interval-1――誘拐未遂?
2XXX年 明治街役場内犯罪予備防止委員会
「ワァッハッハッハッハ!! 傑作だ! 何つうか、まるでカートゥーン映画だな!」
「どこがですか!」
「え? もう色々……イヒーヒッヒッ」
「いやいやいや笑い事じゃないです! んもう、裏サイトグループの皆さんには分かりませんよ、命がけだったんです!」
「嘘食うとか、どこの夢物語だよ……っていうか隠れて尾行とか考えなかったの……? 馬鹿馬鹿しい」
「あっ! 海生さんまで! うわん、ひどーい!」
「いや、お前が悪いだろ」
「時沢先輩まで……! も、もう良いです、わーん! 折角頑張ったのにー! 皆疑うんだー!! わーん!!」
「あ、すねた」
千恵はあの後明治街役場に戻り、今日の業績を説明した。あんなに怖い思いをしながらこうやって生還出来たこと、彼の犯罪の立証の目処が立ったこと。
(初仕事とは思えない……!)
そう興奮しながら饒舌に語った。
そしたらこのざまである。
全く腹立たしい。
「千恵、落ち込む事は無いです。LIARに会って生還出来たのは千恵が初めてなんですから!」
「み、皆川先輩! 好き!!」
「誰も奴に会ったことないからな」
「古川先輩は黙っていてください」
「そうだよ、ちーちゃん。ちーちゃんは凄いことをやり遂げたんだ。奴に出会って無傷で帰ってこれたのは、ほぼ奇跡に近い。それだけで大きな収穫なんだよ」
「委員長……! 愛してる!!」
「……おえ」
「ちょっと海生さんは黙っていてください」
「はいはいはい、そこまでですよ皆さん。今日の勤務報告はまだ残ってるんですから、席についてください」
子どもの喧嘩を徹が母親のように手を叩いていさめる。この組織のストッパーが彼しかいないというのが何とも嘆かわしい。
「じゃあ武さんお願いします」
「報告します。最近世間を騒がせている誘拐未遂事件の容疑者と思われる人物を追いましたが居所が全く掴めなかった為、収穫はありませんでした」
「誘拐未遂……?」
「ロリコン変態野郎二人組が街をうろついてるって話。余りにも幼女に飢えすぎてて最近は大人子ども関係なく女の人を追いかけ回すようになったってさ。――で、そいつを逃がしたってのが今回の報告」
「うげっ、キモ……何やってんですか、先輩……全女性の敵ですよ」
「悪かったな、全女性の敵で。……っていうか副委員長、拡大解釈を後輩に吹き込むのは止めてください」
「面白いから良いじゃねえか」
「良くないですよ」
そう言いながら武はひっそりと溜め息をついた。その表情から窺えるに相当な距離を走り回ったのだろう。
「お疲れ様、武君。その話題については僕も街長から聞いたよ」
補足しておくが、ここでいう「街長」は明治街のトップ、町で言うところの町長である。この街は「明治街」という名前に何故だか強いこだわりを持っており、本来は「明治市」にしてトップは「市長」と名乗らなければならないのだが、それを無視して今がある、というわけである。
因みに「ガイチョウ」と発音する。……害のある鳥のような名前である。
「――話によれば、もう何人かの女の子が抱き上げられたそうじゃないか」
「キモ……本当にどうして逃がしちゃったんですか、先輩!」
「いや、追いついてもいないから」
武には、大輝の言葉に過剰に反応した千恵をツッコむ元気も残っていない。
「厄介ですね。どうします? 私も参加しましょうか?」
「ああ、剛……ちょっと頼む」
「承知しました」
「じゃあ僕も手伝う。……容姿はもう晒されてるんだよね?」
「晒されている……っていうより、目撃証言が多すぎる、って方が正しいですね」
海生の言葉にそう答えながら剛は立ち上がり、傍にあるホワイトボードに二人の人物の絵を描いた。
「目を覆う程の黒く長い前髪を持った紳士風の青年に、茶髪チンピラ……有名な話だよな」
