4
昼時の学食は沢山の生徒達で賑わっていた。
定食を買ったはいいものの、空いてるテーブルを探すのも一苦労である。
お盆を手に席を探しているとそこに元気な声が飛んできた。
「せんせーい、こっちこっち」
声の方向に目を向けると、紗雪が四人席に座ってこちらに手を振っていた。
「ここ、こちらのお席が空いてますよ!」
ふむ、ここはお言葉に甘えさせてもらおう。
俺は彼女の席へと近づき、カツ丼定食をテーブルに置くと紗雪の正面に腰を下ろした。
「サンキュー紗雪」
「いえいえ、せんせーと一緒にご飯食べられるなら席取りくらい昼飯前です!」
言って笑いながら彼女は、自分の皿に盛られたパスタをフォークに巻いていく。
どうも、この子には懐かれてるようだ。
「いや、昼飯中じゃね」
「そこに気づくとはなかなか鋭いですね」
中身のない会話をしつつ俺も食べ始めるか、と思ったところであることに気付いた。
「箸忘れた」
「せんせーはおっちょこちょいさんですねー」
お箸ならあそこにありますよー、と紗雪が指差す先を見ると、スプーンフォークや小皿等がひとまとめに置かれてる一角があった。
取ってくると言って俺は席を立つ。
箸を無事ゲットして席に戻る途中、お盆を持ってキョロキョロしてる静佳を見つけた。
「おっ、静佳じゃん」
そう声をかけると、彼女もこちらに気づく。
「先生」
「今一人? 席探してるなら一緒にメシ食おうぜ」
「なんだかナンパみたいな言い方ですね」
静佳は呆れたようにそう吐き出す。
「ご迷惑でないなら、ご一緒させていただきます」
「おう、んじゃこっちな」
彼女の返事を受けて静佳を席へと案内する。だがテーブルが近づくと静佳は足を止めた。
「おっ、どうした?」
彼女の視線の先を見ると、席に座っていた紗雪がいた。
紗雪も俺達に気付いたようで、静佳を見て固まってる。
二人はルームメイトでクラスメイトなのだ。一緒にメシを食うくらい問題ないだろう。
俺はそんな風に軽く考えていた。
だから静佳の次の言葉を聞いた時、驚きを隠せなかった。
「すいません、他の友達との約束を思い出したので失礼します」
「えっ!」
俺の返事を待たず静佳は踵を返しその場を離れる。
その背中を俺は呆然と見守ることしかできなかった。
「せんせー、昨日私が言ったこと忘れたんですか?」
紗雪の呆れた声が俺の背に刺さる。
「私は静佳さんに嫌われてるって言ったじゃないですか」
えっ、あれマジな奴だったの。
まさか一緒に飯食うのも避けられるレベルで嫌われてるとは思わなかった。
静佳のことは諦めて俺は席に座る。
「お前らがそこまで仲悪いとは思ってなかったわ。何があったんだ」
「色々あるんですよ。女の子には色々」
諦めたようにそう言って彼女は皿の上でくるくるとフォークを回す。
ふーむ、女子特有の確執とか何かなのか。よくわからんし、紗雪も詳しいことを話す気はないらしい。
ちゃんとした教師なら彼女達を仲直りするよう仕向けるのだろうが、残念ながら俺はちゃんとした教師ではない。
俺は凛音を捜す為にこの学校に来ている。目的を達したらすぐにでもここを去るつもりだ。生徒達の人間関係のトラブルよりも優先すべきものが俺にはある。
凛音の行方を捜すにあたって、この学校で一番きな臭い場所には目星をつけてある。
とはいえそこを調べるには生徒会選挙が進まないといけない。
今は他の可能性も考えて情報収集をしよう。
俺は話題を変える様に正面に座る紗雪に話しかける。
「なあ紗雪、なんかこの学校の面白い話してくれよ」
「うわあ、スーパー無茶振り来ましたね」
苦笑と共に彼女はそう返す。
半年前に同じ学校の生徒が行方不明になったことを彼女は知っているだろうか? 直接そこに触れるのは避けつつ情報を引き出したい。
