姿無き殺人
犯罪予備防止委員会の構成員をぐるりと見回し、大輝が口を開く。
今は日課である朝会の真っ最中である。
「さて、諸君。『姿無き殺人』は知ってるな? さっき君達が話題にしていたアレだ」
「……何で私達が話題にしていた事を知って――」
「察せ。そして、気にするな」
「……」
「そしてちーちゃんはその犯人がLIARなんじゃないかって言ってたね?」
「え、ええ」
「それなんだが……僕もちーちゃんと同じ考えなんだ」
「……え!」
そこにいた全員が息を呑み、大輝に視線が注がれる。
「おい、渋沢、正気かよ!?」
修平が詰め寄った。
「奴は詐欺師で殺人狂じゃない! しかも被害者は詐欺に遭ったことが無い、つまり、そいつと被害者には全くの接点が無い。これじゃあ動機の持ちようが無い! 殺人犯だと決めつけるには無理がありすぎると思わないか!?」
「無差別殺人……? そう言いたい?」
「もしくは通り魔?」
「でもそれじゃあリスクが大きすぎないか? ビルの屋上で銃殺だぞ?」
「まあサイレンサー位は付けただろうけど」
修平がまくし立てたのを皮切りにそれぞれが好き勝手に自らの憶測を飛ばしあう。それを大輝が制止した。
「ちょいちょい待て待て。皆落ち着いて。僕がそう考えたのには理由がちゃんとあるから。ここで事件の情報を整理しながらそれを話すから、突っ込むのはその時にしてくれるかい?」
それを聞いて喋っていた人間が全員黙った。
それを確認した大輝は満足そうに頷き、
「よろしい。さて――」
と、話し始めた。
よろしい。さて、この事件を最初から整理し直そう。
それは分厚い雲が垂れ込める昼下がりに起きた。
あるマンションの屋上で一人の男性、張本倫太が射殺された。頭を一発、ゼロ距離射撃。その瞬間にも彼が生きられる保証は全く無かった。
これだけ聞くとただの殺人に見えるかもしれないが、この事件には人々がかぶりつきたくなるような奇妙であり魅力的でもあるような話がおまけで付いている。朝、君達が言い争っていた話題や注目していたニュースはまさに「これ」だったね。
この事件が起きた場所には幸い防犯カメラが設置してあった。そのため、事件の一部始終は防犯カメラにバッチリ映っていた。
――しかし殺人犯の姿だけが最初から最後まで映っていなかった。しかも遺体が警察に引き取られた後、何者かにその遺体が盗まれてしまったのだ。
この事実が発覚してからというもの、その事件は通称「姿無き殺人」とされ、人々の好奇心をくすぐる存在となっていた。
まずはここまで良いかな?
「はい、質問良いですか?」
「何だい? ちーちゃん」
「何でそんな『初めてそれを聞く人』に話すみたいな口調――」
「千恵」
修平が千恵の肩にぽんと手を置いた。
「はい」
「渋沢の話が終わるまでお口チャックしてなさい。お前は際どい事しか言わないから」
「小説的にですか?」
「黙れ」
「はい」
千恵は自分の手で自分の口を押さえた。
「続けて」
それを確認し、修平が大輝に振る。
「……気を取り直して。ここで皆に考えて欲しい事が二つある。何故殺人犯の姿はカメラに映らなかったのか、そして犯人は何故死体を盗まなくてはならなかったのか、と言うことだ」
「前者に意見」
「おおっ、今日はよく喋るねぇ。カイくん、どうぞ」
「海生です。前者は逆では?」
「逆?」
徹が反応する。
「じゃあ……透明人間がやったとかそういうのじゃなくて、後から犯人が消したってこと?」
海生が頷く。
「ナルホド、それなら現実的ですね」
「だけど徹くん、カイくん、考え直してごらん。もし本当にそうなのだとしたら、いつ犯人はそれを加工したんだい? それに防犯カメラの映像なんてそうほいほい加工できる物じゃない」
「あんなの、カメラをいじくり回せば何でもない」
「え!? コンピュータウイルスを応用すれば簡単だろ!?」
海生と修平がまた次元の違うような危ない発言をする。
「世間一般のレベルを君達の水準に合わせないでくれないかな」
大輝がニッコリしながら言った。
「えー、ごほん。つまりだよ。とても非現実的だけど、犯人が瞬間移動出来る奴でないと、この殺しは難しいということになる」
「動画に映らない程?」
「ああ」
「ふん、非現実的だ。まるで妄想の世界だな。全く説得力が感じられない」
「だがゼロ距離射撃の事実は変わらない。僕も認めたくはないけどね、逆にこれが一番現実的なんだ。なんたって瞬間移動が出来る奴がいる事を証明している人が実際いるんだからね」
「あ、『れいれいの都市伝説チャンネル』のことですね!」
「その通り。彼は中々優秀な情報屋だ。信頼できる情報を数多く握っている。それに、心霊ものを扱っている都市伝説グループメンバーにとっては、不可思議な存在など日常茶飯事だろ」
「ま、まあ……」
千恵達の頭に近所の有名な陰陽師っぽい少年の顔が浮かぶ。彼は幽霊だけでなく神や妖怪までもが視えるらしく、何度もそれを匂わせるような行動や言動をしていた。しかも都市伝説グループメンバーはそれを目撃している。心霊現象にも実際に遭遇した。その為、彼らは大輝の先程の言葉に違うと、ハッキリ言い切る事が出来なかった。――まあ、これはまた別の話になるのだが。
