第16話 王子って割とそこら辺にいるね
勇者の心を完璧に折った翌日、俺は外に出て勇者に稽古をつけることにした。
トラウマを植え付けたままでは流石に罪悪感があるし、何より世界を守る勇者様が最弱レベルの弱さでは人類の存亡が危ぶまれるからだ。
「ふんっ、魔法使い如きが僕に剣を教えようとは、随分調子に乗ったものだね。王家に代々伝わる剣術、味わわせてあげるよ」
「お前、漏らしながらよくそんな偉そうに出来るな……」
俺と対峙している勇者は相変わらず力に自信があるようだが、今もトラウマを刺激されているのか小便を漏らし続けていた。
ここまできても勇者の尊厳を失わない姿勢には、一周回って尊敬するわ。
「まぁ、そう思うならかかってこい。お前は戦いの基礎からなっちゃいない」
「なんだとぉっ! 王家侮辱罪で訴えるぞ!?」
「勇者の癖にみみっちなオイ!」
俺が伝えたことに激昂した勇者は、こっちが魔法使いであることも忘れて剣を振りかぶる。
それを俺は、いつものように魔導書で弾いた。
「うわぁ、また出たよ魔導書防御……。変則ガードどころの騒ぎじゃないね」
「私の矢が防がれた衝撃、忘れない……」
リンとナナが呆れたように呟くが、初めて魔導書の防御を見た勇者の驚きようは相当だった。
「えぇぇぇぇ!? 魔導書で防がれた!? 俺の剣は……俺の剣は本一つ叩き切れないというのか!」
どうやら魔導書が金属製であることに気づいていないらしく、紙の本すら切れないほど力がないのかと勇者が嘆く。
まぁ訓練の必要性を実感するだろうし、本当のことは言わないでおくか。
「まだだ! 本の一冊や二冊くらいっ!」
「ほい」
勇者がまたも切りかかってくるが、全て防がれて悔しそうな顔をする。カキンカキンって音が鳴ってるのに、まだ金属とは気づいていないようだ。大丈夫かこいつ。
「まぁ、打ち込みはそこまでで良いや。今までで見えたお前の弱点は、相手の動きを見てないことにある。型にはまった稽古ばかりつけてる貴族の、典型的な弱さだな」
「うっ……」
そして彼は、これまで見せなかったような暗い顔のまま口を開いた。
「それは兄上にも何度か言われたことがあるな……」
「兄? ってことは第一王子か?」
「ああ。やはり勇者の力は、彼が受け継ぐべきだったのだろうな。もし彼が……」
彼が言葉を続けようとした、その時。
俺の〈気配察知〉に、これまではなかった反応がいきなり現れた。
「誰だ!?」
反応があった方向へ、俺は瞬時に振り向いた。この距離に近付かれるまで俺が気づかないとなれば、相当な手練の冒険者か……転移魔法を使える魔術師に限られる。
振り向いた先には、案の定魔法使いらしいとんがり帽子をかぶった男が立っていた。
「ふふ、転移魔法による接近に反応できるとは流石だな。私の目に狂いはなかったようだ」
「お前は……?」
転移魔法など、誰にでも使える魔法ではない。俺が訝しみながら尋ねると、彼は最近ずっと見てるような貴族らしい笑みを浮かべた。
「私はこの国の第一王子、ロンだ」
噂をすれば影、どころの話じゃない。タイムリーすぎる登場に、俺は度肝を抜かれる。
王子ってこんなどこにでもいるもんなの?
まさか弟の敵討ちみたいな感じだろうかと一瞬身構えるが、それは彼自身の言葉によって否定された。
「君の力を見込んで頼みたい……。宮廷魔術師になって、脳筋貴族どもに魔法の素晴らしさを教えてやってくれないか!?」
それが面倒な事件の発端になると、この時の俺は……まぁ、それなりに予想できていたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます