エンド・オブ・ザ・ワールド

天神シズク

世界の終わり

 この世界は、今日で終わる。


 僕は知っている。この世界の地中深くにある『星の心臓』が、今日で止まるんだ。


 『星の心臓』は、この世界を動かすのに必要な機関で、地中に巡る高温の溶岩を主に循環させていた。この循環は、僕のいる地上にまで影響を与えていた。窒素と酸素を作り出してくれていたのだ。


 当たり前のように呼吸できる場所。


 それは『星の心臓』が動いていなければ存在しない場所だった。


 今日もいつものように歩く。いつものように挨拶し、いつものように呼吸をする。


 壊れた信号も、びついた蛇口も、いつものようにそこにる。


 鼓動が早まる。


 これは、僕の心臓のことだ。


 死ぬことは怖くない。

 いや、本当は怖い。

 死んだら、全てお終い。


 天国も地獄もきっとないのだろう。でも、また違う人になって、別の世界に生まれる。このことだけは信じている。


 いつものように祈り、いつものように空を見上げる。


 大きな声で叫んでみた。


 『星の心臓』はビックリしただろうか。ビックリしすぎて、止まってしまったらどうしよう。この世界の死因は『ショック死』です、だなんて笑える。笑ったまま人生を終えることができるなら、それでも良いかな。


 今日でこの世界は終わるけれど、不幸中の幸いなのは、被害者が僕1人だけだってことだろう。荒廃したこの世界で、僕はよくもまぁ生きてきたものだ。


 自分で自分を褒めてあげたい。


 倒壊した建物に残っていた本の中には、たくさんの人の姿がっていた。この世界にはたくさんの人がいて、たくさんの幸せがあって、たくさんの不幸があった。


 全部、全部、もうここにはないけれど、みんなの顔を見ていると、全部伝わってくる。


 いつものように掃除をして、いつものように水を飲んだ。


 空はもうずっと暗いままだ。僕の家の光だけが、遠くに見える。暗くたって、歩くことはできる。時々つまづいたり、転んだりするけれど、別にどうってことはない。


 心臓の音が聞こえる。


 これは僕の心臓のことじゃない。

 静かすぎるこの世界には、丁度良いBGMだ。


 近づく。

 終わりが近づく。


 大きく手を振ろう。

 大きく笑ってやろう。

 『星の心臓』が止まるとき、大きく飛び跳ねてやろう。


 世界が終わる瞬間、僕は地上にいませんでした。


 なんてどうだろう。

 誰かに自慢できるかな。

 最期の瞬間を思い描いてみる。


 痛いのかな。

 最初は絶対に痛いよね。

 痛みもなく殺しやる、ってセリフを本で見たけど、絶対ウソだ。


 転んだときと同じくらいかな。

 この前、テーブルに手をぶつけちゃったときくらいかも。

 まさか、よそ見してて壁にぶつかったときくらいじゃないだろう。

 あれ以上痛かったらイヤだな。


 世界が逆さまになる。

 これはいつものことじゃない。


 『星の心臓』の音が止まる。

 これもいつものことじゃない。


 嗚呼ああ

 とても静かだ。


 僕の心臓の音が、よく聞こえる。

 やがてこの音も止まるだろう。


 遠くで轟音ごうおんが聞こえた。

 この世界が崩れる音だろうか。

 この世界を支えるモノが倒れた音だろうか。


 真っ暗で何も見えないや。


 僕の家も、もう見えなくなっていた。


 目をつぶった。

 笑ってみた。

 叫んでみた。


 ありがとう。


 さようなら。


 またね。


 そして、世界は終わった。

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エンド・オブ・ザ・ワールド 天神シズク @shizuku_amagami

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