第4話 実花と莉花と百合子さん
「莉花さんって、ベランダ好きよね。」
夕方、家に帰ってベランダで甘酒を飲んでいると、実花がやって来た。彼女が私と一緒にベランダに立ったのはこれが初めてだった。遠い空のはしっこの紫と水色と、赤のグラデーションをみながら私はうなずいた。
「まぁね。」
「私たち、実花と、莉花で名前がそっくりなんだよ。気づいてましたか?」
実花は、仏壇の女とそっくりな黒くて、重めなきれいな髪をゆさりと揺らし、私の顔を覗きこんだ。
なんの気持ちの揺れも写しださないその透明な瞳は、仏壇の女には似合わないような気がした。私は、まっすぐな実花の視線を見つめ返した。女らしさがない瞳。かといって、男らしいわけでもない瞳。仏壇の女はきっと、もっと女の顔をしていた。
実花は、私から目を逸らし私が見ていたのとおんなじところを見やって、ぽつりと言った。
「はじめて、信条さんの家に行ったとき、彼ね、大切な人の寝間着を着た私を見てきれいだって言ったの。」
見るところがなくなった私は、実花の前髪の上の方が、夕方の色に少しだけ染められているのをみていた。
「本当は気づいてた。信条さんは私を見てるんじゃないって。あの人にそっくりな私の容れ物を見てるんだって。」
実花のまっすぐな瞳が、湿っぽく光って揺れた。
「だけど、信条さんのことがこれでも好きだった。」
実花の好きは、きっと私の好きよりもずっと純度が高い、耳をすり抜けた彼女の言葉をきいて思った。 実花は、小さな手で、こぼれる涙を子供みたいにぬぐいながら、震える唇を開いた。
「私、ばかに見えますか?」
慰めになるような言葉を、私は知らない。
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