「この学校にまつわる不思議な話とかってない? オカルト的なものでもいいし、なんか神隠しがおきるとかそんな噂でもいいし」
この言い方で俺が凛音の行方を探ってると勘づかれるだろうか? ドキドキしながら紗雪の反応を待つ。
紗雪は二パッと明るく笑いながら、俺の言葉に喰いついた。
「オカルトと言ったら七不思議ですかね。私そういう噂には詳しいですよ」
嬉々とした様子で彼女はこの学校に伝わる七不思議を語り始める。
どこの学校にもこの手の怪談話はあるらしい。
俺はその中に凛音の手掛かりがないか、注意して話を聞いた。
トイレの開かずの間に見知らぬ女の子が現れる。放課後、誰もいない音楽室からピアノを弾く音が聞こえる。夕暮れの屋上はあの世と繋がっていて、屋上に来た生徒を連れ去ってしまう。そんなオーソドックスな怪談話をいくつも聞かされた。
午後の授業はグラウンドでの実技演習だ。
離れた場所に的となる案山子を設置し、聖霊を使ってそいつを攻撃する。
ここでも抜きんでた実力を発揮したのは、前生徒会長の姫宮星観だった。
黄金の獅子が空に向けて吠えると雷雲が集まる。そして天から放たれた雷の一閃が案山子を焼き払った。
五回の攻撃チャンスで彼女は五体の案山子に全弾命中させる。
ここまで正確無比に攻撃を操れる生徒は他にはいない。
聖霊術師としての技量は生徒の間でも個人差がある。未熟な子は聖霊が殆ど実体化せず、攻撃しても透けてしまうなんてこともある。
「いけ、サイレント・アサシン!」
次は静佳の番である。彼女は赤い魔方陣を描き、お得意の黒猫を召喚する。
その猫で数メートル先の案山子を攻撃させるつもりなのだろう。
しかし静佳の意に反して猫さんはとことこと歩いていた後、疲れたのかクテンと転がってお昼寝を始めてしまった。可愛い。
「あっ、ああ」
その光景に、静佳は目元をピクピク震わせなが失意に呻く。
「静佳の記録は零点な」
「先生!」
俺が記録をつけてると、彼女はこちらに強い視線を向けてきた。
「あの案山子、ぶん殴ってきていいですか?」
「駄目だ。あくまでこれは聖霊術の授業だからね。聖霊を使って攻撃しなさい」
その答えに、ぐぬぬと静佳は歯を食いしばった。
相変わらずこの子は聖霊の扱いが苦手なんだな。ポテンシャルはあると思うんだが。
静佳と星観、ともに生徒会選挙で勝ち残った次期会長候補なのにこうまで対照的な結果が出るとはね。
えーっと、次は紗雪。あれ、紗雪はどこ行った?
「せんせー、私は体調が優れないので見学してます」
元気な声が響いたのでそちらを見ると、紗雪は他の生徒とは離れた木陰で体育座りをしていた。
「お前のどこが体調不良なんだよ。さっきも元気いっぱいにメシ食ってたじゃねーか」
「男の人にはわからないんですー」
いーっと彼女は口を尖らせる。
えっ、それはひょっとして女の子の日とかそういうあれですか。男は深く聞いちゃいけない的な。
「あの子、実技の授業ではいつもズル休みしてるので気にしなくていいですよ」
そう口を挟んできたのは静佳だ。
あっ、そうなんだ。
そう言えば生徒達の前年度の成績を見た時、紗雪の評価がやけに低かったな。
実技の授業はほぼ見学で、授業中に彼女が聖霊を召喚したことは一度もない。座学の授業でもサボりの常習犯。当然成績もボロボロらしい。
うーむ、一応あとでお説教の一つでもしておいた方がいいのかね。
そんな風に考えながら授業は進んでいった。
昼時に紗雪から聞いたこの学校の七不思議。その中の一つに気になる話があった。
夕暮れの屋上の怪。夕方の屋上はあの世と繋がっており、一人でそこに来た生徒を連れ去ってしまうという。
この手の話は実際に神隠しが起こり、それが怪談となって語り継がれているケースがある。つまり、過去に屋上で行方を晦ました生徒がいるのではないか?