描かれた絵を見ながら修平がぼそりと呟く。
「そんなに有名なのに捕まえられないんですよね? ……不思議な話だな」
「まるで
徹の言葉に大輝が言葉を重ねる。
「nebula……ラテン語で『霧』。ナルホドな、要は確かにそこにいるのに尻尾が掴めないとか言いたいんだろ」
「そうだよ。流石は僕の親友、修平君だね」
「るせーやい。何年の付き合いだと思ってんだよ」
「うーん、かれこれ千年近く?」
「……」
「……冗談だよ」
もう誰も彼のボケにツッコまない。
「それじゃあ、ここら辺で打ち切ってよろしいですか? ――ではこの誘拐未遂事件は調査継続、担当員を時沢一名から時沢、皆川、竹下の三名に増員で間違いないですね? 質問意見等ありますか?」
徹のまとめに皆が同意の意を示した。
彼はそれを確認した後にっこりと微笑みながら「ありがとうございます」と一言だけ添えて、報告書に確認済みのサインをした。
「他に何か報告しておきたい事はありますか?」
千恵がシュバッという音が似合いそうな挙手をする。
「はい! 小坂先輩、私は結局どうすれば良いですか!」
「あ、やべ、忘れてた。ごめんごめん。――委員長、LIARの件、どうしますか?」
「うーん……取り敢えず、立証の目処は立ったって話だったよね」
「はい」
「そこから立証までの想定している過程を教えてもらっても良い?」
「はい、手順はとんでもなく単純です。海生さんの『ゆめちゃん』を使って彼の証言に潜む虚偽を探りつつ事件の解明を目指します」
ドヤ顔をしながら意気揚々と語る千恵。
数秒の空白の後に笑いを押し殺す空気の音と高濃度の溜め息を混ぜた空気の音が犯罪予備防止委員会の中に響いた。
「あー! 古川先輩、また笑ったー!」
「だ、だだだって……! クヒヒ……」
「それで成果は挙げられるの?」
海生が眉間にしわを寄せまくりながら千恵に聞く。
「も、勿論ですよ!」
「……壊しそう」
「壊しませんよ! だってあれ、アタッシュケースみたいになってるじゃないですか! 振り回して落とさない限り何でもないです!」
「……」
海生の疑いの目は尚も変わらずである。
不意に立ち上がった。
「どこ行くんですか?」
「……ラボ。対千恵のゆめちゃん二号機作ってくる」
「えぇっ! そんな、良いですよ! 私なんかの為に、悪いで――」
「僕のゆめちゃん初号機には髪の毛一本触れさせないから」
千恵の言葉をわざわざ遮って海生はそう告げた。振り返りざまに千恵を睨んだ彼の視線には殺気が満ち満ちていた。
千恵の脳みそから血液が一斉に退場した(ように感じた)。
「やる気に満ち溢れているね」
「……あっち系のですけどね」
大輝のその思考回路が時々羨ましく感じる。
「あ、そうだ。徹君」
「はい、何ですか?」
千恵が一瞬の殺気に恐怖を感じ凍り付いている傍で、唐突に別の話が始まる。
「例の『ゴミ電気』なんだけどさ、そろそろ製作段階に移れると思うんだよね」
「本当ですか!?」
「まぁた変な実験か? 今度は何やるんだよ」
「うふふ、修平君。よくぞ聞いてくださいました。実はですねぇ、明治街のゴミを発電に応用しようと思ってまして」
「却下だ! これ以上悪い印象が付くと俺達マジで路頭に迷うからな!!」
「修平君、一部の香水には悪臭も混ざってるんだよ」
「それは少量の場合だろうが! ――ったく前回の渋沢と海生の実験最悪だったからな!」
「ああ、あのゼウスなりきりキット?」
「屋内入道雲発生実験! 俺の可愛いコンピューターウイルス軍団『ぴよちゃん』が爆散したあの昼を俺は死んでも忘れねぇからな!!」
解凍した千恵はこの会話を聞きながら奇妙なネーミングセンスを持った奇才達に囲まれるこの生活を果たして続けていて良いものかと考え直してしまった。――考え直したところで他に行き場は無いのだが。
