第13話 幸せなら手を叩こう

 クエスト用紙に指定された地点まで来た俺達は、すぐに目標を見つけた。


 【デビルハンド】。それは腕の悪い魔法使いが悪魔を召喚した際に、失敗して腕だけを召喚してしまうことで現れる魔物だ。


 近くにいる【デビルハンド】は一ヶ所に集まる傾向があり、群れで行動する。

 元の体に戻るため力を合わせて魔界への道を探しているのだが、悪魔は腕くらいすぐに復元するので、元の体を見つけると捨てられた子犬のようにしゅんとするのが愛らしいと評判だ。

 

「うわ、十体どころか五十体くらいいるね……」

「まぁ十体さえ倒せばクエストクリアだから、弱そうなやつを重点的に狩っていこう」


 その愛らしい魔物は今、目の前で大規模な群れを成していた。みんなどんなけ悪魔召喚しようとしてたんだよ。


「あ、あ、安心してくれ! 君達の身は僕が守るからねっ!」

「いらないよ?」


 動揺した様子の勇者がリン達を励ますが、またもナナに断られていた。不敏。


「リン達の心配は良いから、早く勝負を始めようぜ。四人で合計十体狩れた時点で判定して、引き分けならもう一体先に殺した方が勝ち……でどうだ?」

「えっ!? あぁ、それは勿論良いんだけど……やっぱりこの数、魔法使いが戦うには厳しいんじゃないかい? 張り合って無茶なことしてるなら、今すぐやめた方が良いよ!?」

「ほぉ、この期に及んで俺の心配をするか、大した余裕だな」

「そうじゃなくてっ!」


 勇者がやけに慌てているように見えるが、五十体もいるとは想定していなかったのだろうか。これくらい珍しくないんだけど……。


 まぁ、さっさと結果で黙らせた方が早い。俺がリンに目を向けると、リンが勝負開始の合図を出した。同時に、彼女自身も敵に向かって駆け出す。


「うわぁぁぁ、もうヤケクソだぁっ!」


 リンが走るところを見た勇者も、叫んで【デビルハンド】の群れへと駆けていく。群れの中でも特に敵が集中したところに向かうので、相当な自信があるのだろう。


「軍門に下りし火の精よ、有らざる四肢に風纏い、空上から己が死に場所を求めん」


 一方俺は、〈火球〉と〈風踏〉と〈空制壁〉を組み合わせた、〈放物誘導火炎弾〉という即興魔法を使用した。


 詠唱までして魔法を組み合わせた場合、単に魔導書に命令して工夫を加えるよりも細かい調整が効く。

 俺が放った火の球は〈風踏〉と同じ要領で上空に跳ね上がり、要所要所で空気の壁を作り出して方向転換し、放物線上に動いて【デビルハンド】を狙った。我ながら超絶技巧である。


「ここまですりゃ確実に仕留められるだろ」


 直線上に撃つと相手に避けられてしまうので、距離感の測りづらい空上から攻撃したのだ。狙い通り、俺の攻撃は勇者の目の前にいたデビルハンドに見事命中する。


「うわぁぁっ! 目の前に火の球が!?」


 しかも今回は、勇者の狙っている獲物を重点的に攻撃していた。相手の獲物を先に倒して、討伐数を稼がせない作戦だ。


「やっぱり、鬼畜魔法使い……」

「人聞きの悪いことを言わないでくれ、勝負に真剣なだけだ。勇者も自信満々だったし、これでも勝てるか怪しいくらいだ」


 ナナが弓で狩りをしながらも俺をジト目で見つめてくるので、俺は弁解した。相手の獲物を狙うくらい作戦の内……それくらい勇者だって分かっているだろう。


 そんな風に思っていると……。


「おい魔法使いっ! 遠くから攻撃するなんてズルいぞっ!? 僕はこんなにも前線で、身を呈して戦っているというのにっ!」


 もっと低レベルの批難をされた。いやいや、魔法使いに何言ってんねん。


 勇者のことだ、何か意図が有るのだろうと自分に言い聞かせていると、彼は普通に攻撃を喰らった。彼が俺へと意識を逸らした瞬間、後ろにいた【デビルハンド】に頭を掴まれたのだ。バカじゃないのこいつ!?


「おいっ、早く対処しろっ! デビルハンドに洗脳されたら体を乗っ取られるぞ!」

「無理だぁ……無理だよぉ……。こんなの倒せるわけないよぉ……」

「はぁ!? 【デビルハンド】一体くらい、勇者ならすぐ倒せるだろ!?」

「そんなこと出来るわけないじゃないかっ! 君だって、さっきみたいな会心の一撃が出ないと無理だろう!?」


 何言ってるんだこいつ……。さっきの魔法が会心の一撃なわけないじゃないか、何度だって撃てるぞ……?


 意味が分からないが、ともかく勇者が危険なのは確かなようだ。俺は魔導書に命令し、彼を助けるための魔法を放つ。


「〈魔笛〉を主魔法として、〈精神浸食〉の対象を代入、起動!」


 〈魔笛〉は魔物の集中を引き寄せる魔法だが、彼は魔物に半分ほど乗っ取られている状況なので少し工夫すれば効くはずだ。こちらに気を引き寄せることで、【デビルハンド】の精神感応から逃げさせようとした。


 しかしそれは、不発に終わった。


「何故だっ!? もう手遅れだったのか!?」

「ふふ、それは僕の力だよ」


 まだ辛うじて意識の残っていた勇者が、俺の疑問に答えた。


「勇者に代々受け継がれたスキル、『難聴』。これにより、君如きの音魔法は全く意味を為さなくなるんだ! ハーハッハ! ……勝ったな!!!」


 そんな悲しすぎる勝利宣言を最後に、勇者の意識は途切れた。どうやら、完全に意識を乗っ取られてしまったらしい。悲しすぎだろこいつ……。


「え、これどうするの……?」

「はぁ、助けた方が良いんだろ? 流石に……」


 一周回って勇者が楽しい奴に思えてきたし、仕方がないから助けてやろう。


 俺は魔導書を構え直し、彼を助けるための作戦を考えるのだった。

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