第14話 ルーズド・バイ・ネーム ~名前負け~

 【デビルハンド】に乗っ取られてしまった勇者が、虚ろな目でこちらを見つめている。


 彼の周りには他の【デビルハンド】も集まってきて、どんどん力を集約させていた。体の上で蠢いている魔物達は、新たな体を得たことへの喜びに浸っているように見える。


「でも、なんというか……ねぇ?」

「うん、ちょっと……うん……」


 だが、俺とナナの受けた印象は冷めたものだった。口に出すのもはばかられるので、曖昧な言葉だけで感情を共有する。やっぱ、ナナもそう思うか……。


 怖くない。そう、全く怖くないのだ。


 勇者に魔物がいくら合体したところで、「それで?」って感じ。

 悪魔の力を手にした勇者との戦いとか、冒険絵巻なら確実に重要な場面だけど……全く緊張感がない。【デビルハンド】が一カ所に集まってくれてラッキーだとすら思える。


「不憫だな、勇者……。お前があと何十段階パワーアップしようと、俺の敵になる気がしねぇよ。どうして、こうなっちまったのかな……」


 表情に憂いを浮かべながら、俺は呟く。雰囲気だけは冒険絵巻のクライマックスだが、言ってることは我ながら酷すぎる。いやはやまさか、勇者がここまで弱かったとは……。


「クハ、クハハハハハ! 私ハ、力ヲ、得タ……!」


 まだ意識の欠片だけは残っていたのか、勇者デビルフォーム……いや、乗っ取られ勇者(コネ入社)がテンション高く笑い出す。雰囲気はあるけど、言ってることに新しい情報が全く含まれてなくてダサい。


「もういい! 【デビルハンド】が集まりきるまで待つつもりだったけど、不憫すぎて見てられねぇ! すぐに本体ぶったたくぞ」

「うんっ、このままじゃ目が腐るよ」


 ナナに呼びかけると、なんか凄く酷い言葉が返ってきた。いや流石にそこまで言ってやるなよ……。


 俺は発動準備を続けていた魔法を、ナナが矢を放つと同時に解放した。


「〈風踏〉っ!」


 使用したのは、最近よく使う〈風踏〉。しかし発動するまで力を溜め続けていたことで、推進力はいつもの三倍程まで跳ね上がっていた。


 魔法のパワーを溜め続けるコンセントレイトという技術は、会得までが難しいとされている。今にも魔法を発動するという状態を維持し続けなければならないため使う魔力が一カ所に留まり、悪いときは体内で魔法が発動したりするのだ。うん、死ぬね。


 しかしここでも魔導書が役に立つ。

 魔導書を魔力回路だと見立ててそこに余剰魔力を循環させるようにすれば、魔力貯蓄限界が来てドカンなどということはなくなるのだ。この時に大切なのは魔導書を自分の一部だと思うこと。元々そう思っていた俺は、始めての練習でコンセントレイトの世界記録を叩き出したこともある。


「だからまぁ、今の俺は誰にも追いつけない」


 コンセントレイトした〈風踏〉の速度は、流石のリンも上回る。俺は一瞬で乗っ取られ勇者(コネ入社)との距離を詰め、魔導書で彼をぶっ叩いた。

 スピードを全乗せしたミスリル武器の一撃は、王様から貰ったのだろう高そうな鎧を一撃で粉砕した。もう意識はないはずだが、本能を刺激されたのかコネ入社の人が叫ぶ。


「アアアアアアッ! ボクノイッチョウラガァッ!」


 その鎧、一張羅なのかよ。寝る時とかどうしてんだ。


 頭の中で突っ込みながらも、〈風踏〉の効果が続いている内に連撃を重ねる。コネ入社は背中からたくさん生えた悪魔の腕で、必死に抵抗した。


 もし彼が強ければ、この状況に苦戦することもあっただろう。しかし弱い奴がいくら腕を増やしたところで、むしろ体が重くなるだけだ。俺は難なく【デビルハンド】をはたき落としていく。


 コネ入社に引っ付いていた腕が残り一本というところまで来て、俺は魔導書への命令を唱えた。


「〈突風〉を主魔法として、攻撃範囲を一点に絞り全出力を集中、起動!」


 【疾風の魔導書】一章、〈突風〉。前方に風を出すだけの簡単な魔法を、一点に集中させることで絶大な威力にする。


 狙うはコネ入社の頭に引っ付いた、彼を洗脳している【デビルハンド】。こいつばかりは普通に倒してしまうと脳に悪魔の指が残ってしまうので、脳まで伸びた指ごと風で吹っ飛ばしてしまうつもりなのだ。


 少しでも照準が狂えばコネ入社の頭が吹っ飛ぶこの状況。一か八かの賭けで命を失いそうになっている彼は、意識がないにも関わらず冷や汗を浮かべていた。


「いっけぇぇぇぇぇ!」


 しかし、他人事なので構わず発射する。俺の放った風は見事【デビルハンド】のみに命中し、彼をむしばんでいた魔物はズブブブという肉がちぎれるような音と共に吹っ飛んで行った。


 …………。今の音、絶対こいつの脳から発せられたよな……。大丈夫かな……。


 ともかくやっと肩の荷が下りたので、辺りにも意識を回せるようになる。周囲を見渡して目に入ったのは、ゴミのように散乱した【デビルハンド】の死骸だけだった。あれ、多すぎない?


「これ、まさかリンがやったの……?」

「そうだよっ!」


 ずっと一人で戦っていたリンの声が、隣から聞こえてくる。いつの間に……!


「勝負の邪魔になっちゃいけないと思って周りの【デビルハンド】狩ってたら、いつの間にか全滅しちゃった☆」

「しちゃった、じゃないよ! 倒しすぎだろ!?」


 俺が勇者を助けるために戦っている間も、こいつは一人で延々と悪魔の腕を狩り続けていたのか……。なんか悲しくなってくる。


 いくら盗賊は速いと聞いていても、ここまでとは思わなかった。こいつが本気出したら、もしかしてコンセントレイトした〈風踏〉でもスピードでは敵わないかもしれない。俺は頼もしく思うと同時に、少し戦慄を覚えた。


「じゃあ結局、【デビルハンド】討伐数は……」


 こちらに近づいてきた審判役のナナに聞くと、彼女が正確な数字を教えてくれる。


「ジレン君8匹、勇者0匹、私5匹、リンちゃん37匹……だよ?」

「てへっ」


 リンがお茶目ぶって舌を出してくるけど、全然可愛くないからぁぁぁぁ!!!


 こうして俺と勇者の競争は、リンの圧勝という謎の結果で終わったのであった。


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