ブラックダイヤモンド

クオンクオン

短編

どんなに強い人間であっても、必ず弱点というものがある。

弱点さえ見つければその相手を懲らしめるのは簡単なことだ、そして、その弱点を見つけることも相手が人間であれば大体、簡単なことなのだ。




「なんで学校に行かないんだ」


「今行っておかないと後から苦労する、お前のために行ってるんだ」


「なんでこんな子に育ったんだ」


みんな私のことが嫌いなんだ、あなたのためと親は言うが、それは結局自分のためだ、あんたが世間体を気にしているだけだろ、


逃げる事はいけない事だろうか、弱い生き物が逃げるのか、いや、私は逃げることは生きるための勇気ある選択だと思う。


ずっと家にいた、毎日が夏休み。

遊び相手もいない、自分の部屋でただ時間が過ぎるのを待つだけの生活だったが、無理をして苦しい生活をするより全然ましに思えた。


「あ、ゴキブリだ、」


部屋の壁に張り付いた黒く光沢のあるそれは、目にしただけで鳥肌が立つほど気持ち悪かった。


だが、その時私は冷静だった。自分でも驚く程に、ただ、じっと、その羽の光沢を見つめていた。ゴキブリもまた、私と同じようにじっとしていた。


そのゴキブリを殺そうと思わなかった。


殺意というものが一切無かった。


あの時少しでも私が殺意を持っていればゴキブリはその素早い足で部屋中を駆け回っていただろう。


気づけば私はゴキブリを虫かごの中に入れていた、無心でやっていた、ゴキブリも逃げようとしなかった。

この行為は自分の為かゴキブリのためか、わからなかったが、このゴキブリを殺されたくないと思った、このゴキブリが他の人間に発見されれば殺される、特にこの家は危険だと思った。


虫かごの中に適当な野菜を入れるとすぐに食いついてくれた。


よく見るとその光沢やトゲトゲした足、無駄のないシンプルな造形に美しさを感じた。

嫌われたがため、殺されぬよう身につけた素早さ、逃げることに特化した能力、


お前も私も嫌われ者で、逃げてきた。


そのゴキブリに私は親近感を覚えた。


ゴキブリの飼育を始めた、もちろん家族には隠した、普段は絶対に見つからない場所に虫かごを置き、親が居ない日中はずっと虫かごを眺めていた。


それだけが私の楽しみだった。


守りたいと思ったのだ、この命を、そしてそれはこの1匹に限ったことではない。


家に出たゴキブリ全てを飼育した。

勝手に出てくるものも、時には自分でゴキブリの巣を探したりもした。もうゴキブリを触ることの抵抗など少しもなかった。逃げない程度にハンドリングを楽しむこともできた。


ゴキブリの種類ごとに虫かごを分けた、同じ虫かごに入れておけば勝手に繁殖も行い、ゴキブリはどんどん増えていった、数にして500匹程になっていた。




「私、明日学校行くよ」


ある日の夕飯の時、家族の前で宣言をした、

両親共に驚いていた、どちらもとっくに学校に行かせることに関してはは諦めていたのだ。それでも学校に行って欲しかったのは間違いなく、2人は喜んだ。



学校に行けば先生も同級生もざわつきを見せた。予想通りの反応ではあった、しかし今の私にとってそんなことはどうでもよかった、


私が一番に気にしたのは私の不登校の原因となった女、裏切られ、いじめられ、私の心に一生の傷を作った女。


向こうから喧嘩をふっかけてきてくれたためこちらとしては好都合だった、私は今日復讐を果たしにここへ来た。


放課後、電気の消えた教室で窓からオレンジ色の光が斜めに差し込んでいた、


教室の中は私ひとり、自分の席に座っていると女がやってきた、私の正面に立つと私の机をまるで自分のもののように上半身を前にかがめ両肘をつき、座っている私の顔と目線を合わせてニヤついた、聞いただけで蕁麻疹が出そうなほど不快な甲高い声で私を煽ったようなことを言っていたが、その声を反射的に私の耳は拒絶したため何を言っていたかわからないが、その不快な声と明らかに人を馬鹿にした口調は直接私の心をガリガリと削っていった。


