Interval-2――大局観を持て

「はぁ!? 今から電車で最寄り駅まで行くとこだァ!?」

 初夏の爽やかな朝、LIARの捜査開始から三日目。武の怒号で役場内の空気がビリビリと震えた。

「だっても明後日も明明後日もねぇ!! 交通費は出してやるから新幹線でちょっぱやで帰ってこい!! トンボだトンボ!! は!? 知らねぇ! 早く帰ってこい! 良いな!?」

 ガチャン!!

 荒々しく受話器が置かれ、役場の時間が暫く止まった。

「おーこわ」

 修平が苦笑している。

「ま、これだけの剣幕じゃないと事の重大性には気付かないか」

「まあ……」

「どう見たって……」

「……」

「「騙されてる」」

 一同が机に置かれた不自然な紙片を見て溜め息をつく。


『ちょっと静岡まで行ってきます』


「何しに行く予定だったんだって?」

 大輝が他と違い、にこにこ笑いながら(目が細いので元々笑ってるようには見えるのだが)先程まで受話器越しに怒鳴っていた武に聞く。

「LIARの犯罪の証拠になるかもしれないUSBが富士山に落ちてるらしいから拾いに行く所だった、そうです」

「そんな大事な物、持っていくわけがない……」

「それよりも富士山に彼が行く様子が想像できないですよね」

「同感です」

「ニートだニート。きっとそうだ」

「それにあいつは気付かなかったのか? 全く……」

「んー、はぐらかされたんだろうねぇ。僕の名前か何か使って。んまぁ、尊敬している人とかの名前が出ると人間って意外と信じちゃうからねぇ」

「……お前尊敬されてると思ってるんだ」

「ん? 聞こえなかったな、何だって? 修平君」

「いや、別に」

 身を乗り出す大輝の視線から逃れるように修平がそっぽを向いた時、委員会の外から靴音が近付いてくるのが聞こえた。

「へえ、千恵さん、今富士山にいるんですね。何なら私達が彼女を迎えに行っても良かったのに」

「……また君達か」

「どうもどうも」

 RoylottとJosephである。

 大輝の細い目が開き、エメラルドグリーンの瞳が鈍く光った。

「カメラの確認は終わったのですか」

「ええ、まだ探す必要はありますがカメラに関してはもう必要無さそうです。……なんせ無意味と分かったので」

 彼の口元がにっこりと笑う。敵意の感じられない素敵な口角だ。――形だけは。

 そこにはほの暗い何かが漂っていた。人々は一般的にそれを企みやら悪意やらと呼ぶであろう、そんな何かが。

「そうですか。じゃあもう来ないでください」

「テメ……!」

 どストレートな大輝の物言いに掴みかかろうとしたJosephをRoylottが制止する。

 彼らの目の前に立つ大輝も大輝でにっこりと笑ってはいるのだが、目が笑っていない。

 二人の周りにどす黒い何かが見える気がして周囲の人間が一歩その身を引いた。

「フフフ……余りに乱暴ですね。あくまで私は依頼人ですが」

「僕の管轄を越えたのですから貴方はもう他人でしょう。用がお済みでしたらどうぞ、お引き取り下さい」

「嫌な御人だ」

 Roylottは仕方なさそうに肩をすくめてそっぽを向いた。

「ま、とはいえ。聞きたい事は山ほどですが、貴方方のプライベートにちょっかいを出すような真似はしませんよ。信頼関係も保っていたいしね」

「おかしな人だ、どこに信頼を見出しているのでしょう」

「依頼人と探偵の基本的関係ですよ。さ、ここは素直に帰りましょう、Joseph」

「またかよ……ったく、遠回り主義者め」

「何とでも。――それでは」

 二人はこちらに深入りするような事はせず、大人しく帰って行った。

「また来ますよ」

と、言葉を残して。

「ったく、何なんだあいつら」

 彼らの去った後、詰まった息をようやく吐き出した修平は誰ともなしに聞く。

「もう来ないでって言ったのにねぇ」

「そうじゃなくてさ。その、正体とか目的とか。色々お前とぶつかってんじゃん。そんなに悪い奴なのか?」

「厄介な人探しだよ。弱点は心臓付近と言ったところか」

「訳分かんねぇ。ってかお前もお前だよな。あいつらと何があったんだよ」

「素敵な口論以上の因縁が少々」

 両手のピースをくいくいっと曲げながら微笑を浮かべた。

「お願いだから人道に反することだけは止めてくれよ……?」

 修平の口腔からは最早溜息しか出ない。


「ただいま帰りましたー……」

 数十分経って遠慮がちに、しかし物凄いスピードで千恵が帰ってきた。自分の鼓膜を破らんと怒鳴った武の視線を気にしてのことだろう。

「おかえりちーちゃん。怪しい人から飴は貰わなかったかい」

「何の話ですか?」

「ジョオクジョオク」

「……怒らないんですか?」

「君ははめられただけだ。どうして怒る必要なんかある?」

「だって……時沢先輩が……」

「そりゃお前が誰にもそれを報告しなかったからに決まってるだろ」

 武がこつんと千恵の頭を軽く小突く。

「次からはどこかへ行く時はグループ長ないしは委員長に報告してから行く事。それさえ守れればお咎めなしだ」

「先輩……!」

「これが最後だからな。分かったな?」

「はい!」

 千恵は武にほどけた笑みを返し、頷いた。

「さ、席に着け。これから対策会議するってよ」

「誰の?」

「姿無き殺人、及びLIARのだよ」

「え……何で」

