15
「雷星光!」
星観の叫び声が海へと響く。雷獣の口から電撃が放たれカストルの乗った銀竜を襲う。
だが銀竜は巧みに飛翔しその攻撃を躱す。
それを見て星観は歯噛みした。
もう何度目になるだろうか、こちらの攻撃を避けられるのは。
黒雲の足場を作りながら戦う星観は、自在に空を飛び交うカストルの翼竜に対して移動範囲も移動速度も大きく劣る。
相手に接近しようにも思うように近づけず、攻撃をしてもすぐに逃げられる。
そしてこちらが攻撃を受ける側になっても不利は変わらない。
「くっ、また」
星観の周囲を銀竜の部隊が取り囲む。
敵の懐に入るということはこちらも反撃を受けるリスクを背負うということだ。
翼竜達が次々に口を開き、星観を狙って光線を吐き出す。
「くっ、雷星壁!」
移動手段の限られる星観にとって、至近距離から攻撃を避けるのは困難。
よって雷の壁を発生させ、ダメージを軽減するしかない。
二十体近い竜達の攻撃を凌ぎながら、星観は雷獣を見る。
今までのダメージで大分霊力を削られてる。このままではいずれ雷獣の存在を維持できなくなるだろう。
「雷星光!」
敵の攻撃が止んだタイミングで星観はバリアを解除し攻撃に転じる。
雷獣の吐き出した電撃は翼竜十数体を焼き払った。
だがまだまだ数えきれないほどの銀竜が曇り空を埋めつくす。
敵の数が多すぎる。これではキリがない。
そしてそれは地上で戦うOG達も同じだろうと星観は察する。
一体一体は大した強さはなくとも、倒しても次々に現れる竜の軍団に終わりが見えない。
このままでは自分も先輩達もいずれ霊力が底をつく。
なんとしてもこの聖霊を操るカストルを倒さなければ。
恐らく相手はまだ力を隠してる。こちらも切り札を温存するつもりだったが、もうそんな余裕はない。
星観は覚悟を決め、脳裏に尊敬する祖父の姿を思い浮かべながら歌を紡ぎ始める。
――遠い昔、憧れたあの人の背中を追って。全てを守る為に
――無力な自分に別れを告げる。この手を零れ落ちた過去へ
聖霊を強化するための歌、霊唱。
これにより雷獣の力を極限まで引き出す。その筈だった。
「不快な歌」
苛立ちの籠ったカストルの言葉と共に、彼女の乗った翼竜が口を開き、そこに銀色の輝きが集まり始める。
星観もそれに気づく、だが星観ほどの聖霊術師なら歌いながら戦う術も心得ている。
咄嗟に雷星壁を起動し、電撃のバリアで周囲を覆った。
次の瞬間、翼竜の口から銀色に輝く光線が発射され雷獣を襲う。
光線は雷星壁に衝突するがその勢いは衰えず、防壁を破らんばかりに光の奔流はさらに激しさを増す。
この銀色の光線は今までの攻撃とは威力が格段に違う。
それを悟り、星観のコメカミを冷たい汗が伝った。
「消し飛べえ!」
八重歯を剥き出しにしてカストルは上機嫌に叫ぶ。
その言葉と共に光線は雷星壁を突き破り雷獣へ直撃した。
「きゃああああああ!」
悲鳴を残して星観は地上へと墜落していく。
霊力を失い粒子へと変わり始めた雷獣にしがみつきながら。
「星観!」
ちくしょう!
星観がカストルの攻撃で喰らって打ち落とされるのを俺は地面に這いつくばりながら見てることしかできなかった。
カストルは落下した星観を追って降下する。
早く星観を助けにいかないと、体が動かないなんて言ってる場合じゃない。
俺は紗雪を助けられなかった。このままじゃ星観まで同じ目に遭うことになる。
自分の体を起こそうと地面に手をつく。
兄貴は言った。死神の鎌は相手の肉体には一切傷をつけず魂を切り裂くものだと。
体が無事だってんなら、後は根性さえあれば動く筈だろ。動けよ、このポンコツ!
