インチキ教師と孤高の少女
3
四月半ば。訳あって新年度の開始には少し遅れたが、今年からこの学校に赴任し、今日からこのクラスの担任となる新任教師、相馬幸平。それが俺の設定だ。
説明を終え、俺は生徒達を見渡す。
「じゃあ、質問がないようなら早速授業を始めるけど」
「はいはいはーい! 質問ありまーす!」
俺の言葉を遮って、元気よく挙手するゆるふわウェーブのチビッ子が一人。
「はい、紗雪。なにかな?」
俺が彼女に返事をすると、紗雪はハイテンションに疑問をぶつけてくる。
「せんせー何歳なんですか? すごく若いですよね」
「まあ、大学出たばかり、とだけ言っておこうか」
俺は意地悪く笑ってそう返す。まあ嘘だけど。
俺は裏工作で教職についたインチキ教師だ。大学なんて行ってないし、教員免許もない。
歳は十九才、こいつらとひとつふたつしか変わらないだろう。
そんな俺の本心など露知らず紗雪は興味津々と言った様子で言葉を紡ぐ。
「じゃあ二十代前半くらいですか。彼女は居ますか?」
「今はいないなあ」
一体この質問はどこへ向かうのかと困惑しながら答えると、紗雪はキャーと嬉しそうな声を上げる。
「えー、いないんですか。こんなにカッコいいのに、意外ー。じゃあ私が」
「紗雪ちゃん」
何か言いかけた紗雪を遮って、星観が割り込んでくる。
彼女はニコリと微笑みながら紗雪を窘めた。
「はしゃぎすぎですよ。そういうプライベートに踏み込んだ質問は先生も困ってますし」
そんな風に注意されても紗雪のテンションは留まることを知らない。
「だって気になるじゃないですか! こんな若い男の先生が来るなんて初めてですし、私はクラスみんなの心を代弁して聞いてるんですよ」
えっ、そうなの?
確かにこの学校は女性の教師が多いし、たまに男がいてもせいぜいお爺ちゃん先生くらいだ。女子高育ちのお嬢様には俺の存在が新鮮なのだろう。
見れば何人かの女生徒は紗雪の言葉にうんうんと頷いているし。
紗雪は相も変わらず、俺に新たな質問をぶつけてくる。
「じゃあじゃあ先生の好みの女性を教えてください!」
その質問を受けた時、突き刺すような視線を感じた。
視線の方に目を向けると、席に座った静佳がじっと俺のことを見つめていた。
俺と目が合うと、彼女はすぐに顔を逸らす。
えーっと、これはどう解釈すれば?
こんな雑談タイムは早々に切り上げて授業を始めてくれ、みたいな冷たい視線だった。
ふむ、確かに初っ端から紗雪のペースに呑まれてたらいかんな。生徒に舐められては教師として終わりだ。
「俺の好みの女性は年相応の落ち着きがあって、大人しく授業を聞いてくれるようないい子だな」
「あっ、それ嫌味ですか? 私に対する嫌味ですか? ぶーぶー!」
楽し気にブーイングを飛ばす紗雪を眺めながら、俺は黒板をコツンと叩く。
「さあ、授業を始めるぞ」
聖霊術師とは己の魂から聖霊を生み出し戦わせる能力者のことである。
そして聖霊を使いこの国の平和を守る人間をガーディアンと呼ぶ。
ではガーディアンとは具体的に何をする存在なのか、基本的なことだし既に知ってる人も多いだろうが、復習も兼ねて今日の授業はそこから始めよう。
ガーディアンの仕事は主に特定の土地を守護することだ。
魔物や悪霊が封印された場所、財宝や古代のアーティファクトが眠る遺跡などのある土地を任せられることが多い。
そしてこの学校の敷地内にもそれらに類いする場所がある。そうだよな、星観。
「はい、生徒会の管理する地下迷宮のことですね」
俺に話を振られた星観は優等生然とした様子で淀みなく答える。
そう、この学校の裏手にある地下迷宮。今日はそれにまつわる話をしよう。
五百年ほど昔、魔女と呼ばれる存在が現れこの世界に破壊と混乱をもたらした。
魔女の操る強力な聖霊は
人類は聖霊術師をかき集め、総力戦で魔神と戦ったという。
そして魔女を打ち倒し、魔神を地下迷宮の地下百階へと封印した。
