忘年会
青山天音
時は年末、そう、忘年会の季節。
人間たちが一年の労をねぎらい、溜まりに溜まった憂さを晴らすために、この年忘れの宴を催し、飲み明かすように、神々にとってもこの季節は来たるべき新年に備えて、一息つきたいところ。
というわけで、日本特有のこの素晴らしい風俗をどこで聞きかじったのか、古代アステカの慰労の神であるイシュトリルトンの発案で古今東西の神々が集い、忘年会を催すこととなった。
自ら幹事役を買って出た彼は、まず、古代アステカのかまどの神・チャンティコが巨大なかまどを作り、そこにギリシャの鍛冶神・ヘパイストスが一つ目の豪腕の巨人・キュクロプスに命じて作らせた巨大な鉄の鍋が置かれた。
そこにアラビアの古き神々を代表してゾロアスターの水の神・ハルワタートが雨を降らせ、鍋に水を満たした。
かまどの前では、ヒンドゥーの火の神であるアグニが火を起こし、そこにアステカの風神・エエカトルが力強く風を吹き込むと火勢が勢いよく上がり、鍋はグツグツと煮え立った。
準備ができたら次は具材を入れる番だ。ローマの狩の女神・アルテミスが狩に出て仕留めてきた鹿肉を調理し、インカの兄弟神である、海の神・ママ・コチャが新鮮な魚の幸を、豊穣の神・ママ・ザラが採れたて野菜を次々と入れてゆく。この作業は仕上げにアステカの塩の女神・ウィシュトシワトルが味を整えたら、さあ、宴は準備万端。
「乾杯!!」
イシュトリルトン神が音頭をとると、神々は古今東西の酒を酌み交わした。
早速、ギリシャ神話の酔っ払いの神・ディオニュソスがワインの壺を抱えてほろ酔い気分に。
興に乗ったネイティブアメリカン・オジブワ族のいたずらの神であるナナボーゾが得意の宴会芸を披露。
やんやと拍手喝采する神々。
まさに今、酒で勢いづいた宴はたけなわとなった。
「ホーホーホー!みなさま、ごきげんよう!」
と、そこにキリスト教の神を代理して鐘の音も高らかにトナカイが引くそりが到着。かの神はクリスマスの儀式で忙しく、あいにくの欠席。そこでサンタクロースに命じて「愛」を差し入れてきたのだった。
「おお、これは素晴らしい。鍋に入れたらどんな味になるだろう?」
早速神々は「愛」を鍋に投入。
すると、鍋が暖かな友愛に満ちた味となった。
神々はそのまろやかな味わいに舌鼓を打ち、次いで他の神々も次々と持ち前の「スパイス」を鍋に入れ始めた。
ネイティブアメリカンの豊穣の神・ココペリは「豊かさ」を。
美神・アフロディテは 「美」を。
それを見た妬みを司る神・エリスは思わず「嫉妬」を入れてしまい神々からブーイングを浴びてしまう。
見かねた北欧の主神・オーディンは思わずとりなすように言った。
「まあまあ、皆さん、今日はめでたい忘年会。無礼講の席。この程度の苦味はかえって鍋の味わいを深めてくれましょう。では私からこれを…」
そしてオーディン神はそれぞれ過去、現在、未来を司る三姉妹の神であるウル、ヴェルザンディ、スクルドに命じて 「運命」を投入。
「それでは…私が」
と、ギリシャの掟の女神・テミス が鍋に「秩序」を入れて味を整える。
ついで、ダチョウの羽を頭に載せたエジプトの真理の神・マアトと、天秤を持つローマ公平を司る神・ユースティティアがそれぞれの「正義」を。
…とここまでは良かったのだが。
脇で見ていたエジプトの暗黒神・アペプが負けじとばかり「闇」を鍋に入れてしまったのだ。
雨あられと降るブーイングの中、アペプは平然と言い放った。
「正義に秩序に公平…こんなものがごちゃごちゃ入ってるんじゃ、これはもう、闇鍋でしょう? では他ならぬ『闇』がなくては始まらないじゃあないですか!」
「そうだそうだ!」
勢いづいたのか、ギリシャの混乱を司る邪神カオスは「混沌」投入。
…そして宴は文字通りカオスの渦に巻き込まれていった。
その闇鍋を食べた神々の間で程なく喧嘩が始まったのだ。
喧嘩の中心にいるのは、戦いの女神でおなじみのインドのカーリーと、北欧のテュールだ。
ガラガラ、ドッカーン!
その脇ではヒンドゥー教の雷神インドラと北欧のこれまた雷神であるトール 、そして同じくアステカの雷神トラロックが三つ巴となって、誰がよりすごい雷を起こせるか勝負を始めた。
雨あられと雷が落ちる中、ぐでんぐでんに酔っ払ったメソポタミアの海の女神・ティアマトが自分のペットである11匹の怪物を出現させて見せびらかした。
「ほら私のお気に入りの“ペット”たちよ。可愛いでしょう?」
すると今度は神々による“ペット”…もとい怪物の自慢大会が始まった。
マヤの創造神・ククルカンが羽の生えた蛇を!
イヌイットの神・ナヌークは熊を!
アステカの神・テペヨロトルはジャガーを!
ギリシャの神・ハデスは愛犬ケルベロスを!
エジプトの神・ウアジェトはコブラを!
呼び出された「ペット」たちは仲良くじゃれあい、もとい血で血を洗う争いを始め…忘年会、いやもはや闇鍋会場と呼ばねばなるまい…は阿鼻叫喚の渦地獄絵図さながらの様相となってしまった。
そんな中、神々の乱痴気さわぎをひっそりと眺めていた招かれざる客が一人。彼は他の神々に毛嫌いされているため宴会に呼ばれていなかった。しかし彼はどうしても確かめたいことがあって、この神々の宴ににこっそり忍び込んだのだった。
彼はこの時を待ってましたとばかりにうなづくと、ぐつぐつと煮えたぎる鍋の中に「それ」を入れたのだった!
すると、
キュウウウウウウウウン!
瞬きする間もなく、雷も、怪物たちも猛獣も、神々でさえもすべてのものが渦を巻いて鍋に吸い込まれ、ついで鍋自身も自分を吸い込んでついには黒い一点のに凝縮し…。
なんと彼が鍋に入れたのは「ブラックホール」だったのだ。
そう、平凡な人間の姿をした彼の名はサイエンス。
サイエンスは自分の仮説である、「時空の地平では何者も存在できない」ということが正しかったと立証されると、満足げにうなづき、自らもブラックホールに吸い込まれていった。
次の瞬間、世界は消滅した。
…一瞬とも永遠ともつかない、計り知れないほどの「間」が過ぎ去り、前後上下もはっきりしない漆黒の闇の中、再び「何者」かが高らか世界の始まりを宣言した。
(了)
忘年会 青山天音 @amane2018
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