The Rose-2
「僕にはね、HONERって名前の妹がいたんだ」
LIARが自身の事について話すようになったのは、来てから丁度二週間が経過したある日のことであった。
「おっ!」
カネ……じゃない、この子の心の扉が開く機会の匂いがするっ! これはっ、上手く使えばっ、多分っ、お金になりそうなっ、いやっ、そんなに使う訳じゃないけどっ、でもっ、使ったらっ、凄く、お金にっ、なりそうなっ、そんなっ、予感がっ、いや、使う訳じゃっ、ないですけd(略)
「ほうほう、どんどん言ってごらん」
(自称)マッハ3で彼の元へ急行、懐から革の手帳と万年筆を取り出し、姿勢を前のめりにして、話をするように手で促す。興味のある話に対して姿勢が前のめりになるのは彼の癖だった。
「本当に可愛くってね、子うさぎみたいなの」
「子うさぎ?」
「先ず、いつでもちょこまか走ってて、何か食べる時は必ず両手で持ってかじかじ食べるし――あ、お菓子とかの小さな物の話だけどね」
「ほうほう」
頭の中でちっちゃな子うさぎが口をもぐもぐさせながら大きな葉っぱのキャベツを頬張る姿が連想された。表情を変えずにひたすらもぐもぐする小さな口元にどんどんキャベツが吸い込まれ、消えていく。そんな体は手で覆えば半分以上が隠れてしまうような大きさ(イメージは合っているか)で、そしてふわふわ。毛が柔らかく、撫でれば顔が思わずほころぶような。
なるほど。うん、可愛い。
「でね、でね」
「うんうん」
HONERの話が永遠に止まらない。肝心の彼自身の過去とか素性とかが分からないのが何だかもどかしいが、ここはぐっと堪えて我慢である。
これぞ情報屋必殺技その196! 「ひたすら聞く姿勢」!
「それでね、それでね」
「うんうん」
その日、何故かLIAR自身ではなくその女の子の年齢・体重・身長・好きなもの・嫌いなもの・特技・趣味etc.をマスターしてしまった小沢氏。
ん。
どこで間違えた?
――、――。
期待していたブツがいついかなる時でも手に入れられるとは限らない。それは情報が生きているからだと、自分はそう思っている。
その道のりは時に険しく、時に朗らか。冒険にも等しいかもしれない。試練にも近いかもしれない。
唯、その苦難の末に手に入れられた情報には何よりも価値があると思っている。まるで赤子を授かったかのような境地に浸り、快感を我が物として愛で、慈しむ。
嗚呼、俺は情報に生かされている。
「で、で」
「ほいほい」
――そして、今日の俺は情報に振り回されかけている。
今日は今まで過ごしてきた中で楽しかったこと、面白かったことを凄く楽しそうに語っている。その日あった嬉しかったことを報告する子どもの体である。
いつでも話題の中心はHONERで、彼の目はきらきら輝いている。きっとその輝きに合わせて世界の色も煌めいているのだろうと思う。
それに関しては何の文句もない。
だが。やっぱり彼に関しての情報がない。これが二日目ならまだ許せる。
二週間である!
よく尽きないな、とちょっと思う。思うが、口には出さない。
ひたすら堪えてはいたのだが――代わりに顔に出た。
「……つまんない?」
「うぇっ、ええ!? 何、何だい急に!」
「……前のめりじゃないし、眠そう」
ギクリ!!