凛音の行方不明と結びつけるのは安直かもしれないが、今は僅かな手がかりにも縋りたい。そう思って放課後、屋上へと行ってみたのだが。
「なんだこれ」
屋上へと続くであろう鉄製の扉は、生徒立ち入り禁止の看板と共に南京錠で閉ざされていた。
なんだよ。結局屋上には入れないのか。
俺は諦めて階段を降りることにする。その途中、踊り場にあった鏡が目に入った。
自分の姿が丸々映る大きな鏡だ。鏡の先には俺がいる階段と全く同じ景色が続いている。
まるで鏡のむこうにもう一つの世界が広がっているような錯覚を覚えた。
階段の踊り場にある大鏡と言えば、怪談話では定番のスポットだよな。
不思議なことに紗雪から聞いた七不思議の中にこの大鏡にまつわる話はなかったが。
まあいいか、と頭を切り替え俺は階段を下りる。
下の階の廊下につき、さらに次の階段を下りようとした時、後ろから俺を呼ぶ声が届いた。
「あれっ、せんせーじゃないですか」
その声に振り向くと、紗雪が屋上へ続く階段から下りてくるところだった。
えっ? こいつ今どこから来た?
「こんなところに何か御用ですか?」
紗雪が小首を傾げて聞いてくるが、むしろこっちが聞きたいくらいだった。
「そりゃこっちの台詞だ。お前今どこから来た?」
紗雪の降りてきた階段の先にあるのは大鏡と屋上へと続く扉だけだ。
その扉は開かないことをついさっき俺が確認したばかりだし、ここに下りてくるまでの道程で誰もいないことを確認している。
紗雪は照れ臭そうに笑いながら言葉を返した。
「いやー、実は屋上でサボって寝てたんですよね」
「いや、屋上って鍵閉まってただろ」
「細かいことはどうでもいいじゃないですかー」
あははと笑いながら紗雪は俺の横を追い抜いて下の階へと足を進める。
細かいって。
話は終わりだと言わんばかりに紗雪はポケットから煙草っぽい箱を取りだし、煙草っぽい白い棒状の何かを口に咥えた。
あれやっぱり煙草なのかな? でも火をつけてる様子はないし。
口に挟んだ棒をピコピコ動かしながら、彼女は俺に抗議の視線を向けてきた。
「あっ、せんせー今、コイツいつもサボってばっかりだなとか思いましたね?」
えー、別に思ってないけどそう言えばこの子サボりの常習犯なんだっけ。
「俺は今日学校に来たばかりだからお前の普段の態度とか知らんけど、お前の前年度の成績酷かったし授業はちゃんと出た方がいいぞ」
と、まるでまともな教師みたいなことを言ってみる。
それに対して紗雪は脱力した様子で言葉を返す。
「別にいーですよ成績なんて、ガーディアンなんてなりたくないですし」
えっ、そうなの?
この学校に通う生徒は皆ガーディアンを目指すものではないのだろうか。
そう疑問に思っていると、紗雪は自分の事情を話し始める。
「私、家の都合で無理矢理この学校に入れられたんです。元々は本土の普通の学校に通ってたんですよ」
そうなのか。名家のお嬢様となると庶民にはわからん苦労があるみたいだ。
「せんせーが思ってるようなお嬢様じゃないですよ私。元々はお母さんと二人で普通の家で慎ましく暮らしてたんです」
苦労を滲ませる顔で溜め息を吐くと彼女は憂鬱そうに言葉を続けた。
「お父さんなんて会ったこともないし、どんな人なのかも知らなかった。それがある日突然現れて、本家は聖霊術師として代々栄えてきた名家だから私を後継者にしたいって、それでお母さんとも暮らせなくなったしこんな僻地に押し込められるし。散々ですよ」
寂しそうに紗雪はそう語った。
紗雪と別れ、廊下を歩きながら俺は考える。
七不思議の屋上の怪、封鎖された屋上。
どうも腑に落ちない。屋上は出入り禁止なのになんであんな怪談が生まれるんだ?
それにあの時、紗雪はどこから来た?
色々な疑問に頭を悩ませていると不意に近くからピアノの音が響いてきた。
音源の方向に目をやるとそこには一つの教室がある。
確かあそこは音楽室だったか。そこまで考えて俺は紗雪から聞いた他の怪談を思い出す。
七不思議の一つ、音楽室の怪。
放課後、誰もいない音楽室からピアノの音色が聞こえるというあれだ。
ヒー、怖い怖い。なんちゃって。
いいだろう七不思議。そっちから来るなら容赦しない。俺が七不思議の謎を解いてやるよ。
そう意気込んで音楽室の扉に近寄る。
扉の中央はガラス張りになっており、そこから中の様子が窺える。
するとあらびっくり。別に七不思議でもなんでもなく普通に人が演奏していた。
暫く見ていようかと思ったが、不自然なタイミングで演奏が止まる。
どうしたんだろう?
ピアニストちゃんは難しい顔で譜面と睨めっこしていた。
ちょっと話しかけてみるか。
俺は扉を開けて室内に足を踏み入れると同時に朗らかに挨拶した。
「おーす、星観! こんな時間まで練習か?」
俺の声を受け、金髪碧眼のピアニストちゃんはこちらを見た。
「あら、相馬先生」
「聞いたことない曲だったけど、なんて曲?」
言って俺は彼女の元へ近づき譜面を覗き込む。
その譜面は明らかに曲の途中で途切れていた。ここから先はまだ未完成であるというように。それを見て俺は察する。
「これは、ひよっとして星観が作ってる曲か?」
俺の問いかけに、少女はこくりと頷いて答えた。
聖霊術師は
彼女が放課後の音楽室を利用して作曲を行っているのもそう不思議な話ではない。
楽譜の上に踊った歌詞を目で追う。元は仲の良かった友達同士が意見の食い違いでバラバラになる、そんな内容に読み取れた。
「悲しい歌なのかな?」
少なくともその歌詞には悲劇的な要素しか感じられず、率直な感想を口にしていた。
「いえ」と星観は否定する。「悲劇を乗り越える為の歌です」
「そっか」
ならば未完成の残りの部分できっと仲直りするのだろう。そう思うことにした。
「ところで」と星観は椅子を引き、こちらに体を向ける。「先生は何故こちらに?」
「あーいや、大した理由はないのよ。七不思議の一つに誰もいない音楽室からピアノの音が聞こえる、みたいな話聞いてさあ」
そういや七不思議繋がりで思い出した。閉鎖された屋上、その階段の途中にどこからともなく現れた紗雪のことを。ちょっと星観に聞いてみるか。
「なあ星観、この学校に隠し通路とか隠し部屋があるなんて話聞いたことないか?」
あの時、紗雪はどこから来たのか。隠し通路でもなけりゃ説明がつかん。
俺の質問に星観はポカンとした顔を見せた後、やがてクスクスと笑いだす。
「隠し通路って。先生、この学校は忍者屋敷じゃないんですから」
うっ、なんかすげー恥ずかしい。まあ普通の生徒ならそういう反応をするよな、と思ったところで星観は普通の生徒ではないことを思い出した。
「この学校はお爺様が創られたものです。私もお爺様からこの学校のことを沢山教えてもらいました。
隠し通路や隠し部屋なんて、もしそんなものがあるなら私が知らない筈ありませんよ」
お爺様、この学校の創設者にしてかつて地下迷宮を守護していたガーディアン、
そういえば星巳はあの人の孫娘だった。
数年前、彼が病でこの世を去ったことにより、現在迷宮を守るガーディアンは不在となり、一時的にこの学校の生徒会が迷宮を管理している。
だが学生はあくまで学生、正式なガーディアンではない。やがてはこの学校の卒業生が迷宮の正当な守護者を引き継ぐことになるだろう。
とりあえず隠し通路の類いが無いのはこれではっきりした。
「なるほどなあ、星観はお爺ちゃん子だったのか」
話題を変えるように俺がそう返すと、彼女は上機嫌に首肯した。
「ええ、お爺様は私の尊敬するガーディアンです。私もお爺様の遺志を継いでこの学校を守りたい」
紗雪はガーディアンになんかなりたくないと言った。対照的に星観は偉大な祖父と同じ道を目指したいという一心で努力を続けてるようだ。
彼女は儚げな眼差しを浮かべ、窓の外へ視線を向ける。
「あの迷宮には、誰も立ち入られません」
確固たる決意を込めてそう口にした。
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