第二章 LIARとHONER
黄昏時
前髪を左手でかき上げ、俯くようにしながらコピーしたファイルを読み返すRoylott。
組んだ足が様になっている。
背後では夕陽がその身を山の向こうに隠そうとしていた。
そんな彼の元に何者かが音もなく近付く。そのまま――。
シャキン。
「……!?」
何が起きたのか一瞬分からなかった。
伸びた黒毛がページの上に無造作に散らばっっている。気付けばかき上げていたはずの髪の束がごっそりなくなっている。――いや、それは流石に大げさか。月並み程度の前髪はある。つまり前髪の長さが常人レベルになったという事である。
驚いて見上げた先には糸目の若者が面白そうに、にこにこと笑っていた。
「その方が似合ってるよ」
「……何が起きたんですか?」
「髪切っちゃった」
「え」
「髪切っちゃった」
「……!」
どたばた!
「どうしたんだい?」
「みっ、見ないで下さい!!」
「何で?」
「切ったこと無いんです、この前髪は!」
「生まれてこの方?」
「ええずっと!!」
「……恥ずかしがってるのかい?」
「ハッ、恥ずかしがってなど!」
「じゃあ良いじゃないか。見せてよ」
それでも髪で隠していたところを見せない。
ためらってばかりで覆う手は小さく震えている。
「……汚いものがあるので」
かすれた声はそれだけ言った。
「汚いもの?」
「凝り固まって取れない罪の跡が」
その言葉に彼の目が見開く。
「おや……昔のことを思い出してきたんだね?」
「そ、そういうのではなく! ただ、ただ……誰かが言っているんです!」
「何て?」
「嘘は醜いって、この嘘は罪だって、だから! だか――」
「だぁいじょうぶだよ、ほら!」
彼の不意を突いて片方の手を外しその顔面をその手鏡に映した。
綺麗な白い肌にエメラルドグリーンの瞳が瞬いている。その双眸から水晶が流れ落ちた。
「あれ……」
「何が罪の跡だって?」
「……」
「とっても綺麗だ。モテるね」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。その表情はいたいけな幼子のそれそのものであった。
愛しい。
「大丈夫。僕も同じだから」
「同じ……」
「人間になり切れないってお互い大変だ」
「……」
「言ってるだろ? 君はもう足りないものを持っているって」
「ううん……」
「罪のせいで前が向けないのなら一度取り去る事も大切だ」
「……」
「もうその胸にははっきりと刻み付けられているのだから」
丁度その時、陽が完全に落ちた。彼の白い肌にあったはずの藍色が空を徐々に染め上げていく。
「二人で何してるんだ?」
そこにJosephも部屋に入ってきた。昨日が繰り返されようとしている。――まるで一歩の人生のように。
「いや? 何でも」
「そっか。って、んん? あー!! お前髪切った!?」
薄暗い部屋で対照的に物凄く明るい声がRoylottの懐に飛び込んでくる。
「え? ああ、まあ、無理矢理……」
「無理矢理だか何だかとかは知らねえけどよ、似合ってるよ!」
「え? そうでしょうか……」
「俺も切っちゃおうかなー……Roylott、後で頼むわ」
夕焼けの最後のほの明るさに照らされたあか抜けた笑み。彼も罪に雁字搦めにされていた時、決して見せる事の無かった無邪気さ。全く色を持たなかった昨日の夜とは偉い違いだ。
――彼は前を向き始めている。
それが例え無意識でも。
薄く、笑んだ。
「ええ、私なんかでよろしければ」
「お前なら大丈夫でしょ」
この二人の間には確かに特別な何かが流れている。
「こほん。それじゃ、続きを始めようか」
マッチを擦る。白い塔の先に揺れるルシフェルからの贈り物。
そこに居る彼らの罪も言ってしまえば悪魔からの贈り物だったに違いない。
「愛って何だろうね」
「愛、ですか」
「また面倒くせぇ哲学持ち出してきやがったな」
早速あくびを伸びやかに吐き出すJoseph。
しかしRoylottは真剣な面持ちだった。
「あの二人の間に流れる関係はそれこそ愛だったに違いない。だけど――」
「……」
「……」
「残念ながらそれが通じないこともある。……一度崩れたものを積み上げ直すには目の覚めるような恋が必要だ」
濃い疑問が空気に溶ける。
彼らに恋だの愛だのはまだ難しい。
「そうだね、少しずつ話していこうか。――確信は時に思い込みだったりするのだから」
苦笑いしている。彼はその意味を隅々まで理解しているのだろう。そう思わせる空気の漏れが口から出た。
「さて、舞台は明治街役場。奥の方にある会議室の中から始まる。副委員長は机を両拳で叩きながら物凄い剣幕で言った」
納得いかない!!
(つづく)
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