二章 宮廷魔術師編
第18話 魔法の教え方から教えます
意識を取り戻した俺は、これまで見たこともないほど豪華な天井を見上げていた。背中を包むのも、宿では味わえないようなフワフワの布団。
いっそ現実離れとも言える状況に、俺は困惑せざるを得なかった。
「ここは……どこだ?」
「あっ、起きた!」
すわ誘拐かと思いながら呟くと、隣から女の子の声が聞こえてきた。顔を向ける前に、その女の子は横になっている俺の胸に飛び込んでくる。
「怖かった、何が起こったか全然分からなくて……。ジレン君も全然起きないし……」
不安そうな声を漏らしながら、女の子が顔を上げる。いつもの軽装ではなく青っぽい厚手の正装だから分からなかったが、その子はナナだった。
後ろで小さく結んだ少し茶色がかった短髪も合間って、きれいな服を着るととても育ちの良い子に見える。
彼女が弓を背負っていない時点で珍しいため、俺は何があったのかを確認した。
「一体どうしたんだ? 勇者に稽古をつけていたところまでは覚えてるんだが、そこからの記憶が不明瞭なんだ」
「やっぱり、ジレン君もそうなんだ……」
「も、ってことはナナもか。うーん、あと覚えていることと言えば……勇者の兄貴が出てきて、いきなり孔雀になったことくらいだな。なんであいつ、いきなり孔雀になったんだ……」
駄目だ。やはり記憶が混乱している。第一王子がやってきて、話をしたらいきなり孔雀のように赤い羽根を広げたことしか覚えてねぇ。
一発芸を見せてもらったんだっけ? だとしたらスベってるぞ、第一王子。
「それは私から説明しよう」
「おぉ、噂をすれば第一王子!」
俺とナナが言葉を交わしていると、ちょうど当の本人が部屋に入ってきた。あまりのタイミングの良さに、思わず新しいことわざを作り出してしまう。
やってきた彼の顔は記憶よりもかなりげっそりとしており、体の重心も右手に持った杖に預けているようであった。
「一体どうしたんだ? 気分悪そうだぞ?」
「やはり覚えていないか……。実は私も記憶がないのだが、不覚にも何者かに攻撃されてしまったらしい」
「怪我した本人ですら記憶がないのか? それって……」
「あぁ。記憶が消されたとしか考えられないな」
予想以上に深刻な状況に、俺達は思わず口を噤んでしまう。複数人の記憶を簡単に消せる者など、脅威以外のなにものでもない。
そんな存在がもし俺達と敵対関係にあるのだとしたら、顔も分からないのは危険すぎる。何より恐ろしいのは……。
「だから私は、君達を完全に信用することは出来ない」
やはりそうだ。記憶が完全にないということは、俺達が敵でないと証明することも出来ないということ。
記憶の中では穏やかだったロンの双眸が、体調の悪さも相まって俺達を鋭く睨みつけた。
「じゃあ、宮廷魔術師がどうとかいう話はもうなくなったと考えていいのか?」
「いや、それは出来れば請け負ってもらいたい。もちろんいきなり宮廷魔術師というわけにはいかないが、王宮にはいてもらわなければ困る」
警戒しながら尋ねると、意外な言葉が返ってきた。処刑まで予想していたので、甘すぎる処置に驚きを隠せない。
ロンは俺の心中を察したように、その理由を述べた。
「正直に言えば、君達を監視下に置いておきたいというのが一番の理由だ。犯人が君達だろうが君達を狙うものだろうが、目の届く範囲にいてもらわなければ困る」
「そうは言っても、疑いの晴れない奴を王族の周りに野放しにするのは問題なんじゃないか?」
「まぁそうだね。実を言えば君達をそこまで疑っていないというのもあるが……。貴族社会が荒らされるなら荒らされるで、私としては一向に構わないんだ」
なんかこの王子、凄いこと言ったぞ!?
呆気に取られていると、ロンは意味深な微笑みを浮かべた。
「まぁ、君も貴族達の惨状を見れば同じことを思うはずさ。例えば、魔法の教育現場なんて見た日には……」
「教育現場?」
「第一王女……要は私の妹だが。父上の無茶ぶりで、彼女には宮廷魔術師が魔法を教えているんだ」
「あんたじゃなくてか?」
「私は父上にも異端者扱いされているからね」
寂しそうな、しかしどこか殺意を窺わせる表情を浮かべた後、ロンは言った。
「だから君は、まず宮廷魔術師どもに魔法の教え方から教えてやってほしい」
「は、はぁぁぁ!?」
それに何の意味が……と思ったが。
後に貴族達の惨状を見た俺は、すぐにその必要性を実感するようになる……。
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