それがこの学校にある地下迷宮だ。結局、人類は魔神を殺す方法を見つけることができず封印という手段に頼るしかなかったのだ。
その後、聖霊術師達は魔神の封印を守る為、地下迷宮のあるこの土地を守護している。
そこまで俺が説明したところで、一人の少女が手を挙げた。
「先生、質問があります」
凛とした声でそう告げたのは日本人形のような黒髪の少女、静佳だ。
「魔神は五百年前に、迷宮の地下百階に封印されたと言いましたね。その封印が五百年間、一切の綻びもなく維持されているとは到底思えません」
怖いくらい真剣な顔で静佳はそう告げる。
ああ、お前の懸念は尤もだ。数十年に一度、魔神の動きが活発になる時期があるらしい。
正確な周期は不明だが、その時期になると魔神は暴れ出し、封印を破って上の階に上がってくる。この五百年の間、魔神は少しづつ封印を壊しているという。
魔神の動きが前回観測されたのは十年前、その時は地下十階ほどまで這い上がっていたというデータがある。近い将来、本格的に魔神の対処法を考えないといけないだろうな。
それも次に迷宮を守護するガーディアンが決まった時、そいつの仕事になるだろう。
「地下、十階」
静佳はそう反芻して、難しい顔を浮かべる。
なんだ。やけに深刻な顔をしてるな。大丈夫大丈夫。まだ十階くらい余裕があるんだ。
次に魔神の動くのなんて数十年先になるだろうって専門家も予測を立ててるみたいだし。
今すぐ世界の危機になるとかそういうことにはならねーよ。
彼女を安心させようと、そう言って笑い飛ばす。だが静佳の顔が晴れることはなかった。
うむ、では話題を変えようか。ここまでガーディアンが迷宮を守る存在だという話をしてきたが、何から守るということは話していなかったな。
守る必要があるということは、必然迷宮に侵入しようとする外敵の存在を仄めかしている。それが盗賊と呼ばれる人種だ。
ここに集まってるみんなも、将来ガーディアンを目指すなら盗賊とも戦うことになるだろう。
聖霊術師は生まれながらにして霊力を操り、聖霊を生み出す力を持った特殊能力者だ。
能力の有無は血筋や遺伝によって決まる。
つまり聖霊術師の子は聖霊術師。普通の人間の子は普通の人間ということだ。
そして聖霊術師の家系はその力を使い様々な功績を打ち立てて来た為、お金持ちの家が多い。この学校に通う生徒も良家のお嬢様が大半を占めるわけだ。
一方で盗賊というのは霊力を持たない普通の人間だ。
だが盗賊には聖霊術師に対抗する特別な秘術がある。
ガーディアンが強力な聖霊を操ろうとも、必ずしも優位に立てるとは限らないわけだ。
「せんせーせんせー! 質問です!」
はいはいっとテンション高く挙手したのはゆるふわウェーブの茶髪っ子、紗雪だ。
「盗賊の人達はどうして迷宮を狙うんですか? 魔神が復活しても誰も得しないのに」
確かに、ここの地下迷宮に限って言えば魔神が眠るということで周りからは恐れられているし、盗賊に襲われたという話もそれほど多くない。
確か数年前に迷宮に忍び込もうとした盗賊がいたが、姫宮宗司に捕らえられたらしい。それ以来、迷宮を狙った盗賊の犯行記録はない。
この学校に入学してほんの一年ちょっとしか経ってない彼女達には、迷宮が盗賊に狙われると言われてもピンとこないのも無理はない。
答えは簡単だ。魔神の話ばかり有名になってるが、ここの地下迷宮にも貴重な古代のアーティファクトが眠っている。
例えば迷宮内には侵入者を排除する為に作られた警備ゴーレムが何十体もいる。どれも迷宮が作られた五百年前から稼働し続けている一級品の霊力兵器だ。それらを盗み出して悪用したり、高値で売り捌こうと企む盗賊がいるのも無理はないだろう。
へーっ、と紗雪が納得した声を出す。
彼女の質問への回答はこのくらいでいいかと判断して、俺は授業を進める。
じゃあ、次は五百年前の魔女狩り戦争について詳しく話そうか。
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