犯罪予備防止委員会
――翌日。
明治街役場の隅にあるそのスペースは今日も賑やかである。
「だーかーらー! 私の推理ではLIARが被害者の背後に瞬間移動してですね……」
無茶苦茶な推理を物怖じせずに披露するのはこの組織の紅一点、小畑千恵。彼女は自身の推理にも出したLIARを物心ついた時から追い続けており、その様子(もとい執念深さ)を委員長に買われてこの組織に入った。
「そこだよ、そこ! 何でいきなり余り知られていないような詐欺師が殺人犯に変身するんだよ! いろいろデタラメ言ってお前がそいつを調査したいだけだろうが!」
彼女の推理(?)に的確なツッコミをぶちかますのは彼女の先輩である時沢武。今までにその拳で何人もの人を刑務所送りにした頼もしい男である。武術に長けているが、少しばかり脳筋なのが玉にきずである。警察官志望だった彼をあれこれ言って委員長が引っ張ってきたという噂があるが真相は定かではない。
彼らはここ最近、毎日のように喧嘩をしている――いや、正確に言えば千恵が入ってきて二週間経った頃からずっとである。理由は明白だ。何かと千恵が世間の話題にLIARを関連付けようとしたため、それを武がいさめようとしたのだ。
しかしどちらも馬鹿と言っても過言では無いようなこのペア。ただの注意では終わらず、喧嘩にまで発展してしまうのは誰もが予想できた事だった。
「おいてめぇら、うるさいぞ! ニュースが聞こえないだろ!」
――で、それを毎回注意するのは副委員長の古川修平。後にまた紹介する委員長と共にこの組織を立ち上げた人物である。影の噂では彼は元・天才ハッカーだったらしい。その名残か、時々「新種のウイルス開発してやる」だとか「政府の持ってる個人情報データ、ハッキングしようか?」だとか……色々危ない発言をかます事がある。普段は委員長よりも委員長らしいだけに非常に残念である。
「またやってるの? ……流石は脳筋コンビ」
「「だぁれが脳筋だぁっっ!!」」
「まあまあ、落ち着いてください。千恵がそう思ったのには何か事情があるはずです。そうですよね?」
さりげなく毒を吐いたのは竹下海生、その毒に普通にキレた二人を何とか落ち着かせようとしたのは皆川剛。
竹下海生は組織一の無口、そして組織一の秀才である。(測ったことが無いだけだが)彼のIQは未知数であるとされており、彼にかかれば「どこ○もドア」や「通り抜け○ープ」の一つや二つは余裕で作れるとされている。――これまた真相は定かではないが。そして皆川剛は海生とは違うグループ(これもまた後で説明する)に所属しているにも関わらず彼といつも行動を共にする男である。普段は大らかで優しく大人しい性格だが、いざ仕事となると普段の彼からは想像出来ないような腕っぷしの強さを発揮する。
「うわーん、皆川先輩! 先輩なら分かってくれるって信じてました! 流石は皆川先輩! どっかの脳筋ケチ先輩とは大違いです!」
「……おい殴られたいのか」
「だってケチはケチです。脳筋は脳筋です。どこも間違ってません!」
「言ったな!? おい千恵、もう容赦しねぇぞ。歯ぁ食いしばれ!」
「うわぁ! 勘弁してくださいぃいい!」
「ほらほら二人とも。いい加減落ち着いてください。もう役場の始業時間とっくに過ぎてますよ。その続きはこの後の朝会でしてください。――千恵さん、悪いけどそこのポスター剥がしてもらっても良いかな?」
「……はーい」
この騒ぎを最終的に静めたのは、この組織の数少ない真面目な青年、小坂徹だ。元々有名な某工業大学の学生だったが、こちらもやはり委員長が滅茶苦茶言って引きずってきた……という裏話(噂)を持っている。
千恵が画鋲を取り、ポスターを剥がし始めると今まで騒がしかったその場は急に静かになった。要するにこの組織は両極端なのである。
「ところで委員長はまだ来ないんですか?」
剛がふと思い出したように切り出す。委員長とはまだ出勤していない渋沢大輝の事である。猫のように細い目をしている茶髪の若者で、この組織を修平と共に作った人である。海生は秀才だが、自分は天才だと彼は主張している。その証拠に彼は自分のIQも未知数だとしたが、実際は奇想天外な答えばかりを出したために測定不可とされたのだということをほとんどの者は知らない。知っているのは長年の付き合いである修平位だろう。
「どうせミルクシェイクと栗シェイクで迷って遅れたとか言うんだろ。いつものことだ、気にすんな」
修平はあきれ顔で答える。
「流石は修平君だね、まるで見てたみたい」
――と、彼の台詞に合わせたようなバッチリのタイミングで大輝が右手を高く上げながら出勤してきた。その左手には甘い匂いを漂わせるファストフード店のドリンクの容器が握られている。徹の言葉を借りて敢えてもう一度言うが、もう役場の始業時間はとっくに過ぎている。
「ちなみに何味だと思う? 匂いは嗅がないで当ててごらん」
「……みらくるヨーグルト」
「大正解! やっぱり僕の親友は違うなぁ」
「……」
いや容器に書いてある……とは言えない修平だった。
「さて……『犯罪予備防止委員会』諸君、おはよう」
「おそよう」
「何時だと思ってるんですか」
「遅刻常習犯らしいですね、委員長。――そろそろお偉いさんからお呼びがかかるんじゃないかな?」
「……」
言葉の暴力で大輝はボコボコにされた。
さて、そろそろ読者の皆さんも痺れを切らしてきた頃であろう。――彼らは一体何者なのか。委員長も(ようやく)加わって丁度良い頃になったので、それについて今から簡単に説明することとしよう。
「彼ら」の名前は「犯罪予備防止委員会」。ネット社会となった現代の一部の犯罪を予備的、もしくは最小限に防止する為に活動している。
しかし彼らが専門とする「犯罪」は一味違う。――都市伝説と裏サイト。この二種類である。(ほぼ名前詐欺になりそうなこのジャンルをわざわざ考え出した委員長の気が知れない)彼らはその犯罪を防止するべく、二グループに分かれて日々活動している。
ここで彼らの仕事をグループごとに少し詳しく説明しよう。
「都市伝説」
彼らはネットを飛び交う様々な都市伝説を調査し、犯罪性の高そうなもの、もしくは誰かが実際に被害を受けるかもしれないと思われるものを(実力行使で)ぶっつぶす集団である。心霊現象からストーカー行為まで。何も無いように見えて、実際はこのような様々な事件があった。彼らのおかげで市民の安全が守られている……かもしれない。(匿名で夢を壊すなというクレームが幾つも来たことはあったが、感謝をされたことは余り無い)
構成員は、グループ長・時沢武、その他・小畑千恵、皆川剛である。
「裏サイト」
彼らの活動は上記のものよりも分かりやすいだろう。裏サイトを積極的に探し、監視している。たまに闇サイトに繋がることがあるのだが、その時は内容をしっかり確認して、犯罪性が高いと確認されたら警察に通報、他諸々の方法を駆使して徹底的にぶっつぶす。他諸々とはどういう方法か……というのは誰も把握出来ておらず、明治街七不思議の一つとなっている。
構成員はグループ長・古川修平、その他・竹下海生、小坂徹である。
委員長の渋沢大輝は特別枠で、どちらのグループにも所属していない代わりに、参謀のような役目を担っている。
そして今現在始まろうとしているのが日課である「朝会」で、そこで今日一日の日程を相談したり確認したりする。
「……改めておはよう、諸君」
「「おはようございます」」
「何でもう一回言ったんですか?」
千恵がおもむろに聞く。
「感じろ、察しろ」
修平が大輝の代わりにそう言った。
「さて、諸君。『姿無き殺人』は知ってるな? さっき君達が話題にしていたアレだ」
「……何で私達が話題にしていた事を知って――」
「察せ。そして、気にするな」
「……」
「そしてちーちゃん(小畑千恵の愛称である)はその犯人がLIARなんじゃないかって言ってたね?」
「え、ええ」
「それなんだが……僕もちーちゃんと同じ考えなんだ」
「……え!」
そこにいた全員が息を呑み、大輝に視線が注がれる。
いつの間にか彼の目は大きく開かれ、その奥の瞳が怪しく輝いていた。
(つづく)
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