更に顔に、加えて態度にまで出た。
「そう見えるだけだよ! ほら、おっさんは元気だぞ!」
おいっちにーとか元気よく言いながら、わざとらしくラジオ体操第二をやってみせるが、彼の顔はどんどん曇るばかり。
あ、やべやべ。
やべやべやべやべやべ……。
「嘘吐き」
「嘘なんか吐いてないよぉ」
「それも嘘じゃん!」
「そんなこと、な――って、ってか、何でそう言い切れるんだよぉ! 嘘吐いてるかなんて分かんないでしょぉ、フツー!」
怜はそのまま「大体は思い過ごしに過ぎないんだよ」とか言うつもりだった。
しかし目の前の少年の表情がそうさせなかった。
驚愕、否、衝撃。そんなような、兎に角「しまった」とでも言いたげな複雑な表情が瞬間的に彼の顔面を覆いつくしていく。
何か、彼の心の奥に触れた。
直感で感じ取る。
「LIAR……?」
「お願い、僕を嫌いにならないで!」
突然バネのようにこちらに飛び込んできたLIARを困惑しながらもしっかりと受け止める。
「お願い、お願い、独りにしないで!」
「大丈夫、大丈夫だ。おっさんは急に見捨てたりなんかしないよ」
「誓って。満月の御名において誓って!!」
「よ、よく分からんがもう誓ってるさ。神さんに心から誓ったさ!」
「それでも、それでも僕の目の前で誓って! お願いだから!!」
「そそ、それに、契約書も書いたでしょ」
「だったとしても二重三重にやって!! お願いだから!!」
「わーった、わーったから!! 一旦落ち着け、落ち着くんだ!」
体を揺らさんばかりの勢いでガクガクやってくる少年の勢いに根負けした。
少年の目の前で契約書にお祈りにと、納得するまで色々あれこれやりまくった。
その後に言われたのは驚愕の真実。
「僕、人の心を見透かすことが出来るんだ」
ハッと息を呑んだ。
「どうか、どうか嫌わないでね」
「嫌うもんか。――人間の肺が来た」
これが、この瞬間が欲しかった。
* * *
いつの間に西日が傾いている。
彼の途切れ途切れの言葉を全部受け取め、その体を緩く抱き続けた。
彼だけが持つ特殊能力のこと。彼がぶち込まれた研究所のこと。クソ胸糞の悪い生活、一転して訪れた幸せな日々。
一瞬にして壊れた日のこと。
自分を命がけで守ってくれた若者のこと。
――HONERを一人、向こうの時代に残してきてしまったこと。
――彼の目の前で多くの命の喪失があったこと。
自分を責めずにはいられなかったこと。
思い出したくなくて、いつでも逃げ続けているかもしれないこと。
「だから言ったじゃないか。僕がいれば皆不幸になるって」
「そうかな? おいさんは幸せだけどねぇ」
「絶対なる。皆僕のせいで死んだんだ」
「おいさんはまだ死んでないけどねぇ」
「……出来ることなら思い出したくなかったのに」
「そうだなぁ」
「……」
「唯、おいさんは話してもらえて嬉しかった。凄く、凄く」
「本当?」
「本当だとも」
「……僕のこと、嫌いになった?」
「なるもんか。おいさんは永遠にお前の味方だよ、いつだって。いつだって」
「……」
「分かるだろ。おいさんが噓吐いてるか、吐いてないかは」
「……、……うん」
暫く目を泳がせてからちょっと顔をほころばせ、体にもたれかかってくる。
その重みを噛みしめながら、その命の辿った荒々しい波間を垣間見ながら、男は一人、思考を巡らせる。
それは胸の奥から永遠に消えることのない、痛み。苦み。
自分の罪は永久に消えずとも、この子の苦しみだけは出来る限り少なくしてやらねばならない。取り除いてやらねばならない。
それはこの地に来る前から、「人間」になったあの時から一瞬も消えたことのない、自分の決意。覚悟。苦悩とも言うかもしれない。
その時、無意識の内に口を突いて出た歌は『The Rose』。
何故だか彼のようだと思った。
「何? それ」
「おいさんの好きな歌だよ」
「何それ。変なの」
「変じゃないさ。愛は花のようなものだ」
――脆いながら、いつだって根は強く、美しい。
愛とは、一種そういうものであるだろう。
「な、LIAR」
「何?」
「良い取引先を紹介したいんだが」
「取引……?」
「株式会社レフォルム。知ってるか」
(つづく)
LIAR 星 太一 @dehim-fake
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