反抗
ズダン!!
「納得いかない!!」
しんと静まり返る。
「穏やかじゃないですね」
誰かがぽつりと言った。
そこは明治町役場の奥まった所にある使われていない会議室。隅に細々と積み上がっている黒いビニル袋は例のゴミ電気だ。――まだやっているのである。
異臭騒ぎが少し前にあったが、すぐに臭いを消す技術を開発。今ではここに居た方が空気が綺麗とさえ言われている。
迷惑をかけるか貢献するか。この組織は両極端なのだ。
「それで、どうするんですか?」
「ちょっと待て」
千恵の言葉を遮って修平がテレビリモコンのような機械を頭上の防犯カメラに向け、ボタンを押す。
ボカン!!
「「……!!」」
――と、その瞬間防犯カメラから派手な爆発音がして力を失ったようにその首を垂らした。
「な、何ですかそれ」
徹が震えた指先で視覚的に騒がしい彼の前の道具共を指す。
「対渋沢用の兵器、名付けて『エリートぴよちゃんず』だ」
「どうにかならないの? そのネーミングセンス」
海生の呆れ顔である。
「奴の隠し部屋に繋がる防犯カメラを再起不能にさせるリモコン『破壊神ぴよちゃん』、この部屋の内部の音を外部から完璧に聞こえなくする『防音スペシャリストのぴよちゃん』だろ? それに部屋の前の床と壁に渋沢のみを感知するセンサーを取り付け、感知されたら罠が発動するようにした『罠のウコッケイ』」
「それだけ大人なんだ」
「仲間外れにされたらウコッケイちゃんが可哀想だろ」
「……」
親友とはどこか似てしまうものなのである。
「でも何でそれを……」
「そりゃ簡単だ」
噛みつくように身を乗り出した。
「渋沢に反抗する。あんなんで俺らが満足するわけ無いだろ!!」
事は昨日の朝にまで遡る。
空席が一つ。その持ち主の現状がその朝、簡単に説明された。
冷たく突き付けられた仲間の裏切り、簡素な終焉。
――姿無き殺人の捜査の終了。
余りに呆気ない、理由が不明瞭、納得いかない。それを修平が胸倉掴みながら何度も叫んだが相手にされなかった。
あんなに盛り上がっていた、一致団結していた。
こんな終わりがあってたまるか。
何か間違っていたならば言えよ!
何より剛があんな事するはずは無いんだよ!!
言ったってもう耳に入らない。親友だろうが何だろうがお構いなしである。
権力とはいつだってこういうものだ。
組織中に不満が募っている。何より一番信頼していた相手を警察に突き出すきっかけを作った海生のダメージが大きい。
このままでは終われない。
修平はその日の内に大輝と剛以外にメールを送信した。
同調しない者は最早いなかった。
彼らの目的は剛の無罪を証明し、真相を掴むことだ。
「は、反抗するったって、そんなに上手くいくもんなんですか」
武が混乱したように言う。
「ン? お前は悔しくないのか?」
「く、悔しいですけど……でもそういうものだって言われたらそうも思えてしまって……何というか……」
「ふむ。なるほどな? ――だが、一ミリでも悔しいと思えるならば、だ。そこからひっくり返す手立ては用意されているもんだ」
「というと……?」
台本通りの疑問に修平が不敵に笑んだ。
「なあ千恵。お前、一般人から『証拠が足りない云々言われた』って話してたよな?」
「木霊さんからですか?」
「多分それだ」
「え、あ、はい」
「そういう事だ」
「説明になってない」
海生が再度眉をひそめる。
「分かってないねぇ」
「現場は足からだっつう事です!」
「何で俺がこの役なんですか」
「お前だけなんだよ、元警察官は」
「じゃあ全員で付いていく必要は無いでしょう?」
「馬鹿だなぁ、誰が防犯カメラの解析するんだよ」
各人の手元に配られた作戦指示書に各々が渋い顔をしたりはしゃいだりしている。勿論後者は千恵のみだ。
何より作戦名からおかしい。
――『エージェントぴよちゃん作戦』――
この人の下で働くと人生が楽しくなる事だけが分かった。
「……あ、で、でも、だからと言ってこれは流石にやりすぎなんじゃないですかねぇ!?」
「すごーい、かっこいー! 古川先輩、これ私が持ってて良いんですか!?」
「ああ! 勿論だ!」
「やったー!!」
「「勿論なわけないでしょう!!」」
武と徹のダブルツッコミが炸裂した。
その手に燦然と輝いているのはぴかぴかの警察手帳。
勿論裏サイトグループの悪趣味秀才二人が作った
海生は千恵が喜んでくれるならばもうそれで良いのだ。満面の笑みで彼女の横顔を見つめている。
