皆でおでかけ(提案)
「いらっしゃーせー! うささん屋さんでーす!」
「……いくらですか」
「一千万兆円でーす!」
「高過ぎない!?」
「じゃあ一円でーす!」
「振れ幅!」
「その位の金額ならぱぱが買えるよ、おーちゃん」
「えーっ! ほんとー!?」
「一千……ナントカを? 嘘つけ」
「や、一円の方」
「そっちかよ!」
二人のコントみたいなごっこ遊びにさらりと混じって言いたい放題言う。LIARがここに来て約一ヶ月――あのHONER誘拐未遂事件から早五日。LIARの手助けのおかげでRaymondは既に疑似感情の全てを取得、更には敬語抜きで話せるようにまでなっていた。涙も流せる為、今では殆ど他の人間と変わりがない。最近は冗談まで言うようになった。
「仕方ないな……じゃあ僕が払ってやろうかな」
「一円?」
「じゃなくて一千……ナントカの方」
「えーっ! できるのー!?」
「出来るよ。――ほい」
言いながら自分のロングパーカーを彼女の顔面に被せる。
「……」
突然自分の目の前に大金の画像が流されて、フリーズしている少女。
ばしばしと目の前の空虚をある程度叩いてから
「ないじゃん!」
とロングパーカーをたくし上げた。
それを見てLIARの表情が固まる。
* * *
「何? 皆でおでかけしたい?」
興奮したように頷く少年。
Schellingは暫しの沈黙を置いてからふらりと何かを取りに行った。
「はい」
「……何コレ」
「三十八度超えてたらインフルエンザだからね」
「風邪なんかひいてねぇんだよ!」
思わず床に体温計を叩きつけた。
「じゃあ何だってまたそんなこと……失礼承知で言うけど、全く以て君らしくない発言だよ? そこら辺分かってる?」
「本当に失礼なこと言いやがって……じゃなくて! これ見て!」
そう言って前に突き出してきたのは彼のフードを被った――小さなLIAR?
また暫しの沈黙が流れた。
「……え?」
「お兄ちゃんが着てろって言ったのー!」
「わーっ!!」
思わずひっくり返った。――ロボットって、ひっくり返るんだ。LIARの口元がニヤつく。
「ちょ、ちょっと待って。どういうことだい? これは。余りの事態にメインシステムがオーバーヒートしそうなんだけど」
漫画みたいな完璧なズレ方をした眼鏡を直し直し聞く。
「あのさ、僕、変身できるじゃん? その……自分が体内に取り込んだ『嘘』の持ち主に」
「そう――待って。真逆HONERにも君の特殊能力が微細ながら受け継がれているって言いたい?」
静かに頷いた。
初めて会った時から、どこかこの子には不思議なところがあると思っていた。特に自分との関係について。
自分を探していただとか、自分の正体が見破れるだとか、偶に術が効かないだとか。……べたべた付きまとったりするのもその一つだろうか。
最後のは取り敢えず良いとして、これらの原因は間違いなく自分達の原初にあるだろう。即ち――
「なるほど? 二人を『LIAR』と『HONER』に整える時に互いの中身をそれぞれ互いに移植したから、そこで能力の付与がされたと」
「そう! そう言いたい!」
「その可能性は大いにあるだろうね。君の能力発現もいわばそれで起きたのだから。――でも、それがどうしておでかけに繋がるんだい」
「それを話すには一週間前にあったあの誘拐未遂事件を思い出す必要があります」
「あれは君の身勝手が原因じゃないか」
「そ、それもそうだけど! あれだけの危機に陥ったのはこいつが外の世界に慣れてなかったってのもあるだろ!? この世界の常識を教えていなかったってのもあるだろ!? 僕何か違うこと言ってる!?」
ド正論を突き付けられて思わず「う」と情けない声を零す。
全く以てその通り。明らかに彼女への教育も足りなかった。
この時代は路地裏が大変危険であること、自分が様々な人から狙われる重要人物であること。そんな基礎の「キ」の字さえ教えていなかったのだからあんな危険な目に遭った。反論の余地がない。
「でもあんたらがそうしちゃった理由も分からなくはない。こうしてHONERについての色んな情報が社会に出回ってしまった以上、そして自分の組織内にも彼女を狙う奴らが出てきてしまった以上、彼女を外に出したくなかったし、あわよくばこのままここに居て欲しかった。『外の世界』について教えたくもなかった。そうなんでしょ?」
「ううう、君も分かってるじゃないか……」
「だけどこういう事態にもなってしまった以上、そうする訳にはいかないでしょ」
「……」
「腹を決める時だよ、Schelling。あの子は外の世界を知るべきだ」
「そうだけど」
「過保護は暴力、過干渉は虐待だ。思う気持ちは分かるけど、行き過ぎれば毒だよ」
「……で、でもー!」
「まだ粘るのか!? 餓鬼じゃあるまいし!」
「あの一件があったからさー、君達二人だけっていうのはちょっと怖いんだよ……」
「は? 何言ってんの。お前らも来るんだよ。皆っつったろ」
また暫くの時間を要した。
「どぅええええ!? 行かないよ? 僕は行かない!!」
「何ほざいてんだ、娘の成長見たくないのかよ!」
「一緒に連れてくならRaymondでも良いだろ! あの子の方が土地勘あるよ! 僕は研究所とここしか知らないし、頼りにならない!」
「保護者がアイツだけっていうのも逆に心配なんだよ! 大分完成に近づいたとはいえ、まだ偶にトンデモ行動するだろ!」
「でもー」
「忘れたか! あの地獄の五十四匹!」
説明しよう、「あの地獄の五十四匹」とは!