「意外に強敵だ。尻尾をまるで出さない、おまけに外面はただの人の良い青年だ。馬鹿に任せておいては一生かかっても終わらん」

「誰が馬鹿ですか」

「まあ聞け。捜査開始からもう三日経ってるのは知ってるよな?」

「うう……」

「そんなに経っていながら彼の情報が殆ど出ていないのはこの委員会史上でも初めての事なんだよ。……まあ、単に歴史が浅いってのもあるだろうけど」

「それで……」

「全員召集に至るという事だ」


「ええ、ごほん」

 大げさな咳払い。見開かれるエメラルドグリーン。

「これから緊急対策会議を始める」

 彼らの戦いが今、本格的に始動する。

「まずは状況確認だ。姿無き殺人の情報をもう一度」

「それでは僕が」

 徹が立ち上がりホワイトボードマーカーのキャップを外す。

「徹さんのつなぎ姿、珍しいですね」

 武に小声でそう言う千恵。こんな空気でも彼女はぶれない。

「例のゴミ電気だそうだ。流石にここでは出来ないっつって使ってない会議室占領してるよ。あそこは入らん方が身の為だ。二人ともガスマスクして入ってる」

「うひゃあ」

 二人の会話は構わず、徹はホワイトボードに相関図をどんどん書いていく。

「通称、姿無き殺人は○月×日の昼頃明治街のプディヤビルの屋上で行われました。被害者は張本倫太、因みにこれは警察からの情報提供に寄ります」

「俺がハックした警察無線だな、感謝しろよ? お前ら」

 修平がケケケと笑いながら言う。しかしそれに感謝したらお縄にかかりそうなので周りは口を開こうとしない。

「……コホン。さて、殺害方法は後頭部をゼロ距離射撃。第一発見者は警備室の警備員です。監視カメラで不自然な倒れ方をした男性を目撃、そこから事件が発覚したとのことです」

「そこが不思議と言われているんですよね? どうして終始犯人がカメラに映っていなかったのか……」

 剛の言葉に徹は静かに頷く。

「もっと言うと消えてしまった被害者の事も」

「そもそもどうして警察は死人を易々と盗ませてしまったんだろうか? 署内で怪しい動きをしていれば見つかるはずだし、これでは自らリスクを負いに行っているようなものじゃないか」

と、武。

「それは死因が知られたくなかったからという話ではありませんでしたか?」

 徹が返す。

「ああ、そういやあったな。あれだろ? 瞬間移動がうんたらかんたらってやつ」

 修平は未だ信じられないと言う顔をしている。

 そこまで聞いて千恵はふとある事を思い出した。

「あ、あの! それに関して新情報なんですけど!」

 海生が顔を上げた。

「……瞬間移動の話?」

「はい。情報屋の話によるとLIARの瞬間移動では姿無き殺人の犯行は出来ないとのことです」

「「!?」」

 一同が驚愕する。

「ほう、面白い。彼は何だって?」

 大輝の瞳が煌めく。

「はい。まず、彼の特殊能力なのですが、それらには必ず『嘘』が関連してきます。それは瞬間移動においても例外ではありません」

「む? つまり、どういう事なんだ?」

 武は早くも混乱しかけている。

「瞬間移動の発動条件は誰かが嘘を吐くことです。それを何らかの方法で知った後、彼はターゲットが嘘を吐いているそのたった一瞬間の間に能力を発動させなければいけません」

「つまり……タイムリミットがあると」

 徹が呟いた。

「ええ」

「それはかなり成功率が低そうだね」

 大輝が顎に手を置きながら言った。

「実際かなり難しいらしいです。その成功率を上げる為に修平さんみたいに無線やら電波やらをジャック出来るようにスマホを改造したらしいのですが……ここで考えてみてください。張本倫太さんが嘘を吐いた事を都合良くLIARが知る事は出来るでしょうか?」

「でき……ないですね」

「そうなんですよ、皆川先輩。出来ないんですよ」

「目の前にたまたま居たという考えはどうですか?」

 徹がすかさず言う。

「眼前に居た為に殺されたとか、むしゃくしゃしてたとか……」

「どんな殺人狂だよ」

「仮にそうだったとして、眼前で嘘を吐いた為に背後に回ることが出来たとして、問題はその後です。彼はどうやって逃げたのでしょうか」

 一同はすっかり黙り込んでしまった。

「こりゃまた奇妙なお話だなぁ」

「どうやったらこんな事が起こるんですかねぇ」

 武と剛は相変わらずである。

 そんな時である。押し殺すような笑い声がこらえきれずに溢れ出したのは。

「あははは! 皆目先のことに囚われら過ぎだよ! こういう時こそ『大局観』だよ、『大局観』」

「「……!?」」

 渋沢大輝である。

 大局観というのはボードゲーム等でよく言われるもので、基本的には部分的なせめぎあいのみではなく、全体の流れを見極めながら次の一手を決める判断能力のことを指す。

「それはボードゲームの上での話だろ?」

「何言ってるんだい、これだってボードゲームみたいな物じゃないか。流石はLIARだ、上手に引っかき回してくれちゃって」

「おい……真逆お前からくりも犯人も何でもかんでも分かっちまったとか言わねぇだろうな!?」

「いいや? まだだよ」

「じゃあ……何だってんだよ……」


「僕はこれだけ沢山の情報があれば奴の狙いなど分かったも同然だって言いたいんだよ」


(つづく)

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