「前回の『ぴよちゃん一個中隊』の時もそうでしたけど、これ立派な犯罪ですから!」
「ちっちっちー。甘いな徹君」
大輝の真似をしながら彼の元へ歩み寄る。
「バレなきゃ犯罪じゃないんだよ」
「もう辞めたいこの組織……」
徹の中で良心が葛藤している。
「ハイ注目! 手順はこうだ!!」
修平が派手にホワイトボードを叩き、作戦指示書の内容を箇条書きにしていく。
それをざっと簡略化したのが以下となる。
都市伝説グループが明治街警察に扮して犯行現場たるプディヤビルの警備員に接触。裏サイトグループが映像解析の専門家として監視カメラの映像を確認する。
その後情報屋を引っ張っていって株式会社レフォルムに接触し、LIARの取引と張本倫太との関係について聞き込み。情報屋を引っ張っていくのは彼が情報を買っている相手がいるからである。何の関係もない警察や一般人が入り込んで不審がられても困る。情報収集の基礎は仲間づくりや、相手の油断から成り立っている。情報屋を巻き込んだ方が都合が良いのだ。
かの怪人の元へは面が割れているのと刺激してしまうと逆に不利になりかねないため今回は考慮しないものとする。
「俺は剛が容疑者だっていう結論にはどうも納得できない。あの実直ド真面目バカ正直が殺しをすると思えるか?」
全員が俯く。
「無言で捕まっていったなんてのも納得がいかない。何より守るべき人がここに居るのにそんな事に手を出す奴に見えるか!? あいつが!!」
彼の優しさは全員の知る所である。
海生の組んでいる手が震えた。
「どうせ色々言われてだまくらかされたんだ。机に名刺入れ入れるなんて猿でも出来るわ、阿保!」
その言葉に彼の同居人が顔を勢いよく持ち上げた。
その双眸が揺らいでいる。
「ならば俺達が揺らぎようのない事実をぶち込んでやればいい。怪人の首根っこ引っ掴んでって、有無言わさず連れていかれたあいつの仇を取ってやればいい!!」
全員の瞳が副委員長に真っすぐ向けられた。
それぞれにそれぞれの強い思いが重なる。
「異議申し立てのある者!」
張り詰めた空気、そこに濃く充満する決意の色。
「無言、良し!! それでは以上に関して何か質問のある者!」
「はい!!」
「ハイどうぞ、武!」
ノリノリである。
「この作戦の後はどうするのですか」
「勿論明治街警察署に殴り込みだ」
「ひぇっ」
「案ずるな、お前の元職場に喧嘩売りに行くだけだ」
「何て事を言うんですか!」
泣き笑いしている。
笑うしかないのにどうすれば良いのか分からず泣いている、そんな所である。
「この『姿無き殺人』の担当部署はかの有名な『怪異課』だそうだ」
「あの最近署長室を乗っ取ったと言われるあの『怪異課』ですか?」
「神様と天使と悪魔で構成されているとかいうあの『怪異課』ですか!」
「ああ、こいつの元上司達がいらっしゃるあの『怪異課』だ」
「そこに喧嘩売りに行くんですか!」
当時は神、悪魔、天使、人間の人型全種族が揃う職場云々言われたあの怪異課である。(エルフとかは人型なのだろうか)
彼らの会話からも分かる通り、かなり強い集団だ。主に門田町、明治街付近のオカルト現象や怪異を担当する。どんなに強い悪霊にも基本的な所は対処できてしまう――そう言えば分かりやすいか。この課はオカルト現象が世界一発生すると言われる門田町と明治街独特の課とも言える。陰陽師のような職業があったり地下に異世界があったり嘘をうなじから取って喰らう怪人が居る位なのだ。これ位不思議ではない。
「我々の目標は剛の奪還だ。どんなに捜査期間が長くなろうとも相手が強かろうともそれは揺らぐことは無い!」
「副委員長は彼らの事を知らないんですよ! どんな集団か分かっているんですか!?」
「どんな集団なんだ?」
「人生の厳しさ突き付けられるような所ですよ!」
「大丈夫大丈夫! どうにかなる!」
勇ましさだけは見習いたい。
「ってか違法行為で集めた情報で警察に交渉って笑えるね」
海生がぼそりと言う。
その瞬間に部屋の温度が氷点下まで下がる。
「そう言えば我々が首を突っ込み過ぎれば、警察の無線をハックしてた事とかバレますよね……?」
「思いが届けば良いんだよ!」
「「良くないです!!」」
心配しかない。
(つづく)
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