第6話 冒険者たち

 バステトの街から北へ徒歩二日ほど進んだ山脈のふもとには、「ザ・ワン」と呼ばれる広大なダンジョンがある。このダンジョンは世界で唯一の特徴をそなえていた。それは、一定時間の経過ごとにダンジョンの造りが変わることである。そのため、ここは摩訶不思議なダンジョンとして著名であった。

 「ザ・ワン」という名前の由来は上記二つの意味合いからきている。最深部は百二十階まであると言われていて、三十階を超えるとモンスターが格段に強くなる。それに加え、様々な罠が仕掛けられておりその中には致命的なものまであるのだ。

 それにも関わらずダンジョン探索者……冒険者たちはこぞって「ザ・ワン」を目指す。何故なら、「ザ・ワン」は形を変えるたびに内部にある宝箱もまた一新されるからなのだ。

 無限に湧き出る財宝を求め、冒険者たちは今日もまた「ザ・ワン」に挑む。

 

 十階ごとに出現するボスを倒すこと二度……。

 ツンツン頭の剣士、全身を厚い鎧で固めた大柄な騎士、ピンク頭の魔法使いの少女、そして聖なるブルーの貫頭衣を身にまとった僧侶の四人は、三十階のボスに挑んでいた。

 彼らは若いながらも、チームワークに優れ実力をメキメキとつけてきた新進気鋭の冒険者たちだ。

 

 三十階のボスはキマイラと呼ばれる獅子とヤギの頭に獅子の体、蛇の尾を持つ中堅冒険者といえども侮れないモンスターで、彼らといえども長時間に渡る戦いが続いていた。

 キマイラの口から炎が吐き出されると、騎士が腰を落とし盾を構える。

 

 炎が盾にぶつかり騎士が体ごと後ろに持っていかれそうになるが、彼はグッとこらえ炎をせき止める。うまく炎をとめたが今度は盾を熱が襲う。その時、僧侶の手から青い光が迸ると騎士の盾を包み込む。

 すると、炎の熱が遮断されたのだった。これを待っていたかのように騎士は盾を力の限り下へ振り下ろし、炎の塊は地面に叩きつけられる。

 騎士と連携するように、炎を吐いて隙が生じたキマイラに向けて剣士が切りかかった。

 

 ザクっとキマイラの獅子の顔に突き刺さった剣は勢いを止めず頭をそのまま貫通する。

 絶叫をあげるキマイラへ畳みかけるように魔法使いの氷の槍が迫り、ヤギの頭を貫いたのだった。

 ドオオンと大きな音を立てて崩れ落ちるキマイラ。

 

 彼ら四人はしばしキマイラの様子を見守っていたが、キマイラが絶命したと判断するとお互いにハイタッチをして歓声をあげる。

 

「やったな!」

「うん!」

「よおっし!」

「……」


 無口な騎士以外はそれぞれ思い思いの言葉を口にして、ふううと大きな息を吐いた。


「少し休憩しよう」


 リーダー格のツンツン頭が腰を降ろすと、残りの三人もリラックスした姿勢になる。

 僧侶の持っていた水袋を皆で回しながらようやく一息をつく四人。


「俺たちもこれで名実ともに中堅の仲間入りだな!」


 ツンツン頭が顔に笑みを浮かべ声をあげた。


「そうね! やったのね、私たち……」


 感慨深く拳をぎゅっと握りしめる魔法使いの少女。


「……戻るか? それとも……」


 そんな二人へ騎士はポツリポツリと冷静な声で訪ねた。


「どうする? みんな? せっかくだし三十一階を少し覗いて帰る?」

「そうですね……まだ余力はあります。しかし……」


 ツンツン頭の言葉に丁寧な言葉で応じた僧侶の少女はそう言って顔を落とす。

 彼女の言わんとしていることはツンツン頭とて理解できる。「ザ・ワン」の三十一階以降は別物だということを。

 もちろん、深くなるにつれてモンスターは強くなる。それだけならば彼らが戸惑う理由はない。ここに来るまでだってモンスターは強くなってきていたのだから……。

 問題は新たな罠なのだ。三十一階からは「転移」、「オールワン」、「落とし穴」といった致命的な罠がいくつか存在する。これらの罠に引っかかった場合、上級冒険者ならともかく……踏破するにやっとの自分たちでは苦戦を免れないだろう。


 「やはりここは安全のためにやめておくか?」彼がそう思った時、魔法使いが口を挟む。


「カズヤ、行きたいんでしょ?」


 図星をつかれてドキッとするツンツン頭ことカズヤ。


「い、いや……俺はやめておくかと思ったんだって!?」


 戸惑うカズヤへ魔法使いはニヤリと口元を吊り上げ言葉を返す。


「ふうん。だって、サヤがまだ余力があるって言ったじゃない。私たち全員、かすり傷程度しか傷もないし食料だってまだあるわよ?」

「ミカゲ、私は『事実』を述べたまでです。決して『行け』という指示を出したわけではありません」


 魔法使い……ミカゲの発言に心外だと言わんばかりに僧侶のサヤが反論する。

 困った。このままではまた二人の言い争いが始まってしまう……こうなると長いんだよなあと内心考えていたカズヤは頭をボリボリかきながら助けを求めるように騎士へ目配せする。


「ハルトおお」

「……迷った時はこれだ……」


 すがられた騎士のハルトは懐から小さなサイコロを取り出した。


「そ、そうか。そうだよな。よし、サヤ、ミカゲ」


 いーっと口元を見せ合う二人へカズヤは声をかける。二人もサイコロを見て察したように頷きあう。


「奇数なら『行く』、偶数なら『戻る』だ」

「わかったわ」

「了解しました」


 納得した二人へ頷きを返したカズヤは、ハルトにサイコロを振ってもらうのだった。

 ――出た目は三……つまり奇数となる。


「よし、じゃあ、ちらっと見て帰るか!」


 カズヤは立ち上がってガッツポーズをすると三人の顔を見渡す。

 

