第15話 勇者にトラウマを植え付けてしまった

「おい、大丈夫か?」


 魔物狩りに勤しんでいたリンと合流した後、俺達は地に倒れたままの勇者に声をかけた。


 鎧は壊れており目は白目。どこから見てもご臨終だが、直接攻撃は(ほとんど)していないので生きているはずだ。


「う……うぅ……」


 呻きながら、ようやく勇者が起き上がる。


「安心しろコネ入社……いや勇者。【デビルハンド】はもう全部倒したぞ。リンが」

「別に私がやったことは言わなくて良いけど……。というか勇者君どうしちゃったの?」

「お前、本当に獲物しか見てなかったのな……」


 戦闘狂かよ。さっきまで魔物にたかられてたじゃんこいつ。


「とにかく、勝負はついたんだしギルドに帰ろう。報酬はわざわざ変なことしなくても、三等分にすりゃ良いだろ。それかリンの総取りか……」


 勇者は一体も倒してないしね。仕方ないね。


「ん、三等分だと? ふっ、ようやく負けを認めたか魔法使い。報酬を全く求めないとは、殊勝な心がけだ」

「はぁ!? こいつ何言ってるんだ!?」


 この期に及んでまだ俺が弱いと思ってるのか、と驚愕したが、彼の顔を見て自分の認識不足に気がついた。


「こいつ……まさか、さっきまでの記憶ぶっとんでんのか!?」


 そう。勇者は起き上がったにも関わらず、目は白目のままだったのだ。


 どうやら無理矢理【デビルハンド】をひっぺがした時に、彼の記憶もブチブチッと行ってしまったらしい。


「ちょっと……まずくない?」

「いやそりゃ問題だけど……。とはいえ、あの状況だとあれが最善手だったしなぁ」


 ナナが少し冷や汗を流しながら問いかけてくるが、そんなこと言われても困る。


 魔法で【デビルハンド】以上に精神を乗っとる手段もあったが、その場合は記憶の代わりに勇者の精神が消滅しちゃっただろうし。俺も手加減したんだぜ?


「もう言っちゃうけど、報酬ないのはお前だからな。むしろ助けた分こっちに金払って欲しいくらいだわ」

「なっ!? 適当なことを言うな! これだけの量の魔物、君達だけで倒せるわけないだろう!?」

「お前鎧ぶっ壊されててよくそんなこと言えるな……」


 俺は呆れながらため息をつく。この問答もめんどうだし、いい加減決着をつけるか。


「もういい、めんどうな手順は抜きで、どっちが強いかは決闘で決めよう。魔法使い如き倒すのに、鎧は要らないんだろ?」

「ふふ、当然だ! 鎧などなくても、僕が負ける要素は何もないっ!」


 どこまで魔法使いをなめているのか、即座に決闘に応じる勇者。未だに白目なのは凄く怖いが、多分叩けば治るだろ。


 勇者が剣を構えるのを見届けてから、俺も魔導書を構えた……が。


「ひ、ヒィィィィィッ!」


 俺が魔導書を構えた瞬間、勇者はいきなり悲鳴をあげた。黒目が戻った代わりに尻餅をつき、手だけで後ずさっていく。


「おい、一体どうしたんだ!? 洗脳の後遺症か!?」


 あまりの奇行に流石の俺も慌てて尋ねると、予想外の言葉が返ってきた。


「ぼ、僕にも分からないっ! でも体がいきなり震えて、どうしようも……」


 言いながら、彼は地面に倒れたまま失禁してしまう。自分でそれに気が付くと、女の子二人の前で漏らしてしまった事実に絶望の表情を浮かべた。


「こ、これは……」

「どう考えてもジレン君のせい……だよね?」


 どうやら乗っ取られている間に俺が攻撃しまくった恐怖が深層心理に焼き付いているらしく、俺が魔導書を構えただけで恐怖を覚えるようになってしまったようだ。


 もしかすると記憶が飛んだのも、【デビルハンド】のせいじゃなくて防衛本能……ひいては俺のせいなのかもしれない。


「これは流石に……何かケアしてやらなきゃなぁ」


 俺は悪くないものの、流石に罪悪感を覚える。これからもこいつと関わる羽目になりそうだ。


 皆で相談した結果、取り敢えずクエストの報酬は四等分しました……。

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