第9話
「さ……さあ! 帰ろう」
家路につく家族連れに混じってカナとナオも歩き出した。
またね、夢の世界、海多遊園地。
カナは名残惜しそうに夢の世界の名を心の中で呟き、海多遊園地のゲートをくぐった。
くぐった先で、カナの足が地面に縫い付けられたように止まった。
正面入り口付近にて二人を出迎えたのは、黒い高級セダンだった。
全ての窓を黒一色で覆ったその車は、二人の姿を確認すると助手席のドアが開き一人の大人の男が降りてきた。
ダークスーツに身を包んだ男は二人の、否。カナの正面に立ち無言でカナを見下ろした。
カナは、やっと表に出はじめていた感情を再び心の奥底に追いやって、またも俯いてしまった。それどころか全身が微かに震えている。
ナオは突如として一変してしまった、ただならぬその場の空気に圧倒されかけたが、本能的にカナの事を守ろうとしたのか男とカナの間に身体を滑り込ませた。
『この子に何の用だ、あっちいけ』と、口にすることこそ出来なかったが、何とか二人を遮る壁になる事は出来た。
そんな自分の姿を見て、男は少し笑ったような気がしたが、まさかそんな事はないと思う。とにかく自分はこの子を守るために、必死に壁となり続ける。
そう決めた。
そんなナオの背中は先ほどまでとはうってかわって、まだまだ小さいが頼り甲斐のあるようにカナには思えた。
でも、
ナオはあちらの、夢の世界の人間。こちらの世界に足を踏み入れるべきではない。
カナはそう判断した。
だから、
恐怖心を必死に抑え込んで、男の前に立ち塞がるナオの身体を両手で横へと押しのけた。
突然、思わぬ方向から加えられた力に、ナオの身体はいとも簡単に横へと移動した。
カナの手がナオの左肩、腕、肘へと順に撫で、最後、手のひらを両手で包み込んで、名残惜しそうに離れた。
状況を理解できずにうろたえるナオの横を、カナはうつむいたまま通り過ぎる。
「ーーーー何で」
「…………」
やはりカナは何も答えずに、うつむく。
「行くぞ」
男からただ一言放たれた言葉にカナは黙って従うように、男の後を歩いて行く。
何も喋れずに、ただ立ち尽くすしかないナオの姿を少しだけ振り返るような仕草を見せ、カナは男と共に車へと乗り込み海多遊園地を後にした。
一人残されたナオはヒグラシの鳴き声をいつまでも聴き続けた。
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