interval-2-Ⅱ――楽しい工作教室
「おい……真逆お前からくりも犯人も何でもかんでも分かっちまったとか言わねぇだろうな!?」
「いいや? まだだよ」
「じゃあ……何だってんだよ……」
「僕はこれだけ沢山の情報があれば奴の狙いなど分かったも同然だって言いたいんだよ」
「……いや、だから分かってないんだろ?」
「そうだよ? それを今から皆で考えるんじゃないか。逆転のプランと一緒に」
「はあ?」
「ちーちゃん。あの魔法の言葉の後、彼、何て言ってた?」
「えっと……どこでそれを? って言ってました。結構動揺してました」
「ふむふむ、それで?」
「取引にそのUSBを使っているとも言っていました。でも富士山で落として来ちゃったから拾いに行きたいなら勝手に行けば良いと」
「それで富士山か」
海生がしかめ面でぽそりと呟いた。
「じゃあここで一つ考えてみようか。そのUSBがちーちゃんの調べてることの証拠になると思う?」
「……!?」
一同の目が見開いた。
しばしの沈黙。
「ま……待って。いや、待ってくれ。一から説明してくれ」
修平が割って入った。
「だから、USBの話はでっかい釣り針だって事。分かる?」
「……色々情報が足りてない」
「そうだったね」
阿呆みたいな顔をした修平の顔をにやにや眺める大輝。
「テメ……」
他の動機が見え隠れする彼の表情に何故だか怒りが湧いた。
「まずね、このメールを見て欲しい」
何事も無かったかのように大輝が懐から携帯電話を取り出す。そこにあるのはメールボックス。ある人物からの大量のメールが画面いっぱいに溢れている。
その中の一つを開いて委員に見せた。
「LIARの特殊能力は知る人ぞ知る物だけど、一部マニアの間では人気商品でね。それは簡単には売ってくれない。でもその周りはマニアとはいえ興味がない。そこを狙って買った情報がある。言える範囲で教えられる彼の周りの情報はあるかい? ってな感じでね」
「前言ってた情報屋か?」
「ああ。小沢怜」
開かれたとあるメールには短くこれだけ書いてあった。
『毎週水曜、株式会社レフォルムに出入りしている』
「因みに株式会社レフォルムは最近出来たベンチャー企業だ。新たな技術の開発だったり、皆にとって使いやすい商品の開発だったりをしている会社だね」
「……これだけ?」
「そうだよ?」
「これだけで何が分かるっつうんだよ」
「そりゃ、取引してるんだろうなってちょっと思うだろ? まさか取材なんかするはずもない。会社見学なんて論外だ」
「まあ、そうだな」
「そこで、次にこんな質問をぶつけてみた」
次に見せたのは送信ボックスに入った一通のメール。
『Q,どれ位の時間、彼はそこにいるか分かるかい?』
「そしたらこんなのが返ってきた」
『ちょっと』
「……相変わらず簡素なやり取りだな」
「取引って言うものは内容がどうであれ両者にとって重要なものであることに変わりは無い。話し合いやら確認やら色々なものに時間をかけるのが基本だ。……偶に例外はあるけどね」
「まあそれが取引だからな」
「そこに時間をかけていない。とすると取引の話は違うのかもしれない? と、ここでまず行き詰まった」
「……、だから?」
「そこに突如シナプスが新たに加わったのはつい三日前だ。ちーちゃんの報告に気になる箇所がいくつもあった」
「わ、私の報告に?」
「皆覚えてるかな……彼の部屋はとても簡素でありながら散らかり放題散らかっていた。タンスの上には五台のコンピュータ、床には何かの機械が書いてある大量の紙」
「そんな事かよ」
「そんな事なんだけどね、結構大した事なんだよね」
「真逆、秘密の取引?」
「お、鋭いね」
「……なるほど、そういう事か」
海生の目が真ん丸く見開いている。彼の脳裏にもシナプスが追加されたようだ。
「待て待て我々を置いてけぼりにするな」
武が割って入る。
「順序立てて考えていこうか。まず、会社に出入りしている情報が垂れ込まれた。そこから取引でもしてるのかな? と思った。ここまでは良い?」
「はい」
「だが、取引をしているにしては滞在時間が異様に短い。ここに疑問を感じた。O.K.?」
