Intermission time
Intermission――Dr.Schelling products
XXXX年 某所。
大きな建物の中をとある男が駆け足で通り抜けてゆく。
足音がしないように走り、周りを窺うその様子からその建物に不法侵入をしているのであろう事は直ぐに分かった。
やがてある扉の前に辿り着く。
『関係者以外立ち入り禁止』
黄色地にそう書かれたごつい文字列に自身の目的地はここであると確信した。
周りを確認し、電子キーのハッキングを試みる。
彼の前では無敵の電子キーも子どもの玩具同然であった。
音も無く開いた扉の向こう、その男はその奥で口を開ける闇の中に自らの身を溶かしていった。
真っ暗な部屋を手探りで進む。
ふとキーボードの感触を手で確認し、彼はすぐさまその近くにあるであろう電源ボタンを探した。
瞬間、目の前に並ぶ沢山のモニターに命が宿る。
「これが五百年の歩みか……」
その圧倒されるような青白い光景に男の口から言葉が漏れた。
『……誰だ?』
「――お忘れですか、博士」
程なくして聞こえた声に男が返事をする。
その声には懐かしさやら喜びやらが含まれていた。
「貴方の子です」
『僕の作品に髭面はいない』
「……いつまでも機械的なお人だ。これを見れば分かりますか」
そう言って男はシャツのボタンを数カ所外し、自身の首根っこをモニターに埋もれたカメラに見せる。
そこには『No.00002』と書かれていた。
『……、……Raymond、君か』
「お久し振りです。Dr.Schelling」
『とうとう煙草を飲み始めたのか。健康に良くないって言ったのに』
「死に急いでるんですよ。もう、疲れました」
『嫌な奴だ。負の感情まで飲んだのか』
「あれ、バレましたか。相変わらず勘の良いお人ですね」
『君の事は手に取るように分かるよ。一番僕に近い存在の癖に』
久し振りの談笑に心が躍る。
――このままここで共に死ねたなら。
どれだけ楽だろう。
こういう時ばかり死にたがりの気持ちが良く分かる。
生きる事は立ち向かう事だ。希望などほんの一瞬の気休めにしかならない。
自身が「人間」となった今、彼の時間は物凄くゆっくりと流れていた。
来たるべきその時にちゃんと休む事が出来るのも……それはそれで幸せだ。
それまで自身に負わされた責務は果たさなければいけない。
もう少しだった。
「例の物を受け取りに来ました。出来上がっているはずですが」
『勿論。少し待っていなさい』
Raymondの右側から伸びてきたマニピュレーターがモニターの後ろにその「手」を伸ばしていく。
「なるほど、良い隠し場所です」
『僕の研究は君と僕だけの物だ。……それ以外の奴らに渡すわけにはいかない』
「アンドロイドも平気で嘘をつける時代になりました」
『だからこそだよ』
「光栄です」
やがて目の前にSFでよく見る画面とボタンが一つずつしか無いリモコンが置かれた。
「これが……」
『ああ、君の求める「アンドロイド緊急停止装置」だ。使い方はシンプル。まずはボタンを押してそこから電波を発信し、その電波を受信した
「……限られた物資だけでよくここまで作れたものです。本当、貴方にはどうしたって追いつけない」
『いや、まだまだ不完全だ。見た目がシンプル過ぎて使いづらいし、それ自体が本体だから発電機を繋がなければいけない。しかも凄まじい電力じゃないと使えた物じゃない。今の電力供給量でブレーカーが落ちるか落ちないか……って所だろう』
「五百年前なら一つの自治体でも足りないかもしれませんね」
『ははっ、違いない』
スピーカーから笑い声が漏れた。――彼にまだ人の体があったなら、どんな顔をしていた事だろう。
「それで……これの実験は」
『こんな所に閉じ込められて出来る訳無いだろう。……誰かが来たら来たでぶっ放せていたんだろうが』
「ははは。それは偉く物騒だ」
笑いながらふと嫌な予感が背中を這うのを感じた。
「……真逆、自分の体で試せなんて言いませんよね?」
『……実験が無ければ使えない』
「……、……殺せと仰る?」
『Raymond。君の気持ち、僕も良く分かるんだ。僕も君と同じなんだよ』
「……」
『早く死にたい』
目を見開いた。
余りに「それ」を明るく言うものだから。
『早く解放されたいんだよ。早く歩き回れる体になりたい』
肩で息をする。
『早くMaryに会いたい。もうこれ以上ずるずる生き続けなくても良いから』
リモコンを持つ手が震えた。
『早く』
何とも言い表せないような変な感情が胸を揺さぶる。
画面に「Dr.Schelling」の文字が一つ映し出された。
その下には「Raymond」の文字もある。
『早くしないとあいつらに見つかる。電子キーが壊れているんだから』
「……」
『Raymond』
『早く』
* * *
一方。
こちらは2XXX年。
「おい」
ぶっきらぼうな声が夜闇に響く。
「『嘘』が流れてるぞ」
「……貴方もでしょう」
そう言い合った二人の顔を月明かりが照らす。
その白い肌を藍色のどろりとした液体が通過していた。
「なあ、もう対象は確認できた。早くあいつを――」
「お待ちなさい。もう少し時間が必要です」
「……」
不機嫌そうに顔を逸らす。
「とはいってもあと三日程ですよ。――その時が本番です」
「そうか。もうすぐなんだな」
「ええ。……それまでに彼らの手配をしておいて下さい」
「ああ、分かったさ。分かったとも!」
興奮をはらんだ彼の声に相手はニヤリと微笑んだ。
「幸せのシナリオはもうすぐ……」
(つづく)
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