愉快な小競り合い

「うっふっふっふっふー……」

「……何だよ、気色悪い」

 いつもの部屋、203号室。LIARを目の前にして千恵は不気味――いや、不敵な笑みを彼に向かって放っていた。

「私は貴方の肺を手に入れたのです」

「……は?」

「これで私が一歩リードですね! 私は貴方の特殊能力をかんっぜんに知ってしまったのです!」

「……! へぇ、中々やるじゃないの」

(やっぱり……海生さんの言った通りだ。一瞬動揺した)

 それは二十数分前の事。

 海生は千恵に作戦を授けた。

『よし、千恵。やり返せ』

『や、やり返す?』

『この特殊能力のリストを見る限り、奴は隠蔽工作のスペシャリストだ。更にその能力が他に知られて対策されないように情報屋の商品にしてしまう点からも奴の抜かりなさが見て取れる。――それならば、だ。相手が情報で撹乱してくるのならその裏をかけば良い』

『……つまり簡潔に説明すると!!』

『いつまでも理解力の無い奴だな。ええとね、つまりはだね……』


『相手に暴露するんだ。お前の全てを知ってるぞ! って』


「ということなので、お前の全てを知ってるんだぞです!」

「話が矛盾のオンパレードだな」

「怖くないんですか? 私は……ん、と、オド、イ……なんですよ!!」

「もしかして『脅威』?」

 LIARが紙に『脅威』と書いて見せてくれる。

「あ、それですそれです!」

「……」

「んな、何、人生に疲れたみたいな顔してるんですか!」

「……何か妙に右手見てるなーって思って」

「んなっっ!! カ、カカカ、カンペなんてミデマセンヨ!!」

「カンペなんだ」

「みみみみ見て、マシェン!」

「見てんじゃん」

 気付くと背後にいる。

「ウビャッ!」

(そうだった……嘘を完璧に見抜き、嘘を吐いている人物の背後に瞬間移動する。それがこいつの特殊能力だった……!)

 そう彼女がのんびり思っている内にLIARは強盗が人質を取るみたいに左腕を彼女の首に回し、右手首を掴んだ。

「これのどこがカンペじゃないって?」

 吐息が耳にかかる。

「うぐ、ギブギブギブギブ……」

 千恵が空いてる左手で首に巻き付く腕をぺちぺち叩く。

 まるで威厳が無い。このざまである。

「ふむ……動揺を誘って冷静さや判断力を欠き、しっぽを掴む、ねぇ。あんたには百年早いんじゃないの?」

 左腕を首元から離したLIARが千恵の右手の平を見ながらカンペを読んでいく。彼女本人の口から聞くよりカンペを見た方が早いと考えた為だ。

 当の本人はというと彼の足元で右手首を掴まれたままぐでんと座り込んでいた。オマケに咳き込みながらめそめそ泣いている。先程首に腕を回された時に少々締められたと見える。

 こんな事言いたくはないが、なんとも情けない姿である。一言で言えば、「ダサい」。

「なるほど。入れ知恵してる第三者がいるな?」

「ギクッ!」

「うん、その擬態語を声に出して驚く人は初めて見た――じゃなくて」

 余計な事を言わせた千恵の額にでこぴんを一発。

「その入れ知恵さんに伝えておいてくれないか」

「何をですか?」

 潤んだ純粋な瞳でLIARの顔をまじまじと見つめる千恵。それに別にときめいたりはしない。

「この馬鹿正直にこの任務は早すぎますよーってね」

「だ、だだだ、誰が馬鹿ですか!?」

「あんただよ」

「テテテ、耳引っ張らないでください!」

「……ったく、その入れ知恵さんが来た方が絶対楽しい。あんたは正直すぎて話にならないんだよ。誰がこんな馬鹿をつかわしたんだ」

「委員長です、渋沢大輝」

 その名を聞いた瞬間げんなりするLIAR。

「……もしかしてあいつの嫌がらせなのか?」

「それで、委員長から伝言をたまわってるんです」

「良いよ、聞きたくない。どうせ能天気な皮肉のオンパレードなんだ」

 しっしと手を振るLIAR。しかし構わずに続ける千恵。


使USB だ、そうで。何か知ってま――!?」

「おまっ、どこでそれを!?」


 言い終わるか言い終わらないかの内に千恵の胸ぐらが勢い良く掴まれた。

 掴んだ本人の瞳は大きく見開き、額にはうっすらと汗の玉が浮かんでいる。

 今まで見たことが無い程動揺しているのが見て取れた。


 矢張りこれも二十数分前。

『でもなぁ。千恵、お馬鹿だからきっと失敗するだろうなぁ。こんなふわっとした作戦じゃ』

『えへへ、それ程でも』

『褒めてない』

 鋭く尖った一言が千恵の心臓をぶすりと突き刺した。

『しかしなぁ、それじゃ困るんだよな。期限は五日間なんだろ? それまでに彼が張本倫太を殺さなければいけなかった動機が分からないといけない。それに大輝と事件の関係とかLIARとの関係性とかも分からないことには僕達が手伝ってる意味ないし……どうすれば出し抜けるだろう』

 そうぶつぶつ言いながら考え込み始めた海生を余所に千恵は小首を傾げる。

『あれ? 私が調べるのって殺人の動機なんですか? っていうか、そもそも私は何を調べているんでしょう?』

『おまっ……どこまでもお馬鹿だな!」

「ファウファウ、くひのはひっほひっふぁああひへ(あうあう、口の端っこ引っ張らないで)」

「そうに決まってるだろ? 普段の彼が何をして生きていて、何を隠さなければいけないのか。そこから始めないことには彼がどうしてああいう犯罪を犯さなければならなかったのか分からないだろ?』

『なるほ、ど……?』

『お前なぁ……。はぁ、剛、何か良い案は無い?』

『良い案と言われましても……』

 彼のその台詞を最後に一同が頭を捻りだした途端、背後から声が聞こえてきた。

『何かお困りかな?』

『わわっ!?』

『大輝……!!』

『あ、委員長』

 後ろから突如声をかけてきたのは渋沢大輝。相変わらずのミルクシェイクを片手に、にっこりと微笑を口元に漂わせて彼らの事を見つめている。このメンツの会話を一番聞かれてはいけない人物だ。(詳しくは五話『姿無き殺人』の終盤を参照のこと)

『いやぁ、カイくんが珍しく沢山喋ってるからさ』

『海生です』

『お! と思って近付いてみたんだけどさ、そしたらなんだあ、何かの相談してたんだね! ……ったく、この組織の参謀がここに居るというのに! ほら、僕に手伝える事があれば何でも言ってよ』

『い、いや、別に』

『あ、分かった恋バナなんだ』

『ほざけ』

『えー、じゃあ何だって言うんだよぉ。ねぇちーちゃんだけでも良いから教えてよー、気になるよー』

『これは超極秘の案件なんですけどね? 実は海生さんと皆川先輩と私で秘密裏に……もガッ!!』

『ん?』

『ち、千恵の相談に乗ってたんですよ!』

 余計な事を言いそうになる千恵の口を慌てて押さえながら剛が言う。

『だから何の?』

『え! えーと、LIARが中々本性を現してくれないって困ってて、ねえ!』

 (剛の手によって)ガクガクと頷く千恵。

『本性……なるほどね。じゃあ、そんな君達に魔法の言葉を教えてあげよう』


(これが……魔法の言葉の威力)

