第81次名刺大戦

 ことは〈名刺戦争〉に帰着した。

 新卒就活の果ての果て、並み居る強豪――意識タカ派の学生たち――を押しのけて外資系投資銀行への就職をキメた〈慶應大学の最右翼(=逆に最左翼との説あり)〉こと頭山満と、昼夜を問わず反復的に実行されたOB訪問の帰結として総合商社への就職をキメた〈早稲田大学の最左翼(=逆に最右翼との説あり)〉こと北一輝は、どちらのほうがより〈勝ち組の就活生〉であるかについて、深夜のファミレス〈サイゼリヤ早稲田通り店〉にて、日本最高の若手愛国社会学者であるフルイチノリトシが司会をつとめる討論番組〈ニッポンのジレンマ〉もかくやとばかりの――情熱的でありつつも冷静で建設的な――議論を、二人合わせて約30000冊にもおよぶ就活参考書の熟読から得た〈ロジカルシンキング〉によって展開していた。

「俺のほうがすげえっしょ」

「いや、合コンでモテるのは俺だと思うよ」

「いやいや、めっちゃ外資系なのは俺だよ」

「たしかにそっちは外資系だよ。でも俺の会社のほうがめっちゃじゃね?」

「それはそうかもなあ」

「だろ?」

 ロジックの塊である二人。極限まで高度化され洗練された強固な論理はその厳密さにおいて完全に拮抗し、相互一歩も譲らない白熱した討議は明け方まで続いたが、外資系コンサルティング会社にも内定があり、いわゆる〈コンサル思考〉と呼ばれる特殊能力の持ち主である頭山満が、議論を〈終結フェーズ〉に導くために、持ち前のリーダーシップを発揮してこう言った。

「ラチがあかねえな。しかたないからここはあれだ、〈名刺バトル〉で決めるしかねえ」

「なるほど」と北一輝は言った。「名刺戦争というわけか。おもしろい。やってやろうじゃねえか」


 こうして二人は〈第81次早慶名刺大戦〉の開戦を――世界中の全ての戦争を統括管理する組織である――国際戦争委員会へ申請し、委員会はこれを認可した。ただし、委員会は――当然のことながら――開戦にあたっての条件を提示した。これは、2、3の妥協と修正ののち、敵対する両者の受け入れるところとなり、実行に移された。

 その条件とは次のようなものである。

 a. 戦闘で用いる名刺は、「自分が直接もらったもの」のみとする。

 b. 親族の名刺は不可。あくまで、「自分の力で勝ち得た名刺」のみとする。

 c. 敗者はその場で内定先人事担当者へ連絡し、内定を拒否するものとする。

 d. なお、言うまでもなく戦争には見物客がいなければならない。LINEやTwitterといったSNSを駆使し、各陣5名以上の見物人を用意すること。


 交戦者である頭山と北の二人は自らの〈人間力〉に起因する人的ネットワークから、気のおけない友人と呼んでさしつかえない、内定者懇親会で出会った意識タカ派の学生たちの中からなんなく5名の見物人を選抜した。

「今からツイキャスするから観てくれん?」

「え、なに突然。眠いんだけど。やだよ」

「えっ? 頼むよ、観なくてもログインだけしてくれればいいから……」

「いくら?」

「え?」

「ギャラは」

「じゃあ、5000円でどうかな?」

「ちっ、しゃあねえな、週末までに振り込んどけよ」

「ありがとう」

「ったく、いい加減にしてくれよ、マジでダリィやつだな……」


 次に彼らは自らの持つ最強名刺を準備した。

 彼らは鞄の中から〈名刺デュエルディスク〉を取り出すと、ディスクにそれぞれの名刺を装着した。〈名刺デュエルディスク〉とは、名刺情報分析AIと粒子ホログラムディスプレイを搭載した、〈名刺戦争〉の実行には不可欠なツールで、これを用いることで名刺の持つ潜在能力を〈攻撃力〉と〈守備力〉に分類して数値化し、またホログラムによって名刺上の〈ビジネスマン〉に擬似身体を付与することが可能となるために戦闘が可視化され、見物人も含めて良い感じに気分が盛り上がるというわけだった。〈名刺デュエルディスク〉は自らの人脈を自慢したくてウズウズしている意識の高い就活生たちのあいだで爆発的なヒットを飛ばしている商品で、頭山と北も発売一週間前からAmazonで予約して入手したものだった。


「ドロー!」という叫び声とともに二人同時に名刺をディスクに読み込むと、そこに二体の〈ビジネスマン〉が現れ、戦闘が開始された。頭山陣営の〈ビジネスマン〉は〈ミキタニヒロシ〉で、対する北側の〈ビジネスマン〉は〈エメーリャエンコ・モロゾフ〉だった。〈ミキタニヒロシ〉の攻撃力は3000で、守備力は1200だった。〈エメーリャエンコ・モロゾフ〉の攻撃力・守備力は文字化けして〈æ–‡å—化ã '〉〈譁 ュ怜喧縺 〉と表示されていた。

 ミキタニヒロシは「我が社の公用語は英語! 我が社の公用語は英語!」と叫びながら、モロゾフの顔面に向けて〈ラクテン・ブラック・パンチ〉を放った。モロゾフはそれをかわしつつ、ふところからソ連軍払い下げの自動小銃〈AK-47〉をさっと取り出すとトリガーを引いた。ダダダダという連続した濁音とともに弾倉から弾が押し出され、発射口から飛び出した。〈ミキタニヒロシ〉は大小様々にちぎれた肉片を周囲に撒き散らしながら紅に染まっていった。〈ミキタニヒロシ〉は「我が社の公用語は英語……我が社の公用語は英語……」と言いながら空気の中へと霧散していった。

「銃なんて卑怯じゃないか!」と頭山は言った。「日本は法治国家だぞ!」

「卑怯なんかじゃないさ」と北は言った。「これは戦争だからな。」と北は言った。


 かくして国内法を超えて権限を持つ国際法により、北の頭山への勝利は断定され、〈第81次早慶名刺大戦〉は幕を下ろした。

 世界中のTwitterユーザーが、〈エメーリャエンコ・モロゾフ〉という名の〈21世紀のシモ・ヘイヘ〉に称賛のリプライを送った。

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