「おーけーおーけー」
「この時点での推測は二つ。まず一つ目は賄賂やら何やら、取り敢えず他の人には余り知られてはいけないような闇な雰囲気のやり取り。もう一つはバイトやら何やらでたまたま毎週訪れているだけ」
「周りに知られたくない何かの為に滞在時間が少ない、もしくは滞在時間を多くする必要が無い案件、ということですね?」
徹が噛み砕いた。
「ナイスフォローだ、徹君」
「恐縮です」
「そこにさっきのちーちゃんが持ち帰ってきた彼の情報を足し合わせよう。五台のコンピュータに謎の機械が描かれた紙の山。ここから何が分かるかな? ヒントは株式会社レフォルムは『新しい技術の開発をする会社』だって言う事だ」
「あ!」
武もようやく分かったようである。
「つまり、技術提供って事ですか!?」
「ビンゴー! その通り! 彼はねぐらにあるコンピュータで開発していた技術をその会社に提供していた可能性がある」
「で、闇の取引だと思ったわけですね!?」
武が目を輝かせながら大輝に問うた。
しかし対照的に渋る大輝。(渋沢だけに)
「うーん、と……それはちょっと急ぎすぎかな。技術提供自体は違法行為ではない。立派なビジネスだ。それに共同開発とかではなく、ただの技術提供ってだけならばその情報をほいっと会社に渡すだけ渡して、それに応じた報酬を振り込み……なんて事だってやろうと思えば出来るからね。そこが難しい」
「あ、そっか……」
「しかし、仮にもそれが彼にとって知られてはまずい事ならばその情報を必死に隠したがるはずだ。この事をもし張本倫太さんが握っていたとするならば、立派な犯行動機になる。事件解決への大きな進展だ」
「なるほど?」
「そこで最終確認で出したのがちーちゃんに託した『魔法の言葉』。」
「『取引に使っているUSBはどこかな?』という訳ですね……」
千恵の喉がごくりと鳴った。
あれは動揺を誘う謳い文句などでは無かった。その先を彼の口から吐き出させるための自白剤だったのだ。
改めてこの参謀は恐ろしい。
「もしただのバイトであれば驚きはするだろうが動揺まではしないだろう。……彼、どんな感じだった?」
「いや、無茶苦茶動揺してました。汗まで浮かべて、結構やべー! みたいに言ってました。顔が」
「で、ここでやっと秘密の取引なんじゃないかってなったわけですね」
「仮だけどね」
一同が一斉にスッ転ぶ。気分は吉本だ。
「まどろっこしいなぁ、もうそれで良いじゃねえか」
「まだ駄目だ。彼が特殊能力の保持者だって事を忘れたのかい」
「ああ……」
「ネットの上では言う事の八割が嘘だという。彼の動揺はほぼ確実に彼の本能がとっさに取った行動なんだと思うが、万が一彼の能力が働きかけた反応なんだとすればまた真相は奥に引っ込んでしまう」
「ウウウー、ヤヤコシイ!!」
武が頭をガシガシ掻きむしった。
「まあまあ、武さん、落ち着いて」
剛がいさめる。
「プッ、流石は脳筋」
「海生はだあってろ!!」
「まあまあまあ」
相変わらずである。
「そ、こ、で!」
大輝が一際大きな声で三文字を空に放ちながら立ち上がる。
そして徐に修平の前に移動した。
満面の笑みである。
「……嫌な予感しかしねぇな」
「フッフッフー」
歯を剥き出しにして意地悪く笑う大輝にはとっておきがあった。それこそ彼曰くの親友の存在である。目の前でやる気のなさそうな曇った瞳で自分を鈍く睨み付ける彼である。
「楽しい楽しい工作をしよう」
気だるげな親友の瞳が瞬間、瞬いた。
「何作る、何作る!」
逆さに被ったキャップをもう一度被り直し机の下に隠していた大きな段ボール箱をえいやっと机の上に持ち上げた。
「今日だけだよ?」
「分かってる、分かってる!!」
ほこりだらけの見たことあるもの無いものが詰まった、よれよれの段ボールの中を楽しそうに漁る修平。
大輝はその横で呑気にリングドーナツのパックの袋を開けた。
「食べる?」
「ど、ども」
いつも口が悪く、大輝相手だと著しくやる気諸々が低下する彼がここまで子どものようにきらきら輝く瞬間を余り見た事の無かった他の委員達は少したじたじしている。砂糖でザリザリしている甘いリングドーナツを小さく囓る。