ある日、白くてふわふわした捨て犬を一匹保護してきたことがあった。それを博士が「偉いねー」と褒めたのだが、それを真に受け、毎日ボール箱いっぱいに持って帰ってくるようになった。総計五十四匹。HONERは大はしゃぎしていたが、他二名からすればたまったもんじゃない。彼への教育含め、全ての後処理に相当の苦労を要した。(飼い主はちゃんと見つかった)
まだ彼は未完成だ、プログラムとはそういうことだ。人間らしい思考とは意外と難しい。一つの指示が確かにうまく働いているのに、人間にとっては全く予想外の動きだったりすることもある。
「そ、そうだけどさ……」
「どうすんだよ、街中で突然『クラリス』と抗争をおっ始めたら」
「うう、それは困るなぁ」
「だろ? 変装してでもお前ら二人で付いてくる必要があるんだよ」
「ううう」
「僕を捕まえてきた時、先頭にいたのは誰だったよ? あん?」
「あうう、それを出されると弱いけどぉ」
「なあ? 誰だったっけ?」
「うう」
「なあ?」
「ひええ……」
* * *
「ううう……ねえRaymondー! この帽子どうかなー!」
「ソフト帽ですか? 紅白帽の方が似合うと思いますよ」
「おおお、本当に冗談言うようになったね、君! あはは! ――笑えないよ」
「ふふ。嘘ですよ、似合っています」
「もう今更だよー……」
「機嫌を直してください、博士」
「ふん!」
一方で。
「おーちゃん、初めてのお出かけ嬉しい!」
「外に出たことはあっただろう?」
「あれは違う! 家族でおでかけが良いの! だからとっても楽しみなの!」
髪の毛をとかしてもらいながらはしゃぐHONERにLIARが「あ」と声をかけた。
「なあに?」
「その火傷。そのままじゃ危ない」
「やけど?」
「それ」
そう言って指したのは左肩の例の「H」の字。
彼女の誘拐未遂騒ぎの発端となった問題の刻印。「Dr.Schelling Product」とでかでかと刻印され、無知の一般人でもそこら辺の関係者と分かる。
以前の騒ぎもこれが原因だと踏んでいる。
そこでだ。
「なあに? それ」
「包帯です」
「それをどうするの?」
「こうします」
彼女にじっと見つめられながら左肩付近にくるくると巻く。
「ほわー。ちょっと前のれいれいみたい!」
「格好いいね」
「かっこいいね!」
自分の腕にくっついた格好いい包帯を見たり触ったり、腕を振り回したりしてめちゃくちゃはしゃぐ。この子は元気だけが取り柄だ。
そんな子の肩を抱き、彼は真剣な表情で瞳を覗き込んだ。
「良いかい、HONER。この火傷はこの家族以外には絶対見せちゃだめだ」
「見せちゃ、だめなの?」
「うん。これだけはお兄ちゃんと約束して。HONERの命を守る為でもあるんだよ」
「……分かった!」
「それと、おでかけ中はこのロングパーカーも脱いじゃだめだからね」
「分かった!」
「約束できるね」
「うん!」
「……よし。それじゃあ僕達だけの約束の仕方で約束しよう」
「おーちゃん達だけの? 何!? 面白そう!」
「だろ。名付けて『満月のうさぎの誓い』だ」
「うささん!? ええ! 凄い! 教えて!」
「まずはグー作って」
「これがお月様?」
「そう。そしたらお月様同士でごっつんこ」
「ごっつんこ!」
「それで、手でうさぎさん作る」
「こう?」
「そうそう。で、耳どうしを今度はくっつける」
「こう?」
「そ。そしたらこう唱える」
満月の上、うさぎは絶対嘘つかない。
だってお月様はいつも見ているから。
ここに誓う、この約束は月の下では必ず守らんことを。
「分かった?」
「まっげつ、うさ、うさ……も一回言って!」
「ふふ、良いよ。難しいけど覚えられるかな?」
「むずかしくても覚えるもん!」
「よしよし。もう一回いこう」
「うん!」
何度も繰り返していると向こうの方からお声がかかった。
「おーい! 二人とも、早く行こう!」
「あ、行かなくちゃ」
「いかなくちゃ!」
「――じゃなくて」
彼女にロングパーカーを着せ、少年の姿にする。匙加減がちょっと難しいが、何とかして自分には似ていないがそれでもHONERの可愛らしさを残した少年に仕立て上げる。その傍で自分は神代木霊に変身した。
「あれ、お兄ちゃん、お姉ちゃんになっちゃった」
「そうよ。おでかけ中もお姉ちゃんでよろしくね」
優しく頭を撫でてやると、嬉しそうに甘え、うん! と元気よく頷いた。
かなり重装備の博士と普段と余り変わらないRaymondに合流。
余り開かれないドアをHONERが押し開けた。
今日は快晴である。
(つづく)
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