神代木霊
「……出てこないですね」
「……そうみたいですね」
「……まだ出る気が無いだけかも」
携帯電話を片手に例のマンションを茂みの中からじいっと見つめる三人――千恵と剛と海生である。
傍から見ればただの怪しい三人組だが、今の彼らにそんな目は関係ない。
情報屋の怜の話によれば今日が彼の会社に出入りする日なんだそうだ。
その瞬間を確実におさえた上で、彼のコンピュータからデータを盗み出すのが今回の作戦内容である。
彼の目の前で堂々と盗むわけにはいかないので少し荒っぽい作戦は用意してあるが、それはその時のお楽しみである。
「……ところで、お二人は何で居るんですか?」
「カイが千恵にどうしても着いていき――モガッ!」
「い、委員長命令だ! それに海生だし」
「委員長命令?」
「委員長命令! そ、その! ち、千恵が一人じゃ心配だからって……」
「へえ! そうだったんですね! ありがとうございます、皆川先輩、海生さん! 頼りにしてます!」
「ん……うん」
満点の笑顔でお礼を言う千恵に、海生が真っ赤な顔で答える。
千恵は海生が心の内に秘めた想いを未だ知らない。(剛はそれを優しく見守っている)
「それにしても」
「……?」
「委員長は凄いですね、あんなにすらすらびしばしと! あれがよく言う『推理』ってやつですよね!? 本当、流石だなぁ」
「僕は良いって言ったんだ……。あんな会議開かなくったって大丈夫だって」
明らかに不機嫌そうな顔で文句を垂れる海生。
「だけど大輝がこれ以上時間かけたくないって強引に押し切った。で、結果、こうなった」
「このUSBですね」
「……すげぇ楽しかったけど」
悪い顔になる。
「それなら良かったじゃないですか」
「でも考えてもみてよ。事件に何らかの形で関わってるかもしれない奴が主導の推理ショーなんて、あからさまに怪しいじゃないか」
「まぁ、確かに?」
「それに、調査を進めていたらとんでもない事実を掴んだんだよ」
急に小声で話し出す海生。
「何ですか?」
つられて小声になる千恵。
海生がウエストポーチから白い名刺を取り出す。
そこにはその名刺の持ち主の住所、勤務先である「株式会社レフォルム」とそこでの役割、連絡先、そして本人の名前――「張本倫太」の文字が。
「へえ、倫太さんは株式会社レフォルムの人間たったんですね。これならLIARさんが闇属性だった場合、その証拠を握っててもおかしくはないです」
「まあ、それはそうなんだけど……その名刺、どこに落ちてたと思う?」
「え? 現場じゃないんですか?」
「警察でもないのにどうして現場に行けると思ってるんだ、このたこ」
「で、ですよねー」
照れ笑いする千恵の胸倉を掴んで引き寄せ、いつかのように彼女の耳にそっと囁く。
「明治街役場内、犯罪予備防止委員会の床に落ちてたんだよ」
「……!?」
千恵の目が見開く。
「他の人には?」
「剛以外には言ってない。言ったら最悪誤魔化される可能性がある」
「犯人に……ですか?」
「信じたくはないけどね」
重苦しい沈黙が流れる。
「……どうしてそんな物が」
「分からない。以前面識がある人がいた可能性もあるし、役場内の人間が誤ってそこで落とした可能性だってある」
「そうですよね……その可能性もありますよね」
「でも、それだけじゃありません。あともう一つ奇妙な事があるんですよ」
剛が割って入る。
「な、何ですか?」
「張本倫太さん、どうやら明治街の住民票を取っていないみたいなんですよね」
「そ、それはどういう点でおかしいんですか? 友達の中にはその町の住民票を取ってないのにその町に住んでる子もいますよ?」
「それは学生さんだからでは無いですか? 張本倫太さんは働いてますからね」
「……?」
「ほら、税金払わなきゃいけないじゃないですか」
「……??」
「ぜいきん」の四文字が登場した瞬間顔がほにゃっとなる千恵。
「この馬鹿!!」
イラついた海生が思わず叫ぶ。
剛がすぐに取り押さえた。
幸いそこら辺を通りかかった人が少し肩を震わせる程度で済んだ。二階の怪人には聞こえていないようである。
「良く生きてるな……お前」
「払って下さいって言われてるものを払ってるだけなので」
「ま、まあそうですよね。えっと……簡単に言うと……ここに住んで働く人は税金を納める為に、住民票を取っておく必要があるんですよ。なのにそれを取らずに働いてるのでおかしいなって言いたかったんです」
「ああ、ナルホド。それは確かに変ですね」
「まあ……単身赴任とかいう可能性もあるから一概に怪しいって言い切ることは出来ないんだけど」
「うーん……難しいですね」
「そういう訳だから、取り敢えずこれから僕達は張本倫太の実家とか割り出してみるつもり。そしたらここら辺の人間との繋がりとか実家での何か考慮すべき事とか何かしら分かると思うから」