片腕で体を支えながら、上半身を起こすことに成功する。
近くの木に寄りかかりながらなんとか立ち上がることができた。
そして俺は覚束ない足取りで星観が墜落した場所を目指し足を進める。
海岸沿いの森の中に姫宮星観の姿はあった。
雷獣に乗っていたおかげで落下の衝撃は多少抑えられたが、その雷獣も霊力を失って粒子となって空気へ溶けていく。
星観は痛む体を引き摺りながら周囲を警戒する。
今、敵の追撃を受ければ間違いなくやられるだろう。
その時、パキリと木の枝を踏む音が聞こえ、そちらへ視線を向けた。
自分より数メートル離れた森の奥、そこに白銀の翼竜を従えた少女の姿があった。
星観は無言で彼女を睨みつける。雷獣を倒され、こちらは丸腰に等しい、状況は最悪だ。
その時、カストルは何かに気付いたように自分の頭を覆うフードの中に手を入れる。
少ししてフードで隠れた耳元から、片耳につけるタイプのイヤホンマイクが取り出された。イヤホンからは星観の知らない男の声が響く。
「カストル、夢幻の鍵は手に入れた。もうこの島に用は無い。撤収するぞ」
それを聞き、カストルは不機嫌そうに言葉を返す。
「だったらポセード様だけ先に帰って。私はまだ暴れ足りない」
その答えにイヤホンの向こうからは呆れた気配が返ってくる。
「そうか、好きにしろ。だが奴らを甘く見て足元を掬われるなよ」
その言葉がよっぽど不愉快だったのか、はあ? とカストルは眉根を寄せる。
それきりイヤホンからの通信は途絶え、カストルはそれを投げ捨てた。
一方、今の会話を聞いていた星観は顔を青くして声を震わせる。
「夢幻の鍵が? まさか先生が襲われたんですか」
「ばっかじゃない」
そう言ってカストルは吐き捨てる。
フードに隠れた彼女の青い瞳が地べたを這う星観を射抜く。
「島に来た盗賊が私一人だとでも思った? 最初から私は囮なの。アンタを引き付けてポセード様が相馬幸平を始末する為のね」
始末という言葉が星観の胸に刺さる。幸平のそばを離れるべきではなかったという後悔と彼の安否を危惧する感情が沸き上がってくる。
クククとカストルは不気味に嗤う。
「合わせ鏡に自分の姿を写し、無限に分身を生み出す私のカトプトロン・アペイロン。陽動に使うにはピッタリの能力でしょ」
「カトプトロン・アペイロン?」
その名前に星観は聞き覚えがあった。
その聖霊を持つ者を星観は世界でただ一人しか知らない。
星観の瞳がカストルを捉える。フードを目深に被り顔を隠した少女。
しかしフードからはみ出た銀髪にはどこか見覚えがあった。
「まさか、貴方は」
星観が声を震わせるとカストルは、ニイッと口の端を釣り上げる。
「やっと気付いたんだ」
そしてゆっくりとフードを捲り上げる。
風に靡く銀の長髪、海よりも深いサファイア色の双眸。髪色や髪型こそ違うが、そこにあったのは鏡写しのように星観とそっくりの顔を持つ少女の姿だった。
「貴方は私の双子の星。そうでしょ? ポルクス」
ポルクス、それは本来カストルの持つライオンのパペットの名だ。
だがそれが今はっきりと、姫宮星観を指し示す呼び名として使われた。
見覚えのあるその顔を前に星観は目を見開く。
「姉、さん?」
こんなところで再会するなど夢にも思わなかった。切り捨てたくて切り捨てられない、自分の過去の幻影に。
「ねえ」
呆然とする星観に対し、カストルは無遠慮に話しかける。
「なんでアンタ、姫宮のジジイの聖霊を盗んで聖霊術師の真似事なんてしてるの? ガーディアンにでもなるつもり? なれるわけないのに」
