第28話 植物を採るだけの簡単なお仕事です

 【ウォーキング・プラント】を無傷で捕まえるためには、まずラエル達の服の中から取り出さなければならない。


 俺は四種類の魔導書しか持っていないため使える魔法の種類は限られているが、【ウォーキング・プラント】戦は何度も経験しているためすぐに使う魔法を選べた。


「変なところ触っちまったらごめんな?」

「えっ、ちょっ……! 何してるのよ!」

「やめてください、汚ならしい手でそんなところっ……!」


 最も危険な状態にあるラエルとロウに近付くと、俺は躊躇なく彼女達の服の中に手を突っ込む。服の中をまさぐり、感触だけで蠢いている蔦を探した。


「そこは触っちゃダメッ! そこ葉っぱじゃないって!」

「触り方がいやらしいです! このままじゃ私、変になっちゃうぅ……」


 ラエル達が悲鳴を上げるが、放置すればこいつらの命が危ないので無視して続ける。とうとう手が蔦を掴むと、俺はようやく魔法を発動した。


「〈魔笛注入〉」


 それは前にも使った、〈魔笛〉という魔物を呼び寄せる魔法の改造版だ。植物は音を聞き取ってくれないので、直接接触して〈魔笛〉の振動を送り込まないと効果がないのである。


 魔法を直接受けた【ウォーキング・プラント】は、俺の手に吸い付くように俺の方へと引き寄せられていった。ついでにレイザンも解放されて、地面にたたきつけられる。


「やっ、草がなくなったら全部見えちゃうじゃない!」

「汚されてしまいました……」


 助けられたにも関わらず、彼女達は気が気でないのか文句を言ってくる。だが俺は涙目の彼女達にも、容赦なく怒鳴りつけた。


「宮廷魔術師だって言うなら、【ウォーキング・プラント】くらい簡単に捕まえてみせろ! それも出来ずに未来ある少女を教えていいと思ってるのか」

「うっ……」

「特にそこで倒れてる闇使い頑張れ! おい影使い、そいつ起こしてやれ」

「はいただいまっ!」


 俺の指示に不平一つ漏らさず、レイザンがミラをたたき起こす。同僚とは思えないほど容赦がなかった。


「よし、じゃあ見とけ。色々な系統の魔法を覚えてれば、こんなクエスト楽勝なんだよ」


 そういって、俺はまず〈突風〉の範囲を広げて、前方にゆるく風を起こした。そうすることで【ウォーキング・プラント】の動きが鈍り、捕まえやすくなるのだ。


「ナナ! このタイミングで牽制射撃頼む!」

「うん、分かった……よ」


 指示を出すと、後ろで待機していたナナが俺の掴んでいた【ウォーキング・プラント】に何本も矢を放つ。

 それらは流石の技量で俺と【ウォーキング・プラント】を掠るに留まり、攻撃を避けようとした【ウォーキング・プラント】だけがうまいこと縮こまってくれた。


「そんで、これで仕上げだ」


 最後は【疾風の魔導書】四章〈風球〉を使えば終わりだ。これは攻撃にも防御にも使える風の球体を作り出す魔法だが、小さいものなら中に封じておくことも出来る。


 俺は【ウォーキング・プラント】を風で優しく包み込み、俺は無傷のそれを四人に見せつけた。


「分かったか? これが魔法を使うってことだ。魔法ってのは戦いのためだけにあるものでもなければ、人に押しつけるものでもない。生活を豊かにするためのもんなんだよ」

「生活を豊かにって……そんな要素どこにもなかったではないか!?」

「【ウォーキング・プラント】は広く食用に使われてる植物だぞ? これがなければ食料事情は一気に悪くなる。暗殺のための魔法なんかより余程有意義だ」

「うぐっ……!」


 文句を言ってきたミラに言葉を返すと、彼は悔しそうに歯噛みした。

 これで少しは、自分達が未来ある少女の人生を如何に歪めようとしてたか自覚してくれただろうか。


「ふんっ、そんな植物食べるのは卑しい庶民だけだろう。そんなもの無くても困らんよ」

「いや、今日の朝にあんたが食べてたサラダ、あれ完全に【ウォーキング・プラント】だったぞ」

「ええっ!?」


 まだ諦めずに反論しようとするミラに、悲しい現実を告げてやる。残念だけど、【ウォーキング・プラント】は安くて美味しいんだよ……。


「調子に乗るなよ……。こんな仕事は低い身分の奴らだけ出来れば良いのだ。お前には分からんだろうが、私たちにはもっと高貴な役目が課されているのだよ。なぁ、ラエル殿?」

「いや、私は自分の浅はかさを思い知ったわ……。あと、さっきは助けてくれてありがとね。あんたらがいなきゃ危なかったわ」

「私も、色々言ってしまってごめんなさい……」

「あれぇ!?」


 ミラがラエル達に同調しようとすると、いつの間にか彼女達の意見が変わっていた。


「流石にここまで力量差を見せつけられたら、認めないわけにはいかないわ……。むしろ魔法について、色々教えてほしいくらい」

「私も、あなたと一緒に魔法を極めていきたいです!」


 そう言ってラエルとロウが俺に近付き、破れた服のまま抱きついてこようとする。魔物に襲われた恐怖を隠せなかったのだろうが、彼女達に無視されたミラは「そんな……」と呟いて絶望の表情を浮かべていた。


「それ以上近づいちゃ、駄目……。あなた達の友達ランクはまだ1だから。出直してきて」

「友達ランクを上げたら抱きついても良いの!?」

「どこまで上げればお嫁さんになれますか!?」


 後ろからやってきたナナが俺への接触を阻んでも、ラエルとロウはまったくめげない。そんな状況を、レイザンは布教に成功した宗教家のような笑顔を浮かべながら何度も頷いていた。


 やっぱり、こいつらが宮廷魔術師で大丈夫なのかな……と、不安は増すばかりであった。

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