第13話 きっかけ

「遂に俺達も卒業かぁ」


 勇人は卒業証書を抱えながら感慨にふける。

 久遠村は過疎化の進んだ村だ。

 一学年にいる生徒の数は二桁もいかない。

 故に中学生になれば村の外にある学校に通わなくてはならない。


「正輝。本当に行っちゃうのか?」

「あぁ」


 勇人の問いに正輝は短く答える。

 正輝は四月から更に遠くの学校に通う事が決まっている。


「僕はもっと野球が上手くなりたいんだ」


 正輝の通う中学は全国でも有名な強豪校だ。

 キッカケは彼らが出場した少年野球の大会だ。

 見事全国大会に出場し優勝を決めたことが強豪校のスカウトの目に留まったのだ。


「勇人だってスカウトされてたじゃないか。何で行かなかったんだ?」


 正輝は勇人を睨み付ける。

 彼は知っていた。

 スカウトの本命は正輝ではなく勇人であったことを。

 当然の話だった。

 大会中、勇人の活躍は正にエースで四番だった。

 投げれば相手打者からバッタバッタと三振を取り、打てば大ホームラン。

 歩かせようものなら盗塁でかき乱す。

 チームを声とプレーで鼓舞する正しくチームリーダーと呼べるものだった。

 そんな彼にスカウトが来ないはずがなかった。

 それでも勇人は断った。


「いや……それはだな……」


 スカウトを断った理由を尋ねられた勇人は答えに窮する。

 条件面は悪くなかった筈だ。

 寮住まいになるが学費などの費用は全て学校側が受け持つと明言するし、試験も免除される。

 中学校から大学まであるから受験勉強も考えなくていい。

 そんな好条件を出されても行かなかった理由を聞いても勇人は答えない。

 らしくない態度に正輝が苛立っていると、二人を呼ぶ声が聞こえてくる。

 振り返ると陽奈と菜月がこちらに向かってきていた。


「いたいた。二人とも何してるの?」

「いや、ちょっと思い出に浸ってな」

「思い出ぇ?勇人の口からそんな言葉が出るなんて明日は嵐かなぁ?」


 ニヤニヤと茶化してくる菜月に勇人はうるせえと不機嫌な顔をする。


「菜月ちゃん、それぐらいにしよう。ところで、それで二人は何の話をしていたの?」


 二人を諫めた陽奈は正輝に状況を尋ねる。


「勇人は僕と同じ学校に行かない理由を聞いていたんだ」

「あ、それアタシも知りたかったヤツだ」

「そう言えばそうね。ねえ、勇人君は何で行かないの?」


 三人の疑問が勇人に向く。


「えっと……ほら。弱いチームに行って勝たせるってなんかカッコいいじゃん!そう言うのに憧れてさ――――――」


「――――――嘘だね」

「――――――嘘だな」

「――――――嘘ですね」


 勇人が言い終わる前に全員から否定された。


「アンタがマンガみたいな展開に興味があるのは知っているけど、今回は嘘だってわかるわ」

「菜月ちゃんの言う通りだよ。勇人君がわざわざ正輝君と違う学校に行くなんて考えられないよ」

「そう言うことだ。なんでそんなわかりやすい嘘をついたのか教えてくれ」


 三者に見つめられ勇人の視線は明後日の方向に向くがそんな子ことをしても無駄なことぐらいわかっている。

 それから数秒して観念した様に大きく息を吐く。


「――――――離れたくないんだよ。この村からさ」


 ここで正輝と同じ学校に行けば確かに野球は上手くなるかもしれない。

 しかし、それは故郷とも彼女達とも離れなければならないことを意味する。

 そんなのは嫌だ。

 ここで故郷から離れれば彼女は、陽菜はどうなる?