 目の前で自分の胸ぐらを掴んで焦る怪人の剣幕を見て千恵はごくりと唾を飲んだ。

「へぇ……秘め事があるんですね。そのUSBとやらに」

「……!」

 不敵な笑みをこぼしながら千恵がそう言うと、LIARは急にハッとなり体を後ろにのけぞらせた。

「テメェ……馬鹿なのか秀才なのか一体どっちなんだよ」

「さっきから凄い動揺してますけど、そのUSBにどんな特別な隠し事をしているんですか?」

「別に何でもねぇよ」

「へぇ。じゃあどうして焦っているんですか?」

「……誰も知らないはずの情報がいきなり出てきたら誰だって動揺すんだろ。だから別に何でもない。そこまで特別大事な物ってわけでもないし」

 LIARが大分平静を取り戻し始めてきた。しかし千恵が彼に保っていて欲しいのは動揺である。

 難しい要求を突きつけてみる。

「へぇ、じゃあ見せてもらってもよろしいですか?」

「何を」

「USBの中身をですよ」

「はぁ?」

「大した物じゃないのなら見せてもらったって構いませんよね? それとも今すぐ見せられない事情でもあるんですか?」

「ぐ……」

(良い調子だ。あと一歩)

「どうなんです?」

 挑戦的な千恵の瞳を嫌そうな顔で見るLIAR。突然溜息をつき、ぽつりと呟いた。

「……なくしたんだよ」

「え?」

「一昨日富士山の五合目辺りで落っことした。おかげで中身を見せられない……。変な疑いはかけられるし、富士山に行ってはしゃいでたのが見られたんじゃないかと思って焦っちゃったし……散々だ」

 赤い顔で横を見るLIAR。

 その姿に一瞬こんがらがる千恵。

「え……え、え? ん、あ、え?? え?」

「認めよう。確かに取引はしてる。だが中は見られたって構わない。どうせ将来的には人類が獲得する技術だし、お前は見たってどうせ分からない数字やら記号だらけだ」

 隠したがってるんだと思っていた情報がすらすら彼の口から出てきたのでもっと混乱した。

 あれ……? USBは魔法の言葉じゃなかったのか?

「じゃあどうして焦ったりしたんですか?」

「――問題はそちらの委員長さんだよ」

 また顔が赤くなった。

「どこでどうやって、僕の何を見てどんな弱味を握ってくるか知れない。落としたUSBの事をわざわざ部下に確認させに行った。あいつの性悪な所だよ、そういうとこ」

「……」

「きっと奴はすぐに出せない僕を見てニヤニヤするんだ……。『やっぱり出せないんでしょ、山頂の景色に見とれて小走りになりながらカメラ取り出した拍子にUSB落としたからぁ』とか言うんだよ……」

 頭を抱え、ぶつぶつ呟き出すLIAR。

 何というか、拍子抜けである。

 凄い機密情報が入ってて云々かんぬんという物凄い展開を期待していただけに少し損した気分になる。

「……でもそれが証拠になるってんのなら、探しに行けば良いんじゃないか?」

 これからどうしようか考え始めた千恵に、先程まで情けない独り言を繰り返していたLIARがふと、言った。

「え?」

「僕も大輝の裏をかいてやりたいし。そちらがUSB必要だって言うのなら行ってくれば良いじゃん。富士山まで」

「富士山まで?」

「うん」

「……え、正気ですか?」

「中身は僕の頭に完璧に入ってるから、正直いらないんだよね。だからそちらさんにあげるよ。無いために自分の恥ずかしい過去をばらすことになったなんてあいつに知られたくもないし」

「えー、五合目ですよね? 2000メートル軽く越えてますよね?」

「行きたくないなら行かなくても良いよ。奴はきっと僕の赤い顔を千恵に見せたかっただけだろうし」

「……」

「まぁ、好きにするんだね」

「はっはっは、そんな馬鹿なことする訳ないじゃないですか? まぁ? 組織が言うなら? 行ってみなくも無いですけど?」

 そっぽを向きながら手を添えてお嬢様のように高笑いする千恵を見てLIARの口元が吊り上がった。


 * * *

『ちょっと静岡まで行ってきます』


「……ちーちゃん、何があったのかね」

「傷心旅行じゃね?」

(つづく)

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