第8話
建物の前には『ソフトクリーム』と書かれたのぼり旗が三本、風になびいている。
ナオに手招きされてカウンター越しにお姉さんと向き合う。
「どれがいい? やっぱりバニラかな?」
「…………」
何を聞かれているのか全く理解が出来ずに、口ごもる。
ばにら、とはなんだろう? 自分は、ばにらでいいのだろうか? そんな事を考えて、結局なにも分からずにいつものように頷いた。
少しして。
ナオに差し出されたのは、白いグルグルした物体だった。なんだろう、見ようによっては先ほどの列車のレールのようにも見える。
戸惑いながら受け取って、上目遣いでちらりとナオの様子を伺う。
ナオは白いグルグルをペロリと舐めて『んん、やっぱバニラ最高!』と言う。
カナもナオと同じように白いグルグルをペロリと舐めて、初めての感覚に驚く。
ーーーー美味しい。
食べ物を食べて驚いたのは初めての事だった、こんなにも冷たくて甘い食べ物があるだなんて知らなかった。
やっぱりここは夢の世界なのだと確信する。
その事で、カナの思うナオの正体は少し変化した。さっきまでは《風と共に現れる謎の少年》だったのだが、今は《夢の世界へのガイドさん》となった。
そんなナオの正体を確信しつつ、夢中で白いグルグルを食べた。
その後、回り続ける馬に乗ったり、回り続けるブランコにも乗った。この夢の世界はたくさんのグルグルで出来てるんだな、と思う。
そして夢の世界を隅々まで歩き回って最後に出会ったものは、雲のようなふわふわだった。
あの空に浮かぶ、ふわふわの雲をちぎって棒に巻きつけたような物体。
このふわふわも先ほどの白いグルグルと同様に、お姉さんが作ってくれたものだ。作り方は棒を一本持って機械の中をグルグルしているといつの間にか、棒にふわふわの雲が巻きつけられていた。
仕組みがまったく解らない。
さすが夢の世界。なんでも出来てしまうのだろうか?
考えながら、ナオに手渡されたふわふわの雲をナオの真似をしてひとくち食べてみた。
白いグルグルとは違い冷たくはなかったが、ふわふわの雲は口に入れた途端に消えてしまった。
消えたかわりに、口いっぱいに広がる甘味を置いていってくれたようだ。
雲は食べるとすぐに消えて、その後とても美味しい。
本当に知らない事ばかりだ。
ふわふわの雲を食べ終えた頃には、そこら中を走り回っていた子供達の姿もまばらになり、あんなに楽しさで溢れていた夢の世界に少しの寂しさが混ざっていた。
「そろそろ帰ろうか?」
ナオのその言葉にカナは少なからずショックを受けた。
もう夢の世界は終わりなのか、帰らなければいけないのか。
自分の、あの世界へ。
「…………」
まだ帰りたくないとダダをこねる子供のように俯くカナを見て、ナオは少し困った。
どうしたものかと考えて、すぐ近くにいた親子連れから聞こえてきたフレーズをそのままカナに対して真似してみた。
「ーーーーまた今度、来ようね」
「…………」
カナはその言葉をゆっくりと受け止めて、その言葉の意味をゆっくりと理解した。
また来られるのなら、これっきりじゃないのなら。
だから、
カナはナオの顔を見上げて、今日初めてのぎこちない笑顔で、大きく頷いた。
それはまるで、長い長い時間をかけてやっとの思いで咲いた道端の名もない花のような、そんな笑顔だった。
ナオは決してその笑顔を忘れまいと、心に深く深く刻み込んだ。
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