 今は病状は良くてもこの先どうなるかわからない。

 少なくともわざわざ遠くの自分の学校に来いとは言えない。

 ならば、村に残って二人のそばにいたい。

 口に出してはいないが勇人はそう強く思っていた。


「ふ~ん、もったいないなぁ。せっかく強いチームからのお誘いなのにね」

「まあ、もったいなかったかなとは思っているけど、向こうの学校でもがんばればきっともっと上手くなれるってそう思ってるよ」


 勇人は肩をすくめる。

 我ながらもったいないと思ったのは事実だ。

 少なくとも相棒であり親友である正輝と離れるのは心苦しい。


「でも、勇人君が村に残ってくれるのはやっぱり嬉しいよ」

「そうね。アタシもそれには同感」


 嬉しそうに笑う陽奈と菜月。

 それを見て勇人は少しホッとする。


「そう言う理由だ。悪いな、正輝」


 勇人が正輝の方を見るとその顔は酷く歪んでいた。

 怒りなのか悲しみなのかわからない。

 しかし、その顔は負の感情が満ちている事だけはわかった。


「いいさ。それが君の選択なら」

「正輝?」

「そうやって君達はこの村でずっとしていればいいさ」

「――――――なんだと?」


 正輝の言葉は勇人にとって聞き捨てならないものだった。

 自分が侮辱される分には我慢できる。

 しかし、陽菜や菜月を巻き込まれるような発言は看過できない。

 勇人は正輝の胸ぐらを掴む。

 それでも、正輝の言葉は止まらない。


「事実だろう?君は怖いからこんなド田舎に残ることを決めたんだ。そんな臆病者の君には彼女達と遊んでいるのがお似合いだよ!」

「――――――テメエッ!!」


 沸点に達した勇人は正輝の頬を殴り飛ばす。


「やったな!!」


 二三歩よろめいた正輝がお返しとばかりに殴り返す。

 そこから二人は陽菜と菜月も聞かず取っ組み合いを始める。

 今まで勇人と正輝がケンカしたことは何度もあった。

 その度に陽菜と菜月が仲裁に入って止めていたし二人も引き際を弁えていた。

 しかし、今回は違った。

 互いに互いを本気で殴り蹴り、頭突き等まで加わり最早泥仕合にまで発展してしまっている。

 前例のない大喧嘩に菜月は必死の形相で止めに入るも二人は止まらない。


「やめて……やめてよ……」


 そうして泥と血に塗れ息も絶え絶えになった勇人と正輝。

 そんな状態になっても陽菜の声は届かない。

 二人の少年はこれで最後だと言わんばかりに拳を振り上げる。

 残された力を全て込めて互いに大きく踏み込んだその時だった。


「やめてぇええええええええええええええええええええええええッ!!!!」


 陽菜は悲鳴を上げて二人の間に割って入る。

 一番弱い少女が突如視界に入り沸騰し切った二人の頭は一気に冷えた。


 ――――――このままだと当たる!?


 そう思った二人は最大限にブレーキをかける。

 歯を食いしばり地面に痕跡を残し体を減速させる。

 そうして少女の顔の数センチ手前で二人の拳は止まった。


「もうやめて……やめてよぉ……。何で今日こんなケンカするの?」


 嗚咽交じりの陽菜を見て勇人は自分の愚かさを思い知る。


「――――――ごめん…………陽菜。泣かせちゃって」


 勇人は陽菜に謝罪すると正輝に向かって手を差し出す。

 仲直りの握手だ。


「ごめん、正輝。殴っちゃって。痛かったよな?」


 その顔にもう怒りはなく真摯に反省しているのが見て取れる。

 それがわかるから正輝も黙ってしまう。


「――――――いいよ。僕も悪かった。陽菜も本当にごめん」


 そう言うと正輝は三人に背を向ける。


「正輝君……」


 菜月の心配そうな声をかけるも答えない。

 ずっと続くと思っていた絆があっけなく崩れてしまった。

 重い沈黙がそれを肯定してしまった。

 去っていく正輝に誰も声をかけられない。

 この事が彼らにとって大きな後悔となるのだった。

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