喋り終わるより先に私は彼女の胸ぐらを掴んだ。多少驚いていたがニヤついた顔は変わらなかった。私の袖からゴキブリが這い上がってくるまでは。


私の腕を登り、私の手から私の掴む彼女の襟に3匹のゴキブリが乗り移る、


わけもわからず彼女は暴れ回った、彼女が膝から崩れ落ちたので私は彼女の上に乗り完全に身体を抑えた、鞄の中からあらかじめ数匹ゴキブリを入れて持ってきた瓶を取り出し中のゴキブリを自分の体に這い回らせた、ゴキブリの這い回る私の身体に触れることすらできず、彼女は何の抵抗もできなかった、強制開口器を取り出し無理矢理彼女の口に取り付ける。


「「何でこんなことするの?」って顔だね、

お前にはどんな酷い言葉をあびせようと私の言葉なんかには傷つかないし、身体的な傷なんて与えても何の意味もない、だから、一生心に残るようなトラウマを与える、一生私に逆らえないように、やっとこの時が来た、その為にここまで大きく育てたんだ、」


鞄からもう一つ瓶を取り出し彼女の口にゴキブリを流し込んだ。


叫ぶことなど出来ない、喉を開けばゴキブリが口の中から喉の奥に入ってしまうかもしれないのだから、


彼女は泣いた、


私は笑った、


「このこと誰かに言う?」


にっこり笑顔で私は彼女に質問した。


彼女は小刻みに震えるように首を横に振った


「それでいい」


私は教室を後にした。学校の中に数十匹のゴキブリを逃したが今ならどうでもいい。


その日の夜、家に大きなゴキブリが出たので虫かごを持って捕まえようとしていると、丁度親が揃って帰ってきた、咄嗟に虫かごを隠し、捕獲を中断して自分の部屋に戻った。


その時、リビングに行った母親の叫び声が聞こえた、嫌な予感がし、すぐにリビングに向かうとまさにその瞬間だった。


母が丸めた新聞紙を振りかざし

「パンッ」

今さっき私が捕まえようとしていたゴキブリを潰した、

ゴキブリが潰れるのと同時に私は自分の内臓が潰されたような感覚に襲われた。


母が私に気づき口を開く、

「あ、びっくりさせちゃった?今ゴキブリがね…」


「何で殺すんだよおおおおお!!!!!」


母の言葉を遮り私は怒鳴った。


「何で殺したんだよおおおおお!!!

そいつがあんたになんかしたのかよぉ!

一方的に嫌いってだけであんたは小さな命をなんの為にもならない命をおおおおお!!」


私は部屋に駆け込み虫かごを両手に持ちリビングに向かった、


大きいゴキブリを選んで掴み母親に投げつけた。虫かごの蓋を開けリビング中にゴキブリを撒き散らす。


流石の母も一度に数十匹のゴキブリには対応しきれず、慌てるだけ、父は驚きただただ怯えていた、


「勝った、」


また部屋に戻り全ての虫かごを開き部屋に数百匹のゴキブリを撒き散らした。ゴキブリはその素早い脚で部屋中を駆け回った。


そして、ライターを引き出しから取り出し、部屋の中に火をつける、燃料になる紙類から、カーテンや、布団、


みるみる部屋の中に炎が広がった、


「私はなぁ!!!お前らなんか大っ嫌いなんだよぉ!!みんな焼け死ねぇ!!1匹残らず死ね死ね死ね死ね!!」


ゴキブリの羽の油もよく燃える、ゴキブリの炎は他の炎より一層美しく見えた。


私もゴキブリと一緒に燃えて焼け死んだ。





「私がゴキブリを殺したのがいけなかったのかしら。」


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