 ◆◆◆


 三十一階に降りた彼らを待っていたのは非情であった。

 階段の最後のステップを降り……「さあ三十一階を探索だ」と一歩踏み出したその時、カズヤの足元でカチリと乾いた音が鳴り響く。

 その瞬間、三十階へ登る道が壁に閉鎖され、足が揺れるほどの地響きが彼らを襲う。

 

「こ、この音……壁が無くなっていく!」

 

 カズヤは驚愕で顔をこわばらせたまま叫ぶ。

 

「こ、これって『オールワン』のトラップじゃない!?」

 

 蒼白な顔で次々に消失していく壁を見つめるミカゲ。

 

 オールワンは上下階……今回の場合、三十階から三十二階までのモンスターを全て三十一階へ呼び寄せる。更に全ての壁が取り払われ、三十一階が大きな一つの部屋になる。つまり、遮蔽物が無くなり、通路を利用してモンスターをやり過ごすことができくなるのだ。

 この罠は三十一階に集まったモンスターを全て叩ききること以外、解除方法は存在しない……。


 「『オールワン』……」

 

 ペタンとその場で崩れ落ちそうになるのをグッとこらえたサヤが絞り出すように呟いた。

 音が鳴りやむと、モンスターの咆哮がカズヤたちの耳に入る。その数……十や二十ではない。


「やるしかねえ!」


 カズヤは背中の剣を引き抜きキッと前方を睨みつけた。

 あのまま戻っておけばという後悔が彼の頭をよぎるが、ブンブンと頭を振り彼は自身の甘い考えを振り払う。


「……カズヤ、来るぞ……」


 カズヤの考えを遮るハルトの声。

 そうだ。罠にかかったからと言って解除する手はあるし、死んだわけでもない。カズヤは心中で気合を入れると前を向く。


「よおおし!」


 カズヤから気合の籠った声を出る。そのまま彼はハルトの横に並びお互いに頷きあうのだった。

 

――三十分の時が過ぎた。

「やってもやっても湧いてきやがる!」


 カズヤは動く白骨のモンスター――スケルトンの剣を受け止めながら吐き捨てるように呟く。

 一方、彼の隣では変わらずハルトが盾で他のモンスターを抑え込んでいる。


「少しだけ押し込んで! 焼き払うわ!」


 ピンク色の髪を振り乱しながらミカゲが叫ぶ。そのまま彼女は彼らの返事を待たずに目を瞑り集中を始めた。

 残る一人のサヤはというと、三人の緊迫した様子を冷静で理知的な瞳で見つめ的確に補助魔法を彼らにかけていた。

 四人の連携があってここまで持ちこたえているが、全員の体力はそろそろ限界を迎えようとしている。


「ハルト!」


 カズヤの声に反応したハルトが頷くと、二人は脚をそろえて正確に二歩後退する。

 その動きに合わせて業火がモンスターへ襲い掛かった。


「ナイス! サヤ!」


 叫びつつもハルトと足並みを揃えて元の位置に戻るカズヤ。ギリギリの動きをしながらも、彼はこの状況を何とかして切り抜けることはできないか考えを巡らせていた。

 このままいくとジリ貧であることは明確だ……気配からモンスターの数はまだまだ残っている……。


 その時ふと、彼の頭に冒険者ギルドで見かけた胡散臭いネズミ頭のことを思い出していた。

 確か……あいつは怪しげな「保険」とかいうのを販売していて……何だったか危ない時にどうになかるとか……あああ、思い出せない。

 ハルトはイラつくが、今更それを思い出したところでどうにもならないことだと気持ちを切り替える。


「……カズヤ……一分一人で持ちこたえることはできるか?」


 自身の考えに囚われたいたカズヤへハルトの声が響く。ハッとなり目を凝らしたカズヤの顔が強張る。

 彼の目にはキマイラが二匹映っていたのだ!

 一匹でさえあれほど苦労したキマイラを……二匹……カズヤは歯を食いしばり何とか折れそうになる心を押さえつける。


「ハルト、一体何をするつもりだ?」


 ハルトは無駄なことは言わない。この発言が冗談に思えなかったカズヤは彼に聞き返した。


「……兜を脱ぐのさ。アレを使う。一か八かだ……」

「アレが何のことか分からないけど、策があるなら乗っかるぜ! 任せろ! ハルト。持たせてみせるから!」

「……すぐに戻る」


 二人の会話を聞いていたサヤは、ありったけの魔力を込めてカズヤへ補助魔法をかける。


「ハルト、手伝うわ」


 ハルトをしゃがませて後ろからミカゲが彼の兜に手をかける。


「……焦らず、引っ張ってくれ」


 ミカゲの気持ちに先んじてハルトが彼女へ声をかけた。それに対し彼女は「うん」と頷きゆっくりと彼の兜を引き抜く。

 バサリと彼の長い髪が露わになると共に頭頂部に張り付いた一枚の羊皮紙がミカゲの目に映る。


「ぐうう、はやく、頼む!」


 キマイラ二匹の猛攻へ傷つきながらも耐えるカズヤから苦悶の声がもれた。

――はやく、はやく助けないと!

 カズヤ以外の三人の思いが一致した時、羊皮紙が一瞬だけ輝きを放つ。

 

ハザード救助信号を検知した。お前さんが被保険者か?」

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