このままではあまり複雑な魔法は使わせても貰えないだろう。俺は目の前に〈突風〉を放ち、ひとまず彼女との距離を離した。
「荒れ狂う風、円弧を描きて球を成せ!」
選んだ末に使ったのは、またもや〈突風〉。しかし〈風球〉の構造を取り入れて、球状にいつまでも循環する魔法として発動した。
こうすることで単発攻撃でしかない〈突風〉を長時間展開し続け、相手の動きを遅くすることが出来る……はずだったが。
「〈速度奪取〉」
リンは左手で風の球体に触れると、いとも簡単にそれを霧散させた。
「んなっ……!」
「その程度の攻撃じゃ私は倒せないよ? もっと本気で……来て」
目つきを鋭くして、リンがこちらに飛びかかってくる。速度はさっきより一層速まっており、魔法を使うどころか魔導書で攻撃を受けきることすらギリギリだった。
撃退はなかなか厳しそうだ。俺は意識を切り換え、相手の目的を聞き出すことにした。
「お前の目的は何だ? どうして俺達を狙う!?」
「君を倒すのはついでだよ。後ろの宮廷魔術師さえ譲ってくれれば、君とナナちゃんは見逃してあげるんだけどな」
俺の問いかけに、少女は理由をはぐらかして答える。しかし先程からナナのことを知っている様子なのが気になって、俺はナナに尋ねた。
「ナナ、この危ない奴はお前の知り合いか!?」
「うぅん、知らない。知らない……けど」
盗賊の攻撃をこらえながら質問すると、ナナは首を振る。しかしその声はいつも以上にか細く、今にも泣いてしまいそうな顔で震えていた。
弓を撃たないのは俺に当たるのを恐れてだと思っていたが、どうやらリンに攻撃を当てたくないからだったようだ。
それを見て、俺は自分の推測していたことの一つが合っていたことを確信する。
「お前か……。俺らの記憶を奪ったのは」
「まぁ、そういうことになるね?」
リンの答えを聞いて、俺は思わず魔導書に込める力を増す。一方彼女はナナを見ながら悲しそうな顔をしており、一瞬だけ俺の力が上回った。
このまま押しきれるか、とも思ったが、リンはすぐに表情を好戦的なものに変えて、短剣で俺の魔導書を押し返す。
「そんなに怒らないでって。心配しなくても、君達には必要のない記憶だよ。君達はもう……居場所を見つけたんだから」
「そんなわけあるか!」
俺の叫びを聞いて、リンが虚を突かれたように目を見開いた。
「何の記憶だったかは覚えてねぇけど、大事な記憶だってことだけは分かる。俺とナナが、一体どれだけ喪失感を感じてると思ってるんだ!」
「ジレン……」
リンは悲しそうに目を伏せたが、すぐに俺の目を見据えて言った。
「宮廷魔術師さえ渡してくれれば、これ以上は何も奪わない。だから、早く……」
「断る」
しかし彼女が言い終わる前に、俺は彼女の申し出を断った。
「……。やっぱり、彼らは君にとって大事?」
「そんなんじゃねぇ。むしろ同じ魔法使いとして恥ずかしく思ってるくらいだ。でも……」
俺もリンの目をしっかりと見返しながら、告げる。
「悪いものをそのまま切り捨てるのは、魔法使いの主義じゃねぇ。それを良いものに昇華してこその魔法使いだ」
「ご立派だね、魔法使いさんは」
俺の言葉が気に障ったのか、リンの目が一気に険しくなる。これまで辛うじて残っていた手加減が取っ払われて、俺にも追い付けないほどのスピードで後ろに回られた。
しかし……。
「本気を出すのが遅すぎたな。魔法使いに時間を与えちゃいけねぇって、どこかで習わなかったか?」
彼女の攻撃は、またも魔導書によって防がれた。これまでだったら決して防げなかったが……今なら余裕だ。
「そんな……!」
「知らねぇのか? 魔導書って……飛ぶんだぜ?」
彼女の攻撃を防いだのはあくまで魔導書。
俺の手元を離れた魔導書が、空中を走って彼女の攻撃から俺を守ってくれたのだ。
「自我搭載型魔導書、遠隔操作モード。魔力を注げばその分だけ、手元を離れても勝手に動いて俺の命令も受け付ける。お前と話してる間に、魔力は半分以上注がせてもらったぜ」
「…………!」
驚きに目を見開くリンに、不敵な笑みを見せつける。
実を言えば本人の魔力は半分になる上、使える魔法の種類も減るから弱点もあるのだが、それを悟られるわけにはいかない。実質俺が二人増えた状態に適応される前に、さっさと片付けなければ。
「〈豪炎〉!」
俺の周りを旋回してリンの攻撃を防ぎながら、魔導書が援護射撃をしてくれる。
そうして出来た隙を突いて俺が【火炎の魔導書】四章〈豪炎〉を放ち、新たに出来た隙を感知して魔導書がリン目掛けて飛んでいく。
さしもの盗賊でもこの連撃を避けきるにはスピードが足りないようで、彼女の目に一瞬の諦めが走った。
「ここまでしても、君には勝てないか。だったら私は、何のために……」
一瞬の、呟き。それを聞き届けた頃には、彼女は100メートル以上離れたところまで逃げていた。
戦闘に熱中しすぎていて実感していなかったが、俺達は常人では把握もできない程のスピード感で戦っていたらしい。戦闘が終わって安心すると同時に、頭がズキズキと痛んだ。
「リン、ちゃん……」
一方、ナナは悲痛な面持ちで、リンが走り去るのを見届けていたのだった……。
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