第9話 冒険者ギルドへ
ふんと息を吐くソウシ。彼は倒れ伏した巨人を見やると首をゴキゴキと左右に振るう。
すると彼は元の人間の姿へと戻ったのだった。
「ソウシさまー、戻っちゃうのー? せっかくカッコいいのにー」
戦いが終わったと判断したエムがソウシの元へと鱗粉をまき散らしながら降りてくる。
「それよりエム。転移はできそうか?」
ソウシはエムの質問には応えず、彼女へ問いかけた。
「うんー。もう大丈夫ー」
「マサムネ、帰るぞ」
ソウシの呼びかけにマサムネが姿を現しソウシの元へと歩いてくる。しかし、彼の足元は緊張からかふらついて見えた。
「……決して、他言はしませぬ」
絞り出すような声でマサムネは肩を落とす。
「……信じる。それしか俺にはできないからな。また契約をしてくれると嬉しい」
「もちろんです! 貴殿のお名前をお聞きしても?」
「俺の名前はソウシ。人命救助保険業をやっている」
名前を聞いたマサムネは「ソウシ殿……」と小さく呟くとコクリと首を縦に振る。
こうしてソウシらは地上へと無事帰還することができたのだった。
◆◆◆
マサムネをダンジョンの外に無事送り届けたソウシは、エムの転移魔法でバステトへ飛ぶ。
突如、ウィルソン商会の前に出現した彼らが目に入った門番は目を見開き開いた口が塞がらない様子だった。
しかし、彼もプロ。すぐに佇まいを正しソウシへ用件を尋ねる。
ソウシがここへ来た目的はもちろん保険契約のことだ。ユウがいるか門番へ確認を取ってもらうと、彼は商会にいるとのことだった。
すぐにメイドが中から出てきて、ソウシたちは執務室へと案内される。
整理整頓が行き届いた執務室のカウチへ腰かけたソウシは、ふうと息を吐く。エムはといえば、机の上に体育座りをして何かを探すようにきょろきょろと左右を見渡していた。
「ソウシさん、ようこそみゅ」
すっかり勝手知ったる感じになっていたユウは耳をピクピクさせながら、お盆に飲み物を乗せてソウシたちの元にやって来る。
ユウは保険契約をソウシに代わって行えるようになって以来、ウィルソン商会に籍を置いている。といってもウィルソン商会の業務を手伝うわけではなく、ソウシの人命救助保険に関わる仕事しか行っていない。
彼の行う仕事は多岐に渡るのだ。保険の宣伝から契約はもちろんのこと。金銭の管理や街で事業を行うための書類仕事までこなす。ソウシやエムと違って危険な現場に出ることはないものの、時間拘束という見方をするならば彼ら二人よりユウの方が遥かに忙しい。
ソウシがユウから聞く話だと、彼はウィルソン商会の商会員ともうまくやっているらしく、ネズミの亜人は彼だけということもありすっかり人気者になっているとのこと。
「ユウ、ここでの仕事には慣れたか?」
ソウシはユウから飲み物を受け取りながら、表情を変えず彼に尋ねた。
「はいみゅ。ここに来てはや三か月。この館のことで知らないことはたぶん無いみゅ」
ユウはお盆を得意気にかかげ鼻をヒクヒクとさせる。
ふむ……ソウシは彼の様子に満足気に頷き、室内を見渡す。相変わらず執務室は綺麗に整頓されており、どこに何があるのかは商会の者ならば分かるようになっているのだろう。
彼は商会の仕事のやり方には学ぶべきものがあると感心しつつも、ある棚に目が行く。
「気が付いたみゅ? それはボクたちの棚になるんだみゅ」
ユウは喜色をあげてソウシへ告げる。
「ほう。専用の棚ができたんだな。すごいじゃないか。ユウ」
普段余り人を褒めることをしないソウシであったが、口元に笑みを浮かべユウへ言葉を返した。
それに対しユウは細い尻尾をフリフリしご機嫌そのものといった感じになる。
「ねーねー。ソウシさまー、何か食べたいなー」
先ほどからエムが周囲を伺っていた理由はこれであったのだ。まるで空気を読まない彼女はソウシとユウの顔を交互に見ながら指を口元に当てて可愛らしくおねだりしてきた。
この発言にソウシはくつくつと低い笑い声をあげ、ユウへ顔を向ける。
一方、目を向けられたユウはコクリと頷くと部屋を辞し、すぐにお盆へバナナを乗せて戻ってくるのだった。
ユウがバナナを机の上に置くとエムは飛びつくように体全体でバナナに張り付き食べ始める。
彼女が一心不乱に食べ物を食べている間は大人しいことを知っている二人は、再び会話を始めた。
「契約はどうだ? ユウ」