「君のこけこっこーだかカーカーだか知らないけど、取り敢えず明日から実験ここでやるからよろしくね」
「俺の『ぴよちゃん』に変な臭い付けないでくれ! マジで頼むから!」
泣きそうである。
「えー、もう明日には10kg程運ばれてくるんだけど」
「ぎゃああああ! 今すぐこの組織退会してぇぇえええええ!!」
もう壊れそうである。
「――じゃあ、今日の報告会はこれでお開きだね! それじゃ、かいさーん! 皆お疲れー!」
ボ○ト並の速度でその場を立ち去る大輝。そのすぐ後を修平が追った。
「ま、待て、終わらせるな! こら逃げるな渋沢!! ぴよちゃん部隊送り込むぞ!」
「その時はぴよちゃん部隊、ニワトリ部隊に改造して君のとこに送り返してあげるよ!」
遠くで彼らの声が響いた。
「本当、子どもみたいですね」
「あれでもな、解決不能とされた都市伝説を解決した過去を持ってるんだぜ? あの二人は」
呆れたように首を振った千恵に武がそう言った。
「あの二人が?」
「そう。その事件の解決がこの組織を作るきっかけになり――俺のこの組織への加入のきっかけにもなった。……あの人達は本当に凄い人なんだぜ」
「ふーん」
千恵は子どもの追いかけっこにしか見えない二人の背中を目で追いながらその奥で輝く夕陽を見ていた。
――翌日。
「はい、これ」
「ほわー! 可愛い! うさちゃんのキーホルダーですか?」
「……うん。対千恵のゆめちゃん二号機。超小型化してついでに衝撃にも強くしといた。性能も初号機より高くして呼吸、心拍数、脈拍、眼球の動きの変化を被験者と機械を繋がなくてもサーチアイだけで測れるようにしといた。あと……ほら、千恵うさぎ好きだから……うさちゃん」
そこまで言った時、千恵が突如海生の手を取った。
海生の顔が耳まで赤くなる。
「凄い隈じゃないですか! 遅くまで私なんかの為に……!」
「こ、この位どうってことない」
「ぬいぐるみ、手作りなんですか? こんなに傷作って!」
「ゆ、ゆめちゃん二号機に合うサイズが無かったから……」
「海生さん、本当の本当にありがとうございます!」
「あ、う、その……」
「海生さん大好きです!」
ボウン!
確かにそんな音がした。その直後に海生が後ろ向きにぶっ倒れる。
「きゃー!? 海生さん!?」
「だ、大丈夫ですよ! 千恵。心配しないでください」
すぐに剛が駆け寄り、海生を抱き起こす。
「ちょっと……困っちゃっただけなんだよね」
海生が剛のワイシャツを右手で固く掴みながら小さくこくんと頷いた。顔は真っ赤なままである。
「ほーん。海生、そうなんだ」
修平がまたいらない一言を挟んでくる。
海生は不快な音の発生源を涙で潤んだ目でギッと睨んだ。
「お前のぴよちゃん、ウコッケイ部隊に改造して二度とひよこに戻れなくしてやる」
「何で!? 何で皆俺のぴよちゃんを成長させたがる!」
「当然……」
二人のくだらない喧嘩を尻目に千恵は嬉しそうにうさぎのキーホルダーを鞄に付けた。
「ふふ、ありがとうございます、海生さん!」
「あ、使用を開始する時はうさぎのお腹をピーって音が鳴るまで長押しして。そしたら記録開始。その後生理的反応の異常な動きが見られるとバイブレーションして教えてくれるから」
「要はお腹を長押ししてからバイブレーションを待てば良いんですね?」
「お腹のボタンはピーって鳴るまでだよ?」
「はい! ありがとうございます! それじゃ!」
そう言って千恵はさっさと役場を出ていった。LIARと相見えるのが楽しみで仕方ないといった様子である。
「元気ですね」
彼女の背中を見送りながら剛は微笑んだ。
「……」
「そして貴方は素直じゃありませんね」
「……うるさい」
「昔からそうでしたね」
剛の目は遠いどこかを見ている。
(つづく)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます