第一章 姿無き殺人

prologue

 銀の月が空の中、地上の星を見守る涼やかな夜闇の中で、もう一つ小さな星が生まれた。それは人の作った小さな部屋の中で自分を唯一生かす白い台を燃やし、とろとろと溶かしゆく。――きっと朝になる頃にはその命を自ら絶つことになってしまうのだろう。

 儚いその星はいつしか一つから二つ、二つから三つになり、その近くの景色を断片的に暖かな色で映し出した。

 それまで賑やかだった近辺もいつの間にか人気が絶え、辺りは静寂に包まれていた。

 その冷たさと暖かさの中で小さな部屋の中のとある若者は語り出す。


「ねえ、君達。……『LIAR』って、知ってる?」


「「LIAR?」」

 目の前の二人の青年は首をかしげた。

「あれ、知らないの。君達に関係のある事だというのに、情けないことだ」

「……仕方ないじゃないですか。起きてみたら

「……、……そういえばそうだったね」

 若者はゆっくりとそう言いながら、猫のように細いその目を静かに閉じた。

「そこまで大事な事ならば早く教えてください。私達には出来るだけ多くの過去を早急に取り戻す必要があるんです」

「……」

「ちょっと、一歩さん」

「それもそうだった」

 一歩と呼ばれた猫の目の若者は急かす青年の言葉に呼応して、同じように、また、そう言った。

「それじゃあ話そうか。……少し長くなるかもしれない。それでも本当に良いのかい?」

「ええ、構いません」

「そっちの君は? さっきからずっと押し黙っているけれども、君も聞くのかい?」

「……ああ。頭の整理がつかない。出来ることなら早くに全てを知ってしまいたい。そうじゃなきゃまともに返事も出来ない」

「そうか。……そうだな。それじゃあ早くに話し始めよう。伝えなくちゃいけないのは僕も同じだ」

 その言葉を皮切りに、一歩の細い目が大きく開いた。奥にはらんらんと光るエメラルドグリーンの宝石があった。

「そう、あれは……何年前と言えば正しいのだろう? 突然奇妙な都市伝説が人々の素敵な想像力の中に根を張った。どうやらそいつは人々の汚い嘘を喰うと噂されていたようでね。皆の好奇心と恐怖心はその噂に絡め取られて養分となり、社会全体の土の下でその話ばかりがその命を膨らましていたのさ」

「ん? 都市伝説? そのような非科学的な現象、存在するのですか?」

 話を聞く二人の内、黒く長い前髪を持った方が身を乗り出しながら聞く。

「いや、存在しない。――最初は皆そう思ってたよ。ある事件が起きるまではね」

「事件――?」

 もう一方の茶髪チンピラも身を乗り出した。

 そんな二人の姿勢に一歩の口角がほんの少し吊り上がる。

「ある人が突然警察署に駆け込んでこう言った。


『嗚呼、痛い! 嘘を、嘘を喰われた! これで私は人間じゃなくなった。どうか助けてくれ! お願いだ!』


――ってね。

 初めこそはいたずらだと思われ、追い返された。しかし余りにも同様の供述をする被害者が続発したため、警察が被害者のその後の動向を観察したところ、信じられないかもしれないけれど、皆、本当に嘘が吐けなくなっていた。それで事件が初めて発覚した。都市伝説の存在の立証と同時に」

「それが……『LIAR』」

 一歩が静かに頷く。

 それと同時に彼の顔の上を黒く濃いタールが艶やかに撫でた。話の不気味さが、その何でもないような一瞬までも彼らに恐ろしさを感じさせた。

「時はXXXX年。それは愛なんて既に枯れ果ててしまった、余りに単純で無機質すぎる社会の片隅でのこと。化け物は薄暗い路地裏の底で息を潜めていた……」

 夜は静かに更けていく。


(つづく)

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