「異論は無いね?」
「……やむを得ず」
「ふむ、まあそれでも良いだろう。さて、時間が無い。早速二つ目だ。――何故遺体が盗まれてしまったのか。これはさっきのよりも理由はずっと簡単だ。遺体を入念に調べられると困る事情があるからだ」
「それはそうでしょう。だからなんなんですか?」
「おかしいとは思わないのか?」
海生が目を見開いた。
「そうだ……。普通は調べられて困るなら鈍器とかで遺体をぐちゃぐちゃにしてしまえば良い。それなのにしなかった」
「何故か。それは相応の武器が手近に無かったか……」
「……そうするだけの時間が与えられていなかったか」
「そこに瞬間移動を絡めれば、このような推測が成り立つ。まず被害者が屋上に来るのを待つ。そして来たところを見計らって撃つ。しかしその屋上には防犯カメラがあり、彼はそこに映るわけにはいかなかった。何故か。彼は派手な格好をしている事で知られていたため、一瞬でも映ってしまったらその時点で特定されてしまうからだ。その為、彼は自身の特殊能力の一つである『瞬間移動』を使った。銃殺にしたのは瞬間的な攻撃で確実に仕留められるから。そしてLIARだと考えた理由は彼の瞬間移動の特性が『人物のすぐ後ろに移動する』というものだからだ」
大輝の推測の披露が終わった。
しかし誰もその推測に賛同しなかった。証拠が足りなすぎる為、はいそうですねと言えなかったのだ。
「随分豊かな想像力だな」
修平がぶっきらぼうに毒を吐いた。
「勿論。彼の存在も確認されていないからね。全部想像で補うしかない。そこでだ」
その場にいた全員が次の言葉を聞き、息を呑んだ。
「ちーちゃんの初任務としてLIARの調査を依頼したい。彼に関する都市伝説の裏を取り、『姿無き殺人』『国中の詐欺事件の首謀者』の立証をして欲しいんだ」
「えええ!? 良いんですか!?」
「LIARの居場所を特定出来たのか!?」
「そんな危なそうな奴の所に新人をやるんですか!?」
「……すげぇ」
「無茶だ! 事を急ぎすぎてる!」
余りに予想外の展開だった為、その場が大騒ぎになった。先程まで目が点になり、話に着いていけなかった武と剛までもが騒ぎ出す始末だ。
「落ち着いて落ち着いて! LIARの居場所は情報屋を通じて特定してあるし、いずれやることならば今やっておいた方が絶対に良い。それとも殺人と詐欺の疑いがかかっている輩をそのままにしておくつもりかい?」
「そ、それは……」
武が渋る。
「逮捕に向けて動くべきだ。彼を野放しにしておけない」
「でも新人に殺人の容疑者を調べさせるのは俺はどうかと思う」
修平が大輝の前に進み出ながら言った。
「彼女の能力は未知数だ。素晴らしい成果を挙げるかもしれないが、それは同時に彼女が失敗してしまう可能性もある事を示している。それでもこんな訳の分からない奴の調査をさせるというのか?」
千恵が心配そうに大輝を見る。
「勿論」
大輝の目が大きく開いた。
エメラルドの瞳が煌めいた。
「ちーちゃんはそいつの調査に対して誰よりも努力していたからね」
「……!」
「僕は信じてる。ちーちゃんは絶対にこの事件を解決出来るよ」
千恵はその言葉を受け、ふと、窓の外を見た。
思えば言い争いに夢中になっており、外を見たのはこれが本日初めてであった。
雲の隙間から日光が光線のように覗き、それはとても綺麗に見えた。
日常的に見れるものだったはずなのに。
「委員長」
「ん?」
「行きます。私行きます」
大輝の細い目が更に細くなった。
「それでこそ我が犯罪予備防止委員会のメンバーだ」
それに反対するものは誰もいなかった。
「良いね? LIARの住み処はここにある」
大輝は千恵に一枚の地図を渡した。そこに書かれた大きな赤丸の中心に彼の住み処があると言う。
「はい」
「危なくなったら必ず他のメンバーに連絡すること、五日以内に先程言った任務をこなすこと。間に合いそうになかったら僕に連絡するんだよ。それと――絶対に無理はしないこと」
「分かりました。やり遂げてみせます」
大輝は千恵の力強い言葉に柔らかな笑顔を見せた。
「行っておいで」
千恵は意気揚々と役場を出た。
「千恵」
駐輪場に歩いて行く千恵を海生が呼び止めた。
「海生さん。何でしょう?」
「……何で委員長はあんなに少ない証拠であれだけの推測をする事が出来たと思う?」
「え……、……天才だから?」
「僕は少なくともそれだけは違うと思う」
またさりげなく毒を吐かれた。
「じゃ、じゃあ何だって言うんですか」
海生はその言葉を聞いてか聞かずか、突然千恵の胸ぐらを掴み、引き寄せ、彼女の耳にこっそりと囁いた。
「……あいつ、事件に何らかの形で関与してるんじゃないかと思う」
「……!」
「だからあんなにめちゃくちゃで、しかし、何気芯の通ってる推測をする事が出来たんじゃないかって思う」
「……」
「今日一日の千恵の活動が終わったら、僕の家に来て」
千恵の喉がゴクリと鳴った。
「剛と僕と千恵で秘密裏にこの事件の調査をしよう」
(つづく)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます