14
翌日、目が覚めると体は完全に復調していた。
それは良かったです。先生にも働いて欲しかったのでと言う星観に連れられ俺は砂浜へ来ていた。
そこには二十代くらいと思しきお姉さん達が十数人集まっていた。
聞けば星観が昨日の内に声をかけたのだという。
彼女らは皆、ガーディアン・スクールの卒業生らしい。
つまり星観にとってOGにあたる。
そして全員に共通するのは力及ばすガーディアンに選ばれなかったこと。
彼女らの前に立ち、星観はその場に集まった人達に語りかける。
「皆さん、私の呼び掛けに応じてくれてありがとうございます。今日は皆さんの聖霊術師としての力をお借りしたくこうして集まって頂きました」
どういうことだ? と卒業生達がざわめき立つ。まだ全員には事情を説明しきれてないのだろう。
胸に手を当て、星観は自分の身分を明かす。
「私はガーディアン・スクールの生徒会長、姫宮星観といいます。とある盗賊を追ってこの島に来ました」
はい、俺のことですね。あと正確には前会長ですよ。
「昨日、この島の女の子が盗賊に攫われる事件が起こりました。彼女は盗賊同士の宝の奪い合いに巻き込まれた形になります」
そう言ってつぐみちゃんの話を絡める。
なんか複雑だ。確かにつぐみちゃんがアラネアに攫われたのは事実だが、それ以前に彼女が行方不明になった原因はこちらにあるのに。
しかし星観は自分に不都合な事実は話す気が無いらしい。
「女の子は無事保護されましたが、盗賊達の抗争は終わってません。宝を持ち逃げした裏切り者を追って、より大きな組織がこの島に襲撃に来るでしょう。先の一件でわかるように彼らは一般人を巻き込むことを厭いません」
自分達の島に危機が迫っていると告げられ、OG達の表情にも緊張が走る。
「ガーディアン・スクールからも応援を呼びましたが、船の都合もあって到着は明日以降になります。その前に盗賊が攻めて来たら、私と相馬先生だけでは対抗できない」
故に、と言葉を区切り彼女は訴える。
「この島を守る為に皆さんの力をお借りしたい。かつてガーディアン・スクールで研鑽を積んだ皆さんの力を」
その一言に卒業生達は困惑した様子を見せる。
最初に返事をしたのは大学生くらいのお姉さんだ。
「あのさ、生徒会長さん。あたし達はあんたみたいなエリートとは違うんだよ。ガーディアン試験で自分の限界を思い知ったのよ」
盗賊との戦いを想定したガーディアン試験。その詳細は俺も知らないが当然危険も伴うし、スクールで訓練を積んだとしても誰もが受かるような生易しいものではないだろう。
他のOGからも否定的な言葉が飛び交う。
「それにもう聖霊術師を辞めて何年も経つし、今さら戦えなんて言われても」
「私達じゃ戦力にならないって」
口々に消却的な言葉が零れ落ちる。ガーディアンを目指し夢破れた人達に協力を求めるのはやはり無理があったのかもしれない。
だが星観はこの反応も想定済みと言わんばかりに堂々と言葉を向ける。
「貴方達はかつてガーディアン・スクールで盗賊と戦う力を蓄えてきました。例え夢には届かなくても、自分の限界に挑戦し己を磨き続けた日々は決して無駄ではないと思います」
年下の少女の奮う熱弁に卒業生達が、はっとする。
星観の澄んだ瞳が先輩達を映した。
誠意の籠もった真っ直ぐな言葉は彼女達の心に正面からぶつかっていく。
「もうすぐこの島は戦火に包まれるかもしれない。そんな時大事な故郷を、家族を、隣人を守るための力を私の尊敬する先輩達は持っていると信じます」
拳を握り胸に手を当てると、瞼を閉じて沈んだトーンで彼女は語る。
「私とて皆さんと同じです。スクールを卒業したからといってガーディアンになれるとは限らない。でもそれまで積み重ねた努力をガーディアンとして活かせなくとも、自分の為に活かすことはできる」
星観がそこで言葉を区切ると、辺りに静寂が満ちる。
誰も一言も発さない。誰もが星観の言葉に聞き入っている証拠だ。
瞼を開けると彼女は先輩達を見渡し、心からの願いを吐き出す。
「だからお願いします先輩達、私の未来の姿を見せてください」
しん、と一瞬場が静まり返る。それを最初に破ったのは大学生風のお姉さんだった。
「あんた卑怯だわ。そんな風に言われたら、後輩にカッコ悪いとこなんて見せらんないじゃん」
やれやれと彼女は首を振る。それを皮切りに他の面々も星観への賛同を示し始める。
「確かに、自分の住んでる島がヤバいって時に日和ってられないしね」
「そーそー、私だって昔は最終試験まで残った腕があんだから、盗賊なんか一捻りしてやるって」
一瞬でこれだけの人の心を動かすとは流石と言わざる負えない。
これが前生徒会長、姫宮星観の持つカリスマ性か。
聖霊術師として腕が立つだけでなく、人間もできてる。
スクールで彼女が人望を集めていた理由も今ならわかる。
これが人の上に立つ者の資質なんだ。
「皆さん、ありがとうございます。早速分担を決めて島の警備に当たりましょう」
星観がそう提案する。
その時、急に辺りが暗くなる。空を見ると暗雲が集まり、太陽を覆い始めていた。
なんだ? 雨雲?
急速な天候の変化に戸惑っていると、遥か海の彼方から銀色に輝く翼竜が姿を現し、雲の中に飛び込んでいった。
そして数秒後、雲間から銀竜の大群が放たれ空を覆いつくす。
あの竜は昨日、兄貴や倒れた海賊達を回収してた聖霊だ。間違いなく兄貴の仲間。
「みんな、ヤバいぞ!」
俺がそう声をかけると同時に銀竜が口を開き光線を放ってくる。
白銀の閃光は近くの砂浜に落下し、地面を抉りとった。
OG達の間にもどよめきが広がる。
こいつら、狙いは俺か?
一瞬そう思ったがすぐに違うと悟る。何体かの竜は俺達を無視して島へと進入し攻撃を放ち始める。やつらは無差別に暴れてるだけだ。
この辺は人家が無いからまだマシだが、放っておけば被害は広がる一方だろう。
「皆さん、お願いします」
星観の指示と共に先輩達が手分けして竜を追う。
赤い魔方陣を虚空に描き、思い思いの聖霊を召喚し竜の軍団を攻撃する。
「こいつらー!」「私達の島で好き勝手してんじゃないよ!」
表情を引き締め星観が俺に問いを向ける。
「先生、この聖霊はやはり盗賊の」
「ああ間違いない。こいつらを操ってるのは」
そこまで言いかけたところで場違いに呑気な声が割り込んできた。
「あれー、幸平くんじゃーん」
瞬時に俺と星観は声の方向へ振り向く。
そこには銀竜の背に乗り、右手にライオンのパペットを嵌めて腹話術を披露する少女がいた。紺のパーカーワンピースに身を包み、フードを目深に被って顔はよく見えない。だがそこから伸びる銀髪は見間違えようがない。
盗賊四皇帝の一人、竜使いのカストル。
パペットの口を通して彼女は語る。
「あーあ、つまんないの。こんなに早く幸平くんが見つかっちゃうなんて」
珍しく饒舌な彼女に俺は会話を試みる。
「つまらないって、お前の狙いは俺の持つ夢幻の鍵じゃないのか?」
その問いかけにライオンのパペットは無邪気に答える。
「だからこそだよ。幸平くんが見つからなければ、それまでこの島の人や物を壊し続けるつもりだったのに。あーあ残念、もっと暴れたかったなー」
その一言を聞いて背筋に冷たいものが走る。
こいつは破壊を楽しんでる。俺達人間とは全く価値観が違う。
悪魔だ、そんな言葉が脳裏をよぎる。
俺が固まっていると星観が一歩前へ出て、握り拳を突き出した。
瞬間、黒雲から閃光が落ち星観の正面の地面を叩く。眩い光が俺の視界を埋めた。
その光が収まったとき、そこには黄金のタテガミを靡かせた獅子が立っていた。
星観の聖霊、金銘獅子雷獣。
落雷を利用した高速召喚術。相変わらずこの子が魔方陣を描くところを見たことがない。
「先生、ここは私に任せてください」
「おいおい、一人で戦うとか言わないよな?」
そう問うと、星観はクスリと笑って肩越しに俺へ振り返る。
「相手の狙いは先生の持つ夢幻の鍵です。王将は濫りに動かないものですよ。それにこの戦い、先生ではついてこれません」
雷獣が天に向けて吼え、そのタテガミから電撃を放ち、カストルの乗った竜を襲う。
銀竜は急上昇し、それを躱すと遥か上空へと飛んで距離をとる。
空を縦横無尽に駆る翼竜。あの立体的な動きに攻撃を当てるのは簡単ではないだろう。
そもそもこっちには空を飛ぶ手段がないし。
そう悩んでいると、星観は間を置かず黒雲を指さす。
「雷星雲」
すると雷が連続して降り注ぎ、海の上を照らす。
なんだなんだ? 当てずっぽうに攻撃する気か? そう思ったがどうやら違うらしい。
雷の落ちた場所に小型の黒雲が浮上していた。
中空に浮かぶそれらは階段の様に連なっている。
「いきますよ、雷獣」