「よろしくお願いします!」
「うん、任せて」
千恵はこの瞬間海生が心の中でガッツポーズを取っていることを知らない。
「それにしても驚きました!」
「……ん? 何が?」
「海生さんと皆川先輩もちゃんと調査してたんですね!!」
満面の笑みでとんでもない事を言い放つ千恵。これが千恵である。
「テメェエエエ!!」
「カイ! 落ち着いて下さい!!」
「海生だぁああ!!」
大暴れである。
「ちょっと、そこで何してるのよ?」
その時、背後から声がかかった。
瞬間、三人の動きが止まる。
LIAR――ではなく、片目を長い前髪で隠した不思議な雰囲気の美少女である。
あからさまに不審者を見るような目つきで三人を見ている。
「ここ、私有地よ?」
「えれ? 貴女は……?」
「私? 私は神代木霊。このマンションの三階に住んでるの」
「ええっ! 他にも住んでる人いたんですか!」
「当たり前じゃないの! ここを何だと思ってるのよ」
「怪人・変態小僧の住み処」
「真顔で凄い事言うのね」
「だって、私の嘘を食べたがる……」
「ああ、あいつの事」
「知ってるんですか?」
「まあね」
木霊はそう言いながら髪をかきあげる。全てが様になっている。
「夜な夜なふらっと出掛けては何か食べに行ってるみたいなのよね。上手くいった夜は高笑いするものだから煩くて寝れもしないわよ。――そう、矢張り嘘を食べてたのね」
不機嫌そうに親指の爪をガリリと噛む。
垂れる髪、長いまつげに何故か千恵の視線が奪われる。
それに気付いた木霊がふと笑って千恵の頬を軽く撫でた。
「貴女、名前は?」
どきりと心臓が跳ねる。
「ち、千恵です!」
「何……千恵?」
「お、小畑ぁ!」
「小畑、千恵ちゃんね。よろしく。いつでもお相手してあげるから、良かったら部屋までおいでなさいな。303号室だから」
耳元で囁かれて、惚れずにいられようか。
千恵の目はぐるぐる回り、頰は紅く染まっていた。
そして、こんな千恵を見て、海生が黙っていられようか。
訳も分からず飛びかかりそうになる海生を剛が必死で押さえ込んだ。
「それで? 何してたの?」
「あ……えっと、LIARさんに用があって」
「真逆、出待ち?」
「まあ、そんな所です」
「ふうん。貴女達も物好きなのね」
そう言ってくすりと笑う。
「悪かったな!」
海生が思わず噛み付く。
「あら、嫉妬?」
「煩い!」
「それじゃ、その変態小僧さんとこの用事が済んだら早くに帰るのね。遅くまで出歩くと脳みそまで喰われるわよ。じゃあね」
さらっと受け流した木霊はそう言うと、軽やかにマンションの中へと入っていった。
「格好良いー……」
「僕は嫌いだ!」
「嫉妬ですね、海生」
「嫉妬じゃない!!」
* * *
それから暫く経ったが、LIARは未だに出て来ない。
痺れを切らした三人は顔を突き合わせて相談を始めた。
「……出て来ませんね」
「もうかれこれ四十分は経ってますね」
「ガセ掴まされたか?」
「そんな事!」
「一応情報屋に確認取りましょう」
因みに金にがめつい怜であるが大輝の名前を借りて既に連絡を取ってある為、心置きなく電話をかけまくることが出来る。
RRR……。
プツリ。
「あ! もしもし、れいれいさん! ちょっと聞きたい事があるのですが」
『ふぁあ……何?』
まくし立てた千恵の勢いに反してのんびりとした空気が電話越しに伝わってくる。
「……寝てました?」
『うん? そっから見えるだろーに、何で聞くんだ? そんな事』
「そ、そういうのは良いんです!」
『むにゃ』
「で、唐突に本題入るんですけど! LIARさん、いつ外に出るんですか? 会社に行く気配が全く無いんですが……」
『ほにゃ? 何言ってんだ? もう帰ってるぜ?』
「「「え?」」」
『見逃してんじゃね?』
「ああ、そりゃ、どうも……。それじゃ」
『あい、お疲れー』
プツリ。
「……どういう事でしょうか」
「真逆、さっきの木霊さんとか言う人が」
「いや……女だぞ?」
「でも、彼は変身できますよね?」
「それは嘘喰われた人の話だろ?」
「あ、そっか……」
「まあ、何はともあれ。今がチャンスだ」
「そうですね」
一気に緊張感が高まってきた。
千恵の顔つきも真剣なそれになる。
「行ってこい」
「気を付けて下さいね。何かあったらすぐに助けを呼んで下さい」
「はい……!」
「あ、あと――」
「はい?」
すっくと立ち上がり、歩み始めた千恵を海生が呼び止める。
「お土産作戦、忘れるなよ」
「はい」
彼女の手には不気味に光る水筒が一つ……。
(つづく)
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