第21話 決闘ついでに授業しようか

 いきなり怒りだした宮廷魔術師は、詠唱の末に一つの魔法を発動した。


 自分の影を立体化して相手を攻撃する魔法で、〈施体〉という名前だったはずだ。彼の影が空中に伸び、高速で俺に向かってくる。


「えと……。じゃあ、その威を示せ微かなる暴風」


 戦うつもりはなかったが、攻撃を防ぐために〈風圧活性〉という魔法を使用して伸びてきた影を蹴り飛ばす。するとただの蹴り上げではあり得ない勢いで、影が遠くへと弾かれていった。


 〈風圧活性〉は【疾風の魔導書】二章の魔法で、周囲の風圧を強化する効果がある。

 攻撃にも防御にも使える有用な魔法だが、相手が発した風も強化してしまうため今のように遠隔型との戦いでなければなかなか使えないのだ。


「私の魔法が防がれただと……!?」


 宮廷魔術師が驚いているが、むしろ風圧で弾かれるほど相手の魔法が弱いことに俺の方が驚いていた。魔法を習得しただけで満足して、細かい調整をしてない証拠だ。


「とはいえ、流石に魔導書がないときついかな……」


 魔導書が没収されてるせいで練習して極めた魔法以外は詠唱が必要だし、何より魔導書によるサポートが受けられない。


 このまま攻撃を受け続けていても宮廷魔術師は気が収まらないのだろうし、とっとと吹っ飛ばした方が彼のためでもあるか。多少無茶をしてでも短期決戦に持ち込もうと、俺は即興魔法を考える。


「どうした? いきなり動きを止めて、何を企んでいる!?」

「言うわけないだろ、そんな質問してる暇があるならさっさと次の攻撃を用意した方が良いぞ」

「くっ……!」


 戦いのアドバイスされたことが気にくわないのか、宮廷魔術師が顔を歪めながら新たな詠唱を始める。それに追随して、即興魔法を思いついた俺も詠唱を始めた。


「炎よ、獲物を囲いて輝かしき安寧を与えよ」

「!? そんな詠唱、聞いたことないぞ!?」


 宮廷魔術師が驚愕の表情を浮かべながら影で攻撃してくるが、俺は無視して魔法を発動する。攻撃がこちらに来ているのも気にせず、生み出した蛇のように細長い火をいくつも飛ばした。


「な、なんだこれは!」


 空中を進む火の蛇達は宮廷魔術師の周囲に集結し、それぞれが結びついて形を成していった。


 火で出来ているため彼にはどうすることもできず、最終的には球状の檻となって彼を囲む。同時、俺の方へと直進していた影の腕が、目の前で灰のように消えていった。


「すごい、綺麗……」


 その輝く魔法を見て、遠くから俺達を眺めていた王女様がポツリと呟いた。相変わらず生気の足りない顔をしているが、目に火の檻を映している彼女の表情は、心なしか楽しそうに見えた。


 まぁ、おっさんの入った檻を見て綺麗と思う少女もどうかと思うけどね。すくなくとも綺麗ではない。


「これは一体、どういう魔法なのだ!?」

「探求心があるのは良いことだ、教えてやろう!」


 二人ともが俺の魔法に興味を持ってくれたようなので、嬉しさからテンション高く叫んだ。記憶を奪われてから妙な喪失感があったため、テンションが上がるのは久しぶりな気さえしてくる。


「これは【狩猟の魔導書】三章〈生檻せいかん〉と、【火炎の魔導書】一章〈輝球〉を組み合わせた即興魔法だ」

「即……興……? この一瞬で魔法を作ったというのか……?」

「あぁ。魔導書がないから難しかったけど、〈生檻〉と火の相性が良かったからなんとかなった」


 〈生檻〉は、木などの自然物で相手を捕らえる檻の魔法。〈輝球〉は周囲を照らす火の玉を作り出し、相手にぶつければ多少のダメージも期待できるという照明魔法だ。


 この二つを組み合わせることで出来たのが、火の檻を作り出す〈輝檻〉という魔法である。〈生檻〉が自然系の魔法だったため、火の魔法と組み合わせやすかった。


「影の魔法は周囲の光源をなくすか、逆に直接強い光を当てると弱まるからな。この火の檻に覆われている限り、あんたの攻撃は俺に通じない」

「そ、そんな……」


 何も出来ない宮廷魔術師が、檻の中から捨てられた子犬のような顔で俺と王女様を見つめてくる。


 しかしそれも仕方ないことだ。一系統の魔法ばかり鍛えていると、その対策をされたらどうしようもない。魔法使いの真の強さは、あくまでその汎用性にあるのである。


「こいつがギブアップするまでは檻を解くわけにはいかないし、やることないから授業でもするか。王女様、この状況から宮廷魔術師の心を折る魔法って何があると思う?」

「え……。なんだろう、肉体圧縮系の魔法?」

「うーん、それは心より先に骨が折れるかなー」


 状況に最適な魔法を選ぶ練習をさせようと思ったら、凄く過激な答えが返ってきた。脳筋に育てられたら脳筋になるのかな?


 俺は首を振ってから、いくつかの例を示した。


「風の魔法を上手く調整すれば遠くからくすぐり続けることも出来るし、時間を掛ければ知覚魔法で幻覚を見せることも出来るぞ。何か希望はある?」

「早く終わらせて授業受けたいから、ドぎつめの幻覚お願い」

「お、王女様……!」


 容赦ないリクエストを出す王女様を見て、宮廷魔術師を顔がくしゃりと歪んだ。幼女の言葉こそ、心を折る本当の魔法だったんだね。


「あ……あぁ。私の、負けだ……。お前が正しかった」

「うん、分かってくれれば良いんだ」


 虚ろな表情で、泣きそうになりながら降参する宮廷魔術師。別にここまで心を折るつもりではなかったので、流石に可哀想になってきた。


 先生の心が折れてしまったことだし、これからは俺が教えていってやりたいな。

 王女様の手段を選ばない姿勢は魔法使いにとって重要な素質だし、何より気が合いそうだ。俺は宮廷での生活が、少しだけ楽しみになるのだった。

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