第4話 脳筋のいない幸せ
俺達を見下ろす魔物の名は、【フルイド・サイクロプス】。流体の一つ目巨人だ。
その名前の通り茶色っぽい表皮は常に揺れ動いており、頭部にある赤い大きな目玉がこちらを見据えている。
「な、なんか見るからにヤバいやつがこっち見てるんだけど……」
「あぁ、あれはこのダンジョンでも三番目くらいにヤバい。パーティーで倒した時でさえ、ギリギリだったな……」
顔を青ざめさせるリンに、俺は絶望的な情報を告げる。冷静であろうとはしているが、俺の声も若干震えていた。
強い魔物はダンジョン内だけで生態系を完結させるため、奥に行かなければそうそう会うことはない。しかし時折、こうして強い魔物に遭遇してしまうことがあるのだ。
こうなったら……心を決めるしかない。
「リン!」
「えっ、何っ?」
「二人でこいつを倒すぞ……っておぉい!? 何勝手に逃げてんだよ!?」
俺がリンに声をかけると、はるか遠くから声が返ってきた。さすが盗賊、逃げ足も一流だ。
しかし残念ながら、その判断は正しいとは言えない。
「こいつに背を向けるなっ! 死ぬぞ!」
「えっ? ってうわぁ!?」
俺の警告を聞いて、リンが走りながら振り返る。それと同時に、
もし振り返らずに頭の位置がそのままだったら、彼女の頭は左半分が吹き飛んでいただろう。
「自分より格上の魔物からは逃げるなって、ギルドで教わっただろ? 超格上の魔物相手なら、
「あわ、あわわわわ……」
強い魔物が獲物に逃げられるのは当然だ。ならば、強い魔物が獲物に逃げられないための能力を持っているのも当然だろう。格上の魔物から逃げられないのには、そういう理由がある。
サイクロプスの場合、逃げる者は目から出る光線で焼かれてしまう。見ていれば避けられない攻撃ではないが、逃げている者には致命の一撃になる。「しかしまわりこまれてしまった!」、では済まないのだ。
「俺は攻撃魔法を使えないわけじゃないけど、支援魔法を重心的に覚えてる。だから頼むぞ、リン……」
「頼むぞって言われてもぉ」
俺の言葉にリンが弱弱しい悲鳴を上げるが、心を決めてはくれたようだ。彼女は鞘から短剣を抜き放ち、サイクロプスに相対した。
「リン。どう支援すればいいか分からないから、普段の戦闘スタイルを教えてくれ」
「回避力頼りのヒットアンドアウェイだよ。そのぶん攻撃力が残念だから、そっちの補助をお願い!」
「ヒットアンドアウェイってことは……防御面の補助はあんまりいらない?」
「うん、相手の手が増えたりしない限りは大丈夫だと思う!」
回避力には本当に自信があるようで、リンは防御の心配はいらないと言い切った。触手に余裕で捕まってたのは気になるけど、あれは相手の手が多かったからということなのだろう。
実際リンは【フルイド・サイクロプス】に難なく近づき、相手の攻撃を避けていく。
「お前……最高かよ……」
「えぇっ!?」
リンの言葉を聞いた俺の気持ちは、「感動」だった。圧倒的な感動だ。
パーティーでは攻撃しか頭にない奴ばかりだったから、俺一人で攻撃補助も防御補助も視線誘導も全てこなしていた。
それに比べて、リンは役割分担というものをきっちりと分かっている。自分の得意なことは全て自分が担い、しかも魔法使いから注意を逸らすような動きまでしてくれていた。
「そうだよな! こういうことだよなぁ集団戦闘ってのは!」
「感動はいいから早く支援してくれない!? 全く集団戦闘になってないんだけど!?」
「分かってるって。ちょうど今、魔法の起動が終わったところだよ」
せっつくリンに返事をしながら、俺は彼女の両足に魔法をかけた。【疾風の魔導書】の三章、〈風踏〉。動きに応じて足から風を出す魔法だ。
「その魔法は慣れるまでが難しいから、今はジャンプだけに反応するように調整した! お前の跳躍力は今、常人の5倍くらいになってるはずだ」
「相変わらず器用だね……。でもそれ、何の意味があるの?」
「目を狙いやすくなるだろ?」
サイクロプスの目を指さしながら、リンの質問に答える。
「こいつは体が流体だから、ダメージが通りづらい。ある程度相手を疲れさせてからは目を狙った方が良いぞ!」
「そうなんだ、知らなかった!」
俺の説明に納得して、リンが頷く。しかし俺は、あえて彼女に伝えていない情報があった。
バレなかったことに安心しながら俺は戦いの推移を見守り、要所要所で的確に支援していく。そしてリンが〈風踏〉の効果に慣れたところで、彼女はようやくサイクロプスの目に向かって跳躍した!
「いけるっ……! いや、やっぱいけない!!!」
とうとうリンが刃をサイクロプスの目に突き立てようとした……その瞬間。サイクロプスの目が、腹の方へと
【フルイド・サイクロプス】の体は流動体。それは防御力を上げるためではなく、一番の弱点である眼球を動かすための特性だったのだ。
「これじゃ……避けられない!」
移動した先で、サイクロプスの眼球が赤く光った。先ほど彼女をかすめた、あの赤い光線を放とうとしているのだ。
地上ならば、リンは余裕で避けられる攻撃。しかし空中にいる状態では、流石に避けられない。
不可避かつ致命の一撃が、リンを狙っている状況。死を覚悟したのか、リンが目を瞑った……その瞬間。
「はいドーン」
俺の軽い掛け声と同時に、リンの足から突風が吹き荒れた。
「え?」
「ウゴォ……!」
突風はリンを狙っていたサイクロプスの眼球に直撃し、その勢いで眼球が反転した。だが発動しかけていた光線は止められず、サイクロプスの体内で赤い光線が放射される!
【フルイド・サイクロプス】の強みである目の可動性は、同時にこいつの弱みでもあるのだ。体内を焼き切ったことで、サイクロプスは動かなくなった。
「…………」
「やったなリン! たった二人で【フルイド・サイクロプス】を倒したぞ!」
「…………」
「しかもこれ、多分眼球は無傷で残ってるぜ! 売ったら結構な額になるけど……俺は3割くらいでいいぞ! リンは頑張ってくれたもんな!」
「ねぇ」
「うん?」
リンが何も言わないので心配になっていると、ようやく反応が返ってきた。
「さっきの突風、君の魔法だよね?」
「あぁ。〈風踏〉を遠隔操作できるように調整してたからな。それで起動に時間かかったんだ、褒めていいぞ」
「じゃあこうなるの、分かってた……?」
「……もしかしたらなるかもなぁ、とは……。目からビーム出るの忘れてたっぽいし」
俺が素直に答えると、リンはクワッと目を見開いた。
「もぉぉぉぉ! 私、死を覚悟したんだけど!? 目が動くとか、気づいてたなら言ってよぉ!」
「言ったら目を狙わなくなるだろ? こっちの方が安全にとどめ刺せるし……サイクロプスの眼球が無傷で手に入るし……」
「なんかすっごい計算してた!? もぉぉ、やっぱり魔法使い嫌いだぁぁぁ!」
怒るリンを宥めた結果、報酬は10割リンのものということになってしまった……。やっぱり魔法使いが軽視されるのは、魔法使いにも問題があるのかもしれない。
俺はリンがサイクロプスの眼球を回収するのを見つめながら、大いに反省するのであった……。
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