「で! 何作る!!」
「確実な証拠が欲しいんだよね。彼が単なるバイトなのか、それとも闇属性の何かなのか……」
「データをぶんどるんだな?」
声がわくわくしている。
「ああ。だがクラウドサービスにあいつがそのデータを預けているとは思えないな」
大輝は直ぐにリングドーナツの半分を平らげ、口の中をいっぱいにしながらノートを開く。
「直接盗りに行くんだな? うひゃあ楽しみだ!」
「そこで。手軽に持ち運べるUSBにウイルスを仕込んで欲しい」
ノートに工作の内容を絵に描いてまとめる。
「何だ、俺が行くんじゃないのか」
頬をぶうと膨らませる修平。ほこりまみれの手をパンパンと払い、リングドーナツに手を伸ばそうとする。
それより先に大輝が最後のリングドーナツをひったくった。
「あ! 俺のドーナツ!!!」
「馬鹿馬鹿、君が突然LIARのねぐらに入り込んだら怪しまれるじゃないか」
「俺のドーナツ!!!」
「……聞いているのかい?」
「俺も、ドーナツ……」
「分かった分かった。チョコがけのオールドファッション後で買ってあげるから」
「なるほどな。確かにそうだわ」
この変わり身の早さは流石大輝の親友と言ったところだろうか。
「とすると……やるのは千恵か?」
「モチロン」
両手に食べかけのリングドーナツをストックしている千恵がそれを聞いて瞬間吹き出しそうになる。危うく三つ目のリングドーナツがおシャカになるところであった。
「あううあういえうあんむぐ!?」
「まず口にくわえてるのを飲み込め」
んぐむっ。
「私がやるんですか!?」
「奴のねぐらに堂々と入れるのは今やちーちゃんしかいないからね」
「ひぇえっ! パソコン作業無理です!」
リングドーナツを頬張りながら騒ぐ千恵。彼女は今とても忙しい。
「じゃああれか。挿しただけでコンピュータのデータ全部USBに転送させるようにしちまえば良い訳だな?」
悪い顔になった。
「え、何それ面白そう」
海生が食いついた。
「ん? 海生やるか?」
「……刺激」
海生の顔も悪い奴のそれになる。
「モチロン、僕も混ざるよ。中々素敵な工作が出来そうだし」
大輝が次はバウムクーヘンの袋を開けた。
「よおっし。それじゃあ三歳児でもデータの窃盗が出来るような素敵な素敵なUSBを作るぞ!!」
周りの人間が元気よくオー! と返事をする。(海生は赤い顔で右手を遠慮がちに上げた)
ずっと知らない振りをしていた徹に気付き修平が後ろから襟を掴む。
「おい、徹も来い!」
「えええ……犯罪には手を出したくないです……!」
「グループ長命令だッッ!」
「ひええ……」
委員会一の真面目が食われた。
その後突如始まった『修平君の楽しい工作教室』は委員会の知識人の間で大いに盛り上がった。(徹は最後まで良心と戦っていた。)
「なんか……ヤバイ瞬間見てるんじゃないか? 俺達」
「何か、頭良いって凄いですね!」
体力自慢達はただ呆然と見ているしかなかった。
そして数十分後。
「ぐっふっふー、遂に出来上がってしまいました。挿すだけでデータを全部転送し、更には感染したコンピュータ内のデータを全部食い潰してしまう魔法のUSB……名付けて『ぴよちゃん一個中隊!!』」
「ダサ……」
非常に上機嫌な修平の耳に海生の毒は届いていない。
「サア千恵! これを受け取れ!」
「ははあ!」
千恵の手に出来たてほやほやの凶悪USBが置かれた。見た目はただの白いUSBメモリーだがそこには悪趣味知識人の恐ろしい技術が詰まっている。
「こいつをUSBメモリーの差し込み口に一度刺せば! たった十数秒間待つだけであっという間に完全手遅れ! お前のデータは俺のモノになってしまうのです!」
続いて高らかにフハハと笑い出す修平。この勢いで違う兵器まで作ってしまいそうである。
それは完全に放っておいて、大輝が千恵に向き直った。
エメラルドグリーンの瞳がちらりと光った。
「さあて、ちーちゃん。準備は良いかな?」
(つづく)
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