第27話 ウォーキング・プラント

「洞窟ってこんなにジメジメしてるのね……。こんなところで働く冒険者達の気がしれないわ」

「それしか職がないのでしょうね。あの半端者魔法使いも、でしゃばらずに一生ここで働いていればよかったものを」


 洞窟を進みながら、ラエルとロウが愚痴を言い合っている。


 あまりの身勝手な言い草に目眩がしてくるが、俺は一言も反論しなかった。何故なら俺とナナは、彼女達に隠れて追随しているからだ。


「私達、なんでわざわざ隠れてるの?」

「あいつらの正確な実力を知りたいから、俺が手伝うわけにもいかないだろ? かといって、何もせずに横で見てたら文句言われそうだしな」

「あぁ、言いそう……」


 小声の質問に答えると、ナナは納得してコクコクと頷いた。


 俺達は今、【狩猟の魔導書】四章の〈保護色〉という魔法で身を隠しながら宮廷魔術師を追っていた。

 この魔法は辺りの色彩を自分にコピーするという魔法なのだが、それだと脱色が面倒なので保護色の障壁を辺りに張るような改造を施してある。


「私、【ウォーキング・プラント】って見たことないんだけど……。強い魔物なの? というか、そもそも魔物じゃない?」

「魔物だよ。説明しづらいけど、少なくとも弱い魔物じゃないな」

「じゃあ、宮廷魔術師さん達が全滅する可能性もあるんだね! そうなったら私達二人っきりだ!」

「いきなり元気になってんじゃねぇよ!? そんなピンチだったら流石に助けるから!」


 日に日に依存度が増しているナナに肝を冷やしながら、なんとか突っ込む。しかし確かに、全滅の可能性も馬鹿にできないほど厄介な魔物ではある。


 そうして宮廷魔術師の観察を続けていると、ラエルが突然叫んだ。


「あっ、あの緑色のやつ! あれが【ウォーキング・プラント】じゃない!?」

「恐らくそうであろうな。ヒョロヒョロとして、捕らえるのも簡単そうだ」


 彼らの先にあるのは、まさしく【ウォーキング・プラント】。細い蔦のような植物が、足のように動いてこっちに向かっている。


 それは確かに弱そうに見える……が。


「あれ、なんか見た目より速くないですか!?」

「しかも何アレ……。人の顔? キモッ!」

「お嬢さん方、私の後ろに下がって! 私の魔法で焼き払ってみせる!」


 思いの外素早くしかも見た目が気持ち悪い魔物に、ロウとラエルがあわてふためく。


 同時に、自分の見せ場と感じたのかミラが彼女達の前に出て、攻撃のための詠唱を始めた。


「ちょ、ちょっと待って! 今回のクエストは捕獲が目的よ!? 攻撃したら駄目だわ」

「そ、そんなこと言ったって! じゃあどうすれば……」

「分からないわよ! でも冒険者ごときが出来ることを完璧にこなせなかったら、あの魔法使いに馬鹿にされちゃうじゃない!」


 ラエルだけはクエストの目的を忘れておらず、なんとかミラを押し止める。


 しかし覚えている魔法の種類が少ない彼らには、素早い植物を傷つけずに減速させて捕獲する、などという芸当は出来ないようだ。彼らは何も出来ぬまま、魔物の接近を許した。


「あれ、なんで人の顔なんてついてるの……?」


 その光景を見たナナが、震える声で聞いてきた。俺はこのクエストを何度も受けたことがあるので、こいつの特性は知っている。


「多分、人に擬態して近づきやすくするためなんだと思う。植物なのに、あれで擬態出来てるつもりなのが逆に怖いよな」

「気持ち悪い……」


 説明を聞いたナナが、げんなりとした様子で呟いた。


「流石にこれ以上は無視できんっ。消え失せろ!」

「ちょっと、バカッ!」


 格好つけたかったのだろうが、ミラがラエルの制止も振り切って、とうとう【ウォーキング・プラント】に対して攻撃を始める。


 しかし彼の放った闇の波動は簡単に避けられて、ミラは蔦の一部にはたかれて失神した。


「弱っ!」

「いや、この魔物が強いんだ! ジレン様が私達に甘い試練を課すはずがないだろうっ!」


 ラエルがミラの弱さに呆れて、レイザンが的外れなことを言った。俺もミラが弱すぎるだけだと思います。


「まぁ【ウォーキング・プラント】は確かに厄介だけどな。俺も初心者の頃は、ウォー・キング・プラント……戦乱の王なのではと疑ったほどだぜ」

「駄洒落……つまんない……」


 小声のままナナに解説すると、ボソッと俺のセンスを否定された。うわ結構堪えるなこれ。


 そんな俺達の平和な会話とは裏腹に、宮廷魔術師達が騒がしく叫ぶ。


「どうするんですかラエルさん!? ここまで近付かれたら、私の攻撃は自分を巻き込んじゃいますよ!?」

「私の炎だってそうよ! こんなの、一体どうすれば……えっ!」


 どうすべきか分からず逡巡しているラエルに近付き、【ウォーキング・プラント】の蔦が数本彼女に触れた。それらはラエルに止められないほどのスピードで、各所から彼女の服に潜り込んでいく。


「きゃっ! 何なのこれ……どうして服の中に……いやっ!」


 【ウォーキング・プラント】が服の中で暴れまわり、彼女は立っていられずに床にへたりこんだ。それでも植物の動きは止まらず、ブチッブチッと彼女の下着や服が破られていく音が聞こえてくる。


「ラエルさんっ! 今助け……いやっ!」

「これは運命だ……抗ってはならない……」


 ラエルを助けようとしたロウも【ウォーキング・プラント】の餌食になり、服の中から雁字搦めにされる。レイザンの方は完全に心が折れているので、抵抗もせず【ウォーキング・プラント】のなすがままになっていた。


「ジレン君、これはどういう……」

「【ウォーキング・プラント】は保有魔力が大事な魔物だから、魔力のたくさんある人間を苗床にするんだよ。このまま放っておけば、ありとあらゆる体の穴に種を植え付けられるな」

「うわっ、流石にそれは可哀想……」


 宮廷魔術師の全滅を願っていたナナさえ、彼女達には同情を隠せなかった。


 一番最初に苗床に選ばれたラエルは、内側から服をビリビリに破られて涙まで流している。ロウも殆ど同じような状態で、穏やかだった顔を絶望に染めていた。ミラは気絶したままで、レイザンだけ悟ったような涼しい顔してやがる。


「まったく、しゃあねぇな……。まだ打開出来るだろうと思ってたが、あそこまで諦めてたら助けるしかねぇか」


 俺はため息をついてから、〈保護色〉を解いた。


「冒険者ごときの魔法……見せてやるよ」


 俺はナナと頷き合ってから、詠唱を始めるのだった。

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