「順調に増えていってるみゅ。ウィルソンさんが行く先々で人命救助保険のことを宣伝してくれてるみゅ」
「そうか、改めてウィルソンには礼を言わねばな……」
「ソウシ様、冒険者ギルドでも受け付けをやってみたらどうみゅ? 最近、冒険者の契約者も増えてきてるみゅ」
「うーん……」
ソウシは眉間に皺をよせ、ここ最近のバザードのことを思い浮かべる……ダンジョン、ダンジョン、ダンジョンなのだが……いや、救助に貴賤はない。
「誰であろうが契約は拒否しない。必ず金は受け取る。金を受け取ったからには全て平等に扱う」――これが俺のやり方なのだ。勇者の真似をするわけではないが、彼はそうやって人助けをしてきたという。
ソウシは彼の考えを聞いた時、なるほどと思った。何故ならソウシ自身が人間社会の身分制度に囚われる気はないし、そうであるなら「人間」というくくりで誰しも同じに扱うべきだと考えたからだ。
勇者の心の内は分からぬが、おそらく彼の考え方は自分とは違うとソウシは思う。しかし、別に勇者と同じ思想で物事を進める必要は無い。ソウシは自分なりの考えで動き、人間たちへ魔王を認めさせればいいだけなのだから……。
「ソウシさま?」
顎に手をやったまま考え込んでいたソウシへユウが声をかける。
「すまん、考え事をしていた」
「いえいえみゅ」
「それにしても冒険者という奴らは、なんでこうも向こう見ずなんだ」
顧客は選ばないと決めているソウシであるが、不満は不満としてつい口をついて出てしまう。
「一攫千金を目指すギャンブラーみたいなものとウィルソンさんが言ってたみゅ」
「……それに付き合わされる俺の身にもなってほしいものだな」
大きく息を吐き肩を竦めるソウシ。
「気が進まないのなら、やめとくみゅ?」
「いや、進めよう。契約者数を増やすチャンスは逃したくないからな」
「ふみゅー、じゃあ、冒険者ギルドに今から向かってみるみゅ?」
「そうするか……ウィルソンは戻るのか?」
「夜までには帰ってくると言っていたみゅ」
「ふむ。では冒険者ギルドへ先に行くとするか」
ソウシはポンと膝を叩き、ゆっくりと立ち上がる。しかし、彼はまだ何かを考えている様子で眉間に皺を寄せていた。
「ソウシさま?」
「あ、いや。行こうか」
軽く左右に首を振ったソウシは執務室を後にする。
余談ではあるが、バナナをもぐもぐ中のエムはのちほど来ることになったという……。
◆◆◆
――冒険者ギルド
王国の大きな街には冒険者ギルドが店を構えている。バステトの冒険者ギルドは王国と共に双璧と呼ばれるほど大規模なギルドなのだ。
冒険者とは、王国内にある「ザ・ワン」のようなダンジョンや秘境へお宝、薬草、モンスターの素材など取得してくることを生業とした人たちのことで、冒険者ギルドに登録さえすれば誰でも仕事を始めることができる。
中には失業して冒険者にならざるを得なかった者もいるにはいるが、少数派で多くの者は望んで冒険者となるのだ。当たり前だが、冒険者にも堅実な者もいれば一攫千金を狙う者もいる。
冒険者ギルドは冒険者たちに依頼を提供すると共に、素材やお宝の買い取りまで行うサポート業務を提供している施設だった。彼らは依頼達成率と死亡率の問題から冒険者たちをランク分けしている。
例えば最高峰はSSランクになり、最下層はEランクといったように。
話をバステトの冒険者ギルドに戻す。
バステトの冒険者ギルドは広大な面積を持つ。広い館内の右エリアは依頼書が貼り付けられた立て看板が並び、奥に受付嬢が三名並ぶカウンターがある。一方、左エリアは酒と食事を振舞うレストランになっていて体力勝負の冒険者へ安く量の多い料理を提供していた。
館に隣接して訓練場と厩舎があり、冒険者は料金を支払うことでこれらの施設を利用できる。
太陽が傾き始めた頃、依頼を終えた冒険者たちはポツポツと冒険者ギルドへ足を運び出す。依頼を見る者、食事を楽しむ者……各々がそれぞれの時間を過ごしている時、黒装束の男がギルドへと帰還した。
賑やかだった館内はその瞬間シーンと静まり返り、皆が男に注目する。それもそのはず、この男……王国で唯一のソロでSSSランクという冒険者なのだから。
彼はこれまで依頼を失敗したことがない。それ故、帰還の際にはいつも必ず受付嬢に報告へ向かうのだが……この日は異なった。
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