第20話 やっぱり、俺が教えた方がよさそう
一悶着あった後もポエム熱唱大会が続き、見学するにも集中力が切れてきた。
詠唱中の魔力の流れを調整したりこそしているものの、さっさと魔法を覚えて自分で調整した方がどう考えても早い。流石にアホらしくなってきて、俺は王女様の方に視線を移した。
首元までしかない黒髪はあまり王女らしくなく、表情からも静かな反骨心が見え隠れしている。なかなかくせ者だとは思うのだが従順ではあり、こんなところでさえ王族の闇が垣間見えた。
「ここまで、何か質問ありますか?」
「いえ、特にないです」
そうして彼女を観察していると、とうとう授業が締めに入った。宮廷魔術師が王女様に質問を窺うが、彼女は首を振る。
しかしどうしても我慢できなかった俺は、彼女の代わりに右手をピンと上に伸ばした。
「ん、なんだね? 君には聞いていないのだが……」
「それでも言わせてもらうぞ。やっぱり、いくら何でもこの授業は非効率すぎやしないか? さっさと実践に移るべきだろ」
「はぁ、これだから半端者は……。実践に移るも何も、不完全な状態で魔法を使っても何の意味もありませんよ。まずは基礎からしっかり身につけなくてはね」
その基礎すら出来てないから言ってるのに、宮廷魔術師は俺の質問を鼻で笑う。それから、俺の方へと唐突に魔導書を突き出してきた。
「そこまで言うのでしたら、あなたが教えてみればよろしいかと。実際に教える立場に立てば、私の授業がいかに高度なものだったか分かります。今日だけは特別に、私の魔導書を貸してあげましょう」
「お、それは面白いな。……あぁ分かった、やってやるよ」
挑発的な笑みを浮かべながら、彼はなかなか面白い提案をしてきた。
確かに、文句を言うならまず自分が出来なくてはならない。
もし俺の方法が間違っていたならそれはそれで良い気づきだし、何より自分では買えない魔導書を読める大チャンスだ。
俺は即座に提案に乗って、彼の手から魔導書をひったくった。
「まだやるの? もう喉が痛いんだけど……」
「大丈夫、詠唱を何度も繰り返させたりはしないから」
王女様があからさまに不機嫌そうな顔をしたが、俺が宥めると案外素直に頷いた。
落ち着いた印象を受ける少女ではあるが、あまりに聞き分けが良すぎる。王女様ならこんなものなのかと不思議に思いながらも、俺は授業を始めた。
「じゃあまず、さっきやった五章の〈拡影〉について説明するぞ。対なる存在よ、我が力を蝕みその手を伸ばせっていう詠唱だけど、ここに書かれているのは詠唱の一例に過ぎないんだ。じゃあこの中で、一番大事な語句って何か分かる?」
「えーっと……。対なる存在?」
「そう、その通りだ! 影に対応してそうな語句が、これしかないからな。だからこれを言う時に魔力を全力で使うのが、〈拡影〉を使う時のコツだ。それさえ守れば、あとは下手に魔力を意識しない方がいい」
「どうして?」
意外な言葉だったのか、さっきまで半開きだった王女様の目が少しだけ見開かれた。話に集中してくれていることを確認してから、俺は彼女の問いに答える。
「さっきそこの宮廷魔術師が、詠唱すれば魔力が乱れるって言ってたろ? それは実際には乱れてるんじゃなくて、詠唱によって俺達の魔力が調整されている証なんだ。だから大事なところでちゃんと魔力を出力できれば、あとは余計な工夫をしない方がいいんだよ」
「そうなんだ……」
半信半疑の表情で、王女様が呆然と呟く。
詠唱というのはあくまで魔法の発動を補助するために作られたもの。それを基礎が分かっていない内から工夫しようとすれば、逆に発動の妨げになるのだ。
説明を聞いた王女様は、警戒するように俺を見つめて……。それから試したい気持ちを抑えられなかったのか、少しだけ恥ずかしそうに詠唱を始めた。
「対なる存在よ、我が力を蝕みその手を伸ばせ」
唱え終えた瞬間、座っていた彼女の影が、少しだけ大きくなる。
その形は歪で、とても成功とは言えないが……自分の影を見た彼女は、今度こそ驚きを露にした。
「すごい。私、初めて魔法を使えたっ」
「ウソぉ!?」
今、初めてって言ったか? 彼女の高い魔力運用能力を見れば、魔法を使えないなんてことはあり得ない。もしこれまで使えなかったのだとしたら、偏に教育の問題だ。
俺はキッと宮廷魔術師を睨み付けたが、一番驚いて瞳孔を開いていたのは彼だった。
「そんな、十二歳で魔法が使えるなんて、あり得ない。王女様の初めてを……奪われてしまった……」
「いやんなわけねぇだろ、ていうかその言い方やめろ! 俺は六歳から使えてたぞ?」
「そんな、そんなの、一部の才能のある人だけじゃ……」
「ちゃんとまともな勉強してたら、誰でも出来ることだよ。頑張ればいつか出来るみたいな脳筋思考だから、遠回りしてただけだ」
脳筋思考という言葉を使ったところで、俺は前に所属していたパーティーのリーダー、アウロのことを思い出してしまった。折角忘れることが出来ていたのに、まさか貴族に会って思い出すことになってしまうとは。
世界レベルで脳筋化が進んでいるとなると、俺が魔法を開発しても買い手がいないままだ。
これはどうにかしなきゃな……。自由の身になったら、参考にするためアウロがどうなってるか見に行くか。
「遠回りだと……そんな馬鹿な……。いや、地道な鍛練こそが魔法を極める唯一の道! 王女様、こやつの言うことなど真に受けてはなりませんぞ!」
「……。でも私、この人の授業を受けたい」
「なっ!!!」
宮廷魔術師に言葉を返した王女様は、控えめながらも何かを期待するような目をこちらに向けていた。
十二歳らしからぬ冷めた目であることに変わりはないが、その奥には希望が覗いている。そう、知を探求したいという熱意こそが、魔法使いに最も大切なことなのだ。
「嘘だ……こんな半端者の授業が、私よりも優れているわけがない……」
純粋な十二歳の少女に認められなかったショックか、宮廷魔術師は体ごと震えた。俺より少し上の二十代前半くらいだろうに、末期のような震えようだ。
しかし不意にそれはピタリと止み、彼は突然に笑いだした。
「半端者……? そうだ、半端者だ! いくら魔法を覚えるのが早くても、鍛練を重ねた魔法が半端者に負けるわけがないっ! それを証明しなくては……!」
宮廷魔術師はこれまでで一番の大声で叫ぶと、いきなり右手の手袋を外し、俺に投げつけた。
「え……? えーっと、落としましたよ?」
何の意味があるのか分からず、物に当たるのは良くないよと思いながら手袋を拾って返してあげた。
俺が手袋を手渡してあげると同時、彼の顔が真っ赤になる。なんだ、自爆魔法か!?
「馬鹿者っ! これは決闘の合図だ! 最近上流階級で流行ってんの!!!」
「あ、そうなんだ……。そういやギルドでも見たことあるな……野蛮だなぁと思ってあまり気にしてなかったけど……」
「ヤ! バ! ン!」
怒りを堪えきれなかったのか、口調すら崩して宮廷魔術師がわめきたてる。大丈夫かこいつ。
「とにかく決闘を始めるぞ! 開始時刻は……今だっ!」
そう言って、彼は唐突に魔法の詠唱を始めた。
ちょっと待て、俺、医務室で魔導書を没収されたままなんだけど!?
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