第3話

 カナは夕暮れの中、子供達がほとんど居なくなった公園の片隅にある、錆が所々に目立ちだしたブランコに乗って揺れていた。


 一人である。


 夕陽が沈む西の方角から子供達の笑い声が響いた、スクーターのエンジン音が近付いてきて、また遠ざかっていった。


 夕暮れといえど、まだまだ明るい7月の空、そんな公園で一人佇んで足元に転がる小石をじいっと見つめている。


 基地から逃げ出したのはいいものの、行くあても無く。居場所も無い。


 だから逃げ出しはしたものの、逃げ続けようとも、隠れようとも思わない。


 うつむくそんなカナの横顔を暑く湿った風が撫でた。


 まとわりつくような嫌な風だった。


 その時、さっきまでは無表情で無気力だったカナの顔に明らかな怒気さえ見てとれる表情が浮かび、風を払いのけるように首を横に振った。


 すぐに風は止んでカナはまたうつむいたまま公園の一部と化した。


 誰もいない公園で時間だけが過ぎていく。


 本当はこの公園には最初から誰もいなかったのかもしれない。


 カナはそう思った。


 本当は自分という存在はどこにもなく。


 自分はあくまで自然現象の一部なのだと。


 そう思った。

 

 そうありたかった。


 藍く、朱く染まる空を見上げて、今は亡き仲間達を想う。


 意識を空に集中しすぎたのか、急な物音に危うくブランコから転げ落ちそうになる。


 物音に次いで、声。


「隣、いい?」


 いつの間にやってきたのか、隣にはカナと同い年くらいの少年がいた。


 中途半端に伸びた黒髪、痩せっぽちな体つき、幼さが抜けきれない泥だらけの顔、手に持ったダッフルバッグからは衣類の袖が片方だけ垂れ出ている。


 知らない子。近所の少年だろうか? 


 自分とは全く違う、生き生きとした表情で笑う。


 そこでふと、少年の問いかけを思い出したがカナは答えようとは思わない。


「…………」


 ただ、なんとなく悪い気がしたので頷いておいた。


「ありがとう」


 そう言って少年は、カナの隣の空いていたブランコに腰かけた。


 少年の重みで鎖がギリリと軋んだ。


「…………」


「…………」


「何してたの?」


「…………」


 少年の問い掛けにやはりカナは答えない。


「じゃあ僕の話を聞いてくれる?」


「…………」


「……うん、返事はしなくていい。ただ聞いてくれればそれでいい」


 突如現れた少年に戸惑いながらも、カナは不思議と少年の話を聞いてみたくなった。


 この少年はいつ、どこから来たのか。さっきの風が運んで来たのか。ならばこの少年も自分と同じ自然現象の一種なのだろうか。自分と同じようで全く違うこの少年は、いったい何を語るというのか。


 知りたかった。


 いつぶりなのか忘れてしまったけれど、興味が湧いた。


 カナは相変わらずうつむいたまま、小さく頷いた。


 気付けば7月の公園は無人ではなくなっていた。




 

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