カストルの嘲笑が星観の胸を貫く。
悔しさに歯を食い縛りながら星観は目の前の少女に問いかけた。
「貴方はやはりお爺様を恨んでるんですね」
「お爺様?」
その呼び方にカストルは眉を吊り上げ不機嫌そうに返す。
「へえ、ガーディアンのジジイに育てられてすっかりアイツに絆されたわけだ」
その時、遠くの住宅地の方で爆発が起こる。
星観が空を見ると無数の翼竜が島へと光線を放ち、逃げ惑う人の悲鳴が木霊する。
OG達も善戦してるだろうが、やはり無尽蔵に沸いてくる竜の軍団をいつまでも抑え込むことはできないようだ。
星観は自分と同じ顔をした少女を睨む。この島を守る為にはカストルを倒すしかない。
星観の反抗的な眼を見て、カストルは憎々しげに言葉を返した。
「あのジジイは私達から両親を奪った。なのにアンタはそれを忘れてジジイに手懐けられてるわけだ。元々アンタだってこっち側の人間なのに」
「違う! 私は貴方達と同じなんかじゃない」
平和に暮らしてる人達を踏みにじり嗤っている邪悪な盗賊、自分が彼らと同族などと認めるわけにはいかない。
「だったらどうするの? ジジイから奪った聖霊を使ってまたガーディアンの真似事でもしてみる?」
挑発染みたその言葉を受け、星観はポケットに手を入れ、そこに入っている一枚のカードを掴む。
星観は姫宮宗司の血族ではない。聖霊術師の血など引いてないし、自分の聖霊を生み出すこともできない。
できることと言えばただ一つ。
黄金のタテガミを持つ獅子の描かれたカードを掲げ、星観は声を張り上げる。
「お爺様、私に力を!」
彼女にできるのは、姫宮宗司から盗んだ聖霊をカードから呼び出すことだけ。
今の彼女にはいつものように魔方陣を隠す余力もない。それもカストルの計算の内だろう。
カードの正面に紫の魔方陣が生み出される。
通常、聖霊術師は赤い魔方陣を描いて聖霊を呼び出す。
だが今星観が描く魔方陣はそれとは異なる。紫の魔方陣。それは盗賊がカードに封印した聖霊を呼び出すときに用いるものだ。
紫の魔方陣が電気を帯び、そこから再び
それを見てカストルは、ニイッと口元を歪め翼竜に攻撃指示を出した。
「やれ、カトプトロン・アペイロン」
翼竜が口を開き、そこに銀色のエネルギーが集まる。
一方の星観も腕を前に出し、攻撃態勢に入る。
「雷星光!」
雷獣が口を開き、そこから黄金に輝く電撃を吐き出す。それは一直線にカストルへと向かった。
カストルもそれに負けじと反撃する。
「
翼竜が銀色の光線を放つ。
黄金と白銀、二つの閃光が衝突し拮抗する。だがその威力には明確な力の差があった。
徐々に黄金の輝きが押され始め、星観はさらに出力を上げようと歯を食い縛る。
ここは霊唱を歌って雷獣を強化するしかない。
星観が口を開いたその瞬間、銀光はより輝きを増し黄金を押し返す。
銀色の輝きは徐々に星観へと迫る。
まずい、と彼女は悟った。このままでは直撃は避けられない。
その瞬間、星観の足元の影から闇色の手が生えてくる。
星観が驚いたのは一瞬のこと、すぐにその手は星観の足を掴んで影の中へ引き摺り込む。
次の瞬間、白銀の光弾は星観と雷獣がいた場所を吹き飛ばした。
閃光が晴れ、辺りを静寂が支配する。アルギュロス・ランヴィリズマが通過した場所は木々が倒れ、地面が抉り取られていた。そこに人の姿は無い。
それを見てカストルは鼻を鳴らす。
「逃げたか」
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