星観が雷獣の背に乗ると、黄金の獅子は砂浜を蹴って駆け出し、空に浮かぶ小型の雲に飛び乗る。自分で作った雲を飛び移っていき、空を舞う竜の軍団へと接近すると雷獣の口から電撃が放たれ翼竜達を十体ほど焼き払った。
すげえ、あんな方法で空中戦に挑むのか。
星観はそのままの勢いで、カストルの乗った竜に近づき雷撃を放つ。
閃光がカストルの眼前にまで迫り、彼女が舌打ちするように口元を歪める。
至近距離からの攻撃に回避が間に合わなかったのだろう、カストルはその竜から飛び降り、別の竜へと乗り換える。
直後、先ほどカストルの乗ってた竜が雷光に焼かれ消し炭となった。
確かにこんな戦いにどうやって俺が割って入るんだって話だわな。
とはいえみんなが戦ってる中、俺だけ指を咥えてるわけにはいかない。
星観を追いかけよう、カストルを倒せばこの竜軍団もなんとかなる筈だ。
目まぐるしく空中戦を展開する星観とカストルを追って砂浜を走る。
しかしあちらは海の上で戦いながらどんどん遠ざかっていく。追いかけるのも一苦労だ。
砂浜が途切れたところから歩道へ上がり、林道へ突っ込む。
林の隙間からは海が見え、そこでは星観とカストルが熾烈な戦いを繰り広げている。
待ってろ星観、今援護するぞ!
そう思っていた時、空気を切り裂く音が耳に響き、俺は咄嗟にその場に伏せる。
さっきまで俺の上半身のあった場所を鋭い鎌が飛び交うのがわかった。
この見覚えのある鎌は。
俺は立ち上がり、正面に現れたその男の姿を見据える。
紫の長髪、耳に刺した十字架のピアス。そして彼のトレードマークである漆黒のマントを羽織った長身の青年。
その傍らには紫のローブを纏った骸骨の聖霊が立っていた。
「兄貴」
海賊王ポセード。彼は氷の様に冷たい瞳で俺を射抜く。
「お前の相手は俺だ。幸平」
いいぜ。俺も丁度アンタに会いたかったところだ。
俺は懐から二枚のカードを取り出し正面へと翳す。
虚空に紫の魔方陣が生まれ、そこから闇色の体を持つ黒猫が飛び出す。
だが相手は俺の召喚が終わるまで待ってくれるほど人間ができていないようだ。
死神が鎌を携え、こちらへ斬りかかってくる。
前回はあの鎌に魂を切り裂かれ丸一日動けなかったんだ。あの攻撃を喰らうわけにはいかない。
黒猫は影となり俺の両腕に巻き付く。
両手からは漆黒の三本爪が伸び、咄嗟にその爪で鎌を受け止める。
だが死神の攻撃は一度では終わらない。目にも止まらぬ神速の斬撃が二度三度と放たれる。前回はあまりの速さに防ぐことすら叶わなかった。
だが今回は違う。死神の放つ雨のような連撃を俺は闇色の爪で全て受けきる。
攻撃が通らないと悟ったのか、死神は一旦引いて俺と距離を取った。
兄貴が感心したように言葉を吐き出す。
「どうやらこの前とは違うようだ。新たな聖霊の力か」
兄貴にはお見通しみたいだな。
前の戦い、サイレント・アサシンの力だけでは死神ハロス・スィオピに太刀打ちできなかった。だが今の俺には紗雪から託された心言霊鳥シムルグがある。
既に俺達の周囲には心言領域が展開されている。お陰で兄貴の心の声を聞き、次の攻撃がどこにどんなタイミングで来るのかがわかるようになった。
これで死神の攻撃に何とかついていけるようになってるわけだが、言ってしまえば二体の聖霊を使っても防戦に徹するのがやっと。こちらから攻める隙が全く見当たらない。
これが兄貴との実力差なのか。
こうして向かい合っているだけでも兄貴からは鋭い殺気が伝わってくる。こちらから仕掛けようとした瞬間、返り討ちに遭う。そう感じさせるぐらい全く隙が見当たらなかった。
そこで兄貴はポツリと呟く。
「心言霊鳥シムルグ、お前はその聖霊の本当の力を引き出せていないようだ」
「何?」
本当の力って何のことだよ?
俺の疑念に答えるように兄貴は語りだす。
「その聖霊はアラネアを倒すほど強大な力を持つ。だがお前は精々他人の心を読むくらいしか活用できていないようだな」
やはりあの時アラネアを倒したのは紗雪だったのか。
だがシムルグにそんな凄い力があるのか? 俺の知ってるシムルグの能力は他人の心の声を聞き、心の声で会話する程度のもの。到底戦闘向きとは思えない聖霊だ。
一体紗雪はこの聖霊をどうやって使ったんだ?
俺は兄貴の眼を睨み返す。
俺が兄貴に敵わないのはわかってる。
まともに戦って勝てなくても、せめて紗雪だけは助け出したい。
交渉を持ちかけるんだ。その一念で俺は口を開く。
「なあ兄貴、アンタが欲しいのは俺の持つ夢幻の鍵だろ。くれてやってもいいぜ」
「ほう」
俺の言葉に兄貴は眉を開いた。
言葉で相手の油断を誘って奇襲を仕掛けようなんて愚かな作戦ではない。そもそもそんなものが通じる相手ではないとわかる程度には賢いつもりだ。
「その代わり紗雪を返してくれ。頼むよ、可愛い弟子に免じて」
やってることはカッコ悪い命乞いだ。
夢幻の鍵を守ろうとしている紗雪や星観の想いを裏切ることになる。
だとしても俺は、紗雪が無事に帰ってくることを一番に望む。
「幸平、お前はもうちょっと利口な男だと思っていたが」
溜息とともに吐き出された冷たい言葉が俺の心臓に刺さる。
「どういう意味だ?」
嫌な予感を感じて冷たい汗が流れる。兄貴が言おうとしていることに内心勘づきながらもそれを認めたくない自分がいる。
兄貴は無情にもその言葉を吐き出した。
「俺がここにいる意味を理解しろ。俺は既にあの女の腹を引き裂いて夢幻の鍵がないことを確認したからこそ、ここに来たんだ」
はっ?
頭が真っ白になった。言葉の意味は分かるのに脳が理解を拒否する。
「あの女、自分が解剖される瞬間までお前の名を呟いていたぞ。尤も腹を裂かれてからは苦痛の声しか上げられなかったようだが」
何を言っている? 何を。えっ、紗雪が? どうなったって?
「夢幻の鍵を持ってないならアイツには用はない。死体は海に捨てて今頃鮫の餌にでもなってるだろう」
どこまでも酷薄に、兄貴はそう吐き出した。
紗雪を殺したと。生きたまま腹を切り裂き、地獄の苦痛の中で惨たらしく殺したと。
そう言ってるのだ。
それを理解した瞬間、俺の中の全ての負の感情が目の前の男に向いた。
「うわああああああ、兄貴いいいいいいいいい!」
腕に宿った漆黒の爪が激しく鼓動する。俺の憎しみに呼応してサイレント・アサシンの闇が増幅しているのがわかった。
俺の影が長く伸びる。その陰から無数の闇色の手が伸び、兄貴を襲う。
「愚かな」
兄貴がそう呟いた時、俺は自分の胸に死神の大鎌が刺さっていることを理解した。
「ぐあああああああ」
激痛が魂を貫き、その場に倒れる。
同時にサイレント・アサシンの生み出した闇が霧散した。
地面をのたうち回る俺を見下ろしながら冷酷に兄貴は告げる。
「身の程を知れ、ハロス・スィオピの攻撃を防ぐだけで精一杯だった貴様が、今まで防御に回していた力を全て攻撃に転化したらどうなるか」
ちっくしょう。兄貴め。
じゃあ今の話は俺を動揺させて、守りを崩す為に?
気付けば夢幻の鍵は俺のポケットから転がり落ち、無造作に地面に叩きつけられていた。
身動きの取れない俺の目の前で兄貴はその鍵を拾う。
「お前ごときの力では何も守れない。これが現実だ」
そう言い残して、彼は踵を返す。
俺は地面に倒れたまま、その背中を見送ることしかできなかった。
ちくしょう。ちくしょう。